第10話

 気がつけば、この異世界に来てから半年が経っていた。

 

 鏡に映る自分の姿を見て、思わず二度見してしまう。

 

 日本にいた頃の俺は、心臓病のせいで運動を制限されていたこともあり、どちらかというと細身の体型だった。

 

 しかし今の俺は——まさに「マッチョ」という言葉がぴったりだ。


 腕の筋肉はもりもりと盛り上がり、胸板は厚く、腹筋は見事に割れている。

 

 毎日の重労働と、「超健康」スキルによる異常な回復力のおかげで、理想的な肉体を手に入れていた。

 

 心臓病のことなど、もはや過去の話である。


「キイ! 今日も元気だな!」


 工事現場に着くと、親方が豪快な笑い声で迎えてくれた。

 

 この親方は、俺が言葉もろくに話せなかった頃から面倒を見てくれている恩人だ。

 

 最初は怒鳴られてばかりだったが、今では実の息子のように可愛がってくれている。


「おはようございます、親方! 今日も張り切って行きましょう!」


 俺は元気よく挨拶を返す。

 

 日本語で話していた頃と比べると、声に力強さが増している気がする。

 

 肉体的な成長が、精神面にも良い影響を与えているのかもしれない。


「今日は新しい現場の子の歓迎会だったな。 楽しみだぞ!」


 親方の言葉に、俺も笑顔で頷く。

 

 半年前の俺なら、言葉の壁で参加するのも躊躇していただろう。

 

 しかし今は違う。

 

 この世界の言葉もかなり上達し、現場の仲間たちとも深い絆で結ばれている。


 作業が始まると、俺は持ち前の初級魔法を活用して働き始めた。

 

 水魔法で現場に水を供給し、火魔法で溶接作業の補助をする。

 

 半年間の経験で、魔法の使い方もかなり上達していた。


「キイの魔法は本当に助かるよ」


 隣で作業していた職人のおじさんが、感心したように言った。

 

 この人は石工の専門家で、城壁の強化に欠かせない存在だ。

 

 最初は外国人の俺に対して警戒心を持っていたが、今では良き相談相手になっている。


「まあ、これくらいしかできませんからね」


 俺は謙遜しながら答える。

 

 実際、魔法の威力自体はそれほど高くない。

 

 しかし、水と火を半永久的に出し続けられるという特性は、現場作業においては非常に重宝されている。


「それにしても、キイの体力は化け物じみてるな。 俺たちがへとへとになっても、まだ元気いっぱいじゃないか」


 別の職人が苦笑いを浮かべながら言った。

 

 確かに、「超健康」スキルのおかげで、俺の回復力は常人の十倍だ。

 

 短時間の仮眠だけで完全に回復できるため、他の人たちが休憩している間も働き続けることができる。


「若いからですよ、きっと」


 俺は照れながら答える。

 

 本当のことを言うわけにはいかないが、この理由で納得してもらっている。

 

 実際、この世界に来てからの俺は、まさに青春を謳歌している気分だ。


 昼休みになると、みんなで輪になって食事を取る。

 

 俺の弁当は、近所の食堂で買った簡素なものだが、仲間たちと一緒に食べると格別に美味しい。

 

 日本にいた頃は、一人で食事することが多かったため、この時間が特に貴重に感じられる。


「そういえば、今日の歓迎会には騎士団の連中も来るんだろう?」


 年配の職人が話題を振った。

 

 城壁の建設には、騎士団も協力しているため、彼らとも親交を深めている。

 

 最初は「転移者」ということで距離を置かれていたが、今では対等な仲間として接してくれている。


「ああ、副団長のガルドさんも来るって言ってたな」


 親方が答える。

 

 ガルドさんは、俺が王城で最初に出会った騎士の一人だ。

 

 あの時は冷たい視線を向けられていたが、今では良き飲み友達になっている。


「キイの武勇伝を聞かせてもらわないとな!」


 若い職人が茶化すように言った。

 

 俺は慌てて手を振る。

 

 武勇伝なんて大層なものはない。

 

