第11話
今日も酒場で現場の仲間たちと一緒に食事を済ませた。
新しく入った現場の新人の歓迎会ということで、みんなで乾杯をして盛り上がった。
俺も昔は全然できなかったという話や、言葉がわからなくて店員に失礼なことを言って叩かれた話などで場が盛り上がっていく。
懐かしい思い出だ。
「キイも最初は本当にひどかったよな」
親方がジョッキを傾けながら笑っている。
「親方、それを言うなら今でも十分ひどいじゃないですか」
「確かに!」
周りの仲間たちも笑い声を上げる。
まあ、確かにまだまだ言葉は完璧じゃないけれど、最初に比べたら随分マシになったと思う。
少なくとも、水を頼んだのに「この野郎!」と言ってしまって、店員のおばちゃんに平手打ちを食らうなんてことはもうない。
あの時は本当に恥ずかしかった。
「でも、キイの魔法は本当に助かってるからな」
親方が真面目な顔で言う。
「水も火も半永久的に出し続けられるし、怪我もすぐに治る。 おまけに仮眠だけで回復できるなんて、現場の主力だよ」
「そんなこと言われると照れます」
本当は「超健康」のおかげなんだけど、それを詳しく説明するのも面倒だから、いつも適当に誤魔化している。
「よし、今日はもう一杯だ!」
親方が手を挙げると、店員が新しいジョッキを持ってきてくれた。
「キイも飲めよ」
「俺はまだ十七歳ですから」
「あー、そうだったな。 この世界じゃ二十歳からだっけ」
日本と同じだった。
まあ、俺はお酒にそれほど興味もないから別にいいけれど。
そんなこんなで、みんなでワイワイと楽しい時間を過ごした。
半年前には想像もできなかった光景だ。
最初は言葉も通じなくて、体力もなくて、怒鳴られてばかりだったのに、今ではすっかり仲間として受け入れてもらえている。
人の温かさを感じる瞬間だった。
「そろそろ帰りますね」
時計を見ると、もう結構遅い時間になっていた。
明日も早いし、あまり遅くなりすぎるのも良くない。
「おう、気をつけて帰れよ」
「お疲れ様でした」
みんなに挨拶をして、酒場を出る。
外はもう真っ暗だった。
街灯が点々と道を照らしている。
俺が住んでいるのは裏通りにある小さなアパートの一室だ。
家賃は安いし、仕事場からもそれほど遠くない。
一人暮らしには十分すぎる広さだった。
酒場から自宅までは歩いて十五分ほどの距離だ。
普段なら何も考えずに歩いている道だけれど、今日は何か違った。
途中で人の気配を感じた。
声も聞こえてくる。
「おい、早く歩け」
「はい……」
男の声と、か細い女の声だった。
なんだか嫌な予感がする。
角の向こうから、二つの影が現れた。
一人は中年の男性。
もう一人は……獣人だった。
狐の耳と尻尾を持つ、明らかに獣人の特徴を持つ女性だった。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
でも、その姿はひどく痛々しかった。
服はボロボロで、体のあちこちに傷がある。
栄養失調なのか、頬もこけていた。
「あ、お客さんか」
男が俺に気づいて声をかけてきた。
「どうも、奴隷商をやっている者です。 いい獣人がいるんですが、いかがですか?」
奴隷商。
この世界では犯罪者の奴隷化のみが合法とされているはずだ。
でも、この狐獣人の女性は明らかに犯罪者には見えない。
むしろ、被害者のような雰囲気だった。
「彼女は犯罪者なんですか?」
「えーと、それは……」
男が言葉を濁す。
やっぱり怪しい。
「実は、村の口減らしで売られてきたんです。 でも、法的には問題ありませんよ」
嘘だ。
村の口減らしで売られたなら、それは明らかに違法な人身売買だ。
「おい、嘘をつくな」
「な、何を言っているんですか」
男が慌てたような表情を見せる。
「村の口減らしで売られたなら、それは違法な人身売買だろう。 合法な奴隷は犯罪者だけのはずだ」
「そ、それは……」
男がしどろもどろになる。
図星だったようだ。
「あ、あなたには関係ないでしょう!」
男が開き直ったような口調で言う。
「関係ない? 違法行為を見過ごせというのか」
「うるさい! 邪魔をするな!」