 ただ、この半年間で様々な失敗談は積み上がっている。


「武勇伝なんてありませんよ。 失敗談なら山ほどありますけど」


 俺の言葉に、みんなが笑い出す。

 

 確かに、言葉がわからなかった頃の失敗は、今思い返すと笑い話になるものばかりだ。

 

 食堂で間違った注文をして、店員に怒られたこともあった。


「それでいいんだよ。 完璧な人間なんて面白くないからな」


 親方が優しく言った。

 

 この人の包容力には、いつも感謝している。

 

 俺を一人前の職人として育て上げてくれた恩は、一生忘れることがない。


 午後の作業も順調に進んだ。

 

 城壁の四層目の建設は、予定よりも早いペースで進んでいる。

 

 これも、俺の魔法や体力が貢献しているからだと、密かに自負している。


 夕方になると、待ちに待った歓迎会の時間だ。

 

 現場から程近い酒場『陽気な騎士』に、総勢二十人ほどが集まった。

 

 この酒場は、工事関係者や冒険者が集まる庶民的な店で、料理も美味しく、値段も手頃だ。


「それでは、新しい仲間を迎えて、乾杯!」


 親方の掛け声で、みんなが一斉にジョッキを掲げる。

 

 俺も麦酒を飲みながら、この温かい雰囲気を楽しんでいた。

 

 アルコールも、「超健康」スキルのおかげで、悪酔いすることがない。


「キイ、お前の昔話を聞かせてくれよ」


 騎士のガルドさんが、興味深そうに言った。

 

 俺は少し考えてから、この世界に来た当初の話を始めることにした。

 

 もちろん、転移の詳細は伏せて、記憶喪失という設定で話している。


「最初の頃は、本当に言葉が全然わからなくて大変でした。 食堂で『水をください』と言おうとして、『火をください』と言ってしまったことがあるんです」


 俺の話に、みんなが笑い声を上げる。

 

 実際にあった話だが、今となっては良い思い出だ。

 

 店員の女性が、なぜ客が火を欲しがるのか困惑していた顔を思い出す。


「それで、店員さんに『この人、頭がおかしいのかしら』って顔をされて、隣にいた常連のおじいさんに『水だろう?』って助けてもらったんです」


「ははは! それは災難だったな!」


 親方が腹を抱えて笑っている。

 

 俺も一緒に笑いながら、続きを話す。


「でも、その後もっと恥ずかしい失敗をしたんです。 お会計の時に、『ありがとうございました』と言うつもりで、『愛してます』って言ってしまって……」


 この話には、さすがにみんなが爆笑した。

 

 女性店員の真っ赤になった顔と、店中の視線が俺に集中した時の気まずさは、今でも鮮明に覚えている。


「それで、店員さんに思いっきり頬を叩かれました。 『外国人だからって、調子に乗らないでよ!』って」


 俺は頬を押さえるジェスチャーをしながら話す。

 

 実際、あの時は本当に痛かった。

 

 しかし、「超健康」スキルのおかげで、すぐに治ってしまったが。


「可哀想に……。 でも、今となっては良い思い出だな」


 年配の職人が同情するように言った。

 

 確かに、あの頃の苦労があったからこそ、今の俺がある。

 

 失敗を恐れずに挑戦し続けた結果、言葉も覚え、仲間もできた。


「言葉がわからなくて困ったのは、他にもあります。 市場で買い物をしようとして、『これをください』と言うつもりで、『これと結婚してください』って言ってしまったことが……」


 この話には、さらに大きな笑いが起こった。

 

 野菜売りのおばさんの困惑した顔は、今でも思い出すと笑ってしまう。


「キイは、恋愛関係の失敗が多いな」


 若い騎士が茶化すように言った。

 

 俺は照れながら頷く。

 

 確かに、この手の失敗は多かった。

 

 この世界の言葉は、微妙なニュアンスの違いで意味が大きく変わるため、慣れるまで苦労した。


「でも、そんな失敗を重ねながらも、キイは諦めなかった。 それが立派だと思うよ」


 親方が真面目な表情で言った。

 

 俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げる。

 

 この人たちの支えがあったからこそ、今の俺がある。


「最初の頃は、仕事も全然できなくて、親方にはご迷惑をかけっぱなしでした。 重い物を持とうとして、逆に足を挟んでしまったり……」


 俺は苦笑いを浮かべながら続ける。

 

 あの時は本当に情けなかった。

 

 しかし、「超健康」スキルのおかげで、怪我はすぐに治った。


「それでも、キイは毎日真面目に働いた。 だんだん力もつけて、今では現場の主力だ」


 親方が誇らしげに言った。

 

 俺は照れながら頭を掻く。

 

 確かに、半年間の成長は自分でも驚くほどだった。


「今では、キイがいないと現場が回らないくらいだからな」


 石工のおじさんが言った。

 

 俺の魔法は、確かに現場作業において重要な役割を果たしている。

 

 特に、水の供給と火の管理は、他の人では代替が利かない。


「それに、キイの体力は本当に化け物じみてる。 俺たちが疲れ果てても、まだ元気に働いてるからな」


 若い職人が感心したように言った。

 

 これは「超健康」スキルのおかげだが、みんなには若さと根性のせいだと思われている。


「でも、最初の頃は本当にひどかった。 言葉がわからないから、指示も理解できないし、道具の使い方もわからない」


 俺は自嘲気味に言った。

 

 あの頃の自分を思い出すと、よく挫折しなかったものだと思う。

 

 しかし、冒険者になるという夢があったからこそ、頑張れた。


「それでも、キイは毎日現場に来た。 遅刻も欠勤もしなかった。 それが一番大切なことだ」


 親方が真剣な表情で言った。

 

 俺は胸が熱くなる。

 

 この人の言葉には、いつも深い愛情を感じる。


 会話が盛り上がる中、新人の歓迎も忘れずに行われた。

 

 今日から仲間になる若い男性は、緊張した面持ちで自己紹介をしている。

 

 俺も半年前は、同じような気持ちだったことを思い出す。


「頑張れよ、新人! キイみたいに立派な職人になれるといいな!」


 誰かが声をかけると、新人は嬉しそうに頷いた。

 

 俺も先輩として、彼を支えていこうと心に決める。


 夜が更けても、楽しい時間は続いた。

 

 みんなで昔話に花を咲かせ、将来の夢を語り合う。

 

 俺も、いつかは冒険者になりたいという夢を打ち明けた。


「冒険者か……。 キイなら、きっと立派な冒険者になれるよ」


 ガルドさんが真剣な表情で言った。

 

 俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げる。

 

 この人たちの支えがあれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。


 酒場を出る頃には、すっかり夜も更けていた。

 

 みんなで肩を組みながら、それぞれの家路につく。

 

 俺も、満足感に満たされながら、自分のアパートに向かった。


 この半年間で、俺は本当に多くのものを得た。

 

 強靭な肉体、この世界の言葉、そして何より、かけがえのない仲間たち。

 

 心臓病に苦しんでいた日本時代とは、まるで別人のようだ。


 アパートに着くと、鏡に映る自分の姿をもう一度見つめる。

 

 筋骨隆々の体、日に焼けた健康的な肌、自信に満ちた表情。

 

 これが本当の自分なのかもしれない。


 ベッドに横になりながら、俺は今日の出来事を振り返る。

 

 仲間たちとの温かい交流、楽しい酒場での時間、そして彼らからの信頼。

 

 これらすべてが、俺にとって何にも代えがたい宝物だった。


 明日もまた、現場で汗を流そう。

 

 仲間たちと共に、この城壁を完成させよう。

 

 そして、いつかは冒険者としての夢も叶えよう。


 そんなことを考えながら、俺は深い眠りについた。

 

 「超健康」スキルのおかげで、短時間の睡眠でも完全に回復できるため、明日もまた元気いっぱいで働けるだろう。

 

 この異世界での新しい人生が、俺は心から気に入っていた。

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