男が狐獣人を引っ張って立ち去ろうとする。
でも、狐獣人の女性が俺の方を見た。
その瞳には、助けを求めるような光があった。
諦めのような色も混じっているけれど、それでも何かを訴えかけるような眼差しだった。
「待て」
思わず声をかけてしまった。
「何だよ」
男が振り返る。
「その子を売ってくれ」
「は?」
男だけでなく、狐獣人も驚いたような表情を見せる。
「その子を俺に売ってくれ」
「あ、あなたが買うんですか?」
「ああ」
正直、なぜそんなことを言ったのか自分でもよくわからない。
でも、あの眼差しを見て、放っておけなかった。
「でも、お金はあるんですか?」
「今持っているだけなら」
財布の中身を確認する。
工事現場で働いた給料がいくらか入っているはずだ。
「これだけしかないけれど」
全財産を見せる。
大した金額じゃない。
「えー、それだけですか?」
男が不満そうな顔をする。
「でも、まあ……維持費もかかるし、売れ残りだからなあ」
男がぶつぶつと呟く。
「それに、狐獣人は裏切り者が多いって噂もあるし、人気がないんですよね」
そんなことを言いながら、男は考え込んでいる。
「わかりました。 その金額で結構です」
意外とあっさりと承諾してくれた。
思っていたよりもずっと安い値段だった。
「ありがとうございます」
お金を渡すと、男は何やら怪しげな道具を取り出した。
「奴隷契約の印を刻みます。 少し痛みますが、我慢してください」
男が狐獣人に向かって言う。
「ちょっと待て。 奴隷契約って何だ?」
「え? 知らないんですか?」
男が驚いたような顔をする。
「奴隷を購入する際には、必ず奴隷契約を結ぶ必要があるんです。 これによって、奴隷は主人の命令に逆らえなくなります」
「そんなものが必要なのか?」
「もちろんです。 でないと、奴隷が逃げてしまいますから」
男が当然のように言う。
「でも、俺は別に逃げても構わないんだが」
「はあ? 何を言っているんですか」
男が呆れたような表情を見せる。
「奴隷契約は法的に義務付けられているんです。 これがないと、正式な売買になりません」
「そうなのか……」
よくわからないけれど、とりあえず必要なもののようだ。
「わかった。 やってくれ」
「はい」
男が狐獣人の手首に何かの印を刻んだ。
狐獣人が小さく身を震わせる。
「これで完了です。 彼女はあなたの奴隷になりました」
「ありがとう」
男は道具を片付けると、足早に立ち去っていった。
なんだか怪しい奴だったけれど、とりあえず狐獣人を助けることができた。
「大丈夫か?」
狐獣人に声をかける。
「は、はい……」
か細い声で答える。
まだ警戒しているようだった。
「とりあえず、俺の家に来い。 寒いだろう」
「……はい」
狐獣人が小さく頷く。
俺は彼女を連れて、自分のアパートへ向かった。
なんだか不思議な気分だった。
朝起きた時には、まさか夜に獣人を買うことになるなんて思ってもみなかった。
人生って本当に何が起こるかわからない。
でも、あの眼差しを見た時、放っておけなかった。
きっと、これで良かったんだと思う。
アパートに着くと、鍵を開けて中に入る。
「狭いけれど、とりあえず入ってくれ」
「はい……」
狐獣人が恐る恐る部屋の中に入ってくる。
きょろきょろと辺りを見回している。
「お腹空いてるだろう? 何か作ってやるよ」
「え……」
狐獣人が驚いたような表情を見せる。
「いえ、そんな……私は奴隷ですから」
「奴隷だって腹は減るだろう」
俺が言うと、狐獣人は困ったような顔をする。
「でも……」
「いいから座ってろ」
俺は簡単な料理を作り始めた。
野菜炒めとスープくらいなら作れる。
料理をしている間、狐獣人はじっと座っていた。
時々、俺の方を盗み見しているのがわかる。
「できたぞ」
料理を皿に盛って、テーブルに置く。
「食べろ」
「あ、ありがとうございます」
狐獣人が恐る恐る食事に手をつける。
最初は遠慮がちだったけれど、よほど空腹だったのか、だんだん食べるスピードが速くなってきた。
「おいしいです」
小さな声で言う。
その表情は、さっきまでとは全然違っていた。
「そうか」
俺も自分の分を食べる。
なんだか不思議な気分だった。
一人で食事をするのに慣れていたから、誰かと一緒に食べるのは新鮮だった。
それが、たまたま出会った獣人の女性だなんて、本当に人生はわからない。
「あの……」
狐獣人が口を開く。
「なぜ、私を買ったんですか?」
「さあ、なんでだろうな」
正直、自分でもよくわからない。
ただ、放っておけなかった。
「でも、助けたいと思ったんだ」
「助ける……」
狐獣人がその言葉を繰り返す。
「私なんて、何の役にも立たないのに」
「そんなことないだろう」
俺が言うと、狐獣人は首を振る。
「私は狐獣人です。 裏切り者が多いって言われてます。 だから、誰にも必要とされません」
「俺は気にしない」
「でも……」
「それに、裏切り者が多いってのは本当なのか?」
狐獣人が少し考えてから答える。
「実は……そうでもないんです。 むしろ、忠実なタイプが多いんです」
「だろうな」
俺が言うと、狐獣人は不思議そうな顔をする。
「なぜ、そう思うんですか?」
「なんとなく」
実際のところ、プロットに書いてあったからなんだけど、それは言えない。
「とにかく、もう大丈夫だ。 俺が君を守る」
「え……」
狐獣人が驚いたような表情を見せる。
「守る……」
「ああ」
俺が頷くと、狐獣人の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……」
小さく呟く。
きっと、長い間辛い思いをしてきたんだろう。
「そうそう、名前を聞いてなかった」
「え?」
「君の名前だよ」
「リィナです」
「リィナか。 いい名前だな」
「ありがとうございます」
リィナが微笑む。
さっきまでとは全然違う表情だった。
「俺はキイタだ。 キイでいい」
「キイ様」
「様はいらない。 キイでいい」
「でも、私は奴隷ですから」
「それでも、キイでいい」
リィナが困ったような顔をする。
「わかりました……キイ」
小さな声で言う。
なんだか照れているようだった。
「そうだ、明日から何をしようか」
「何をって?」
「仕事だよ。 君は何ができるんだ?」
リィナが少し考えてから答える。
「獣人は身体能力が高いので、冒険者などに向いています。 狐獣人は力はそれほど強くありませんが、斥候などを得意とします」
「冒険者か」
俺の夢だった職業だ。
でも、あの腐毒の森での惨敗を思い出すと、まだ踏み出せずにいる。
「でも、装備がないと難しいですよね」
「装備なら、前に買った物がある」
俺が昔買った装備を見せる。
今の俺には小さすぎるけれど、リィナには丁度良さそうだった。
「これを調整すれば使えるだろう」
「本当ですか?」
リィナが嬉しそうな表情を見せる。
「ああ。 でも、今日はもう遅いから、明日にしよう」
「はい」
リィナが頷く。
「じゃあ、寝よう」
「あの……」
リィナが遠慮がちに言う。
「私はどこで寝れば?」
「ベッドを使えばいい」
「え? でも、それじゃあキイは?」
「床でいいよ」
「そんな! 私が床で寝ます」
「いや、君がベッドを使え」
「でも……」
「いいから」
結局、リィナがベッドを使うことになった。
俺は毛布を床に敷いて、そこで寝ることにした。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
部屋の明かりを消す。
静かな夜だった。
今日一日を振り返ってみると、本当に色々なことがあった。
朝は普通に工事現場で働いて、夜は仲間たちと食事をして、そして偶然にも獣人の女性と出会った。
人生って本当に何が起こるかわからない。
でも、きっとこれで良かったんだと思う。
リィナを助けることができて良かった。
明日からは二人での生活が始まる。
正直、どうなるかわからないけれど、きっと楽しいことが待っているはずだ。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
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