第9話
そんなこんなで半年が経った。
工事現場での生活は、最初こそ地獄のようなものだったが、今では完全に慣れている。
いや、慣れたなんてレベルじゃない。
俺は今や、現場の主力になっていた。
「キイ! こっちに水を頼む!」
親方の大きな声が響く。
俺は手を空に向けて、初級魔法を発動させた。
「水よ、現れろ」
手のひらから清涼な水が勢いよく噴き出す。
それを桶に溜めて、セメントを練る作業員たちのところへ運んでいく。
この作業も、もう何百回とやっているから慣れたものだ。
「ありがとよ! 助かる!」
「どういたしまして」
俺は笑顔で答える。
この異世界の言葉も、もうかなり上達した。
最初は単語すら分からなかったのに、今では日常会話なら問題ない。
「キイ、今度は火を!」
別の作業員が手を振る。
溶接作業で火が必要なのだ。
俺は手を向けて、今度は火の魔法を発動させる。
「火よ、燃えろ」
手のひらから炎が立ち上がる。
それを金属製の器具に移して、溶接作業の準備完了だ。
「相変わらず便利だな、キイは」
「魔法が使えるってのは、やっぱり羨ましいぜ」
周りの作業員たちが口々に言う。
この世界では魔法が使える人間は決して珍しくないが、それでも重宝されるのは間違いない。
特に俺の初級魔法は、水と火が半永久的に出し続けられるから、工事現場では大活躍だ。
「おい、キイ! こっちの石材を運んでくれ!」
今度は力仕事の依頼だ。
俺は重い石材を持ち上げる。
半年前の俺なら、こんな重いものは持てなかっただろう。
でも今は違う。
毎日の肉体労働で、俺の体はすっかり鍛えられていた。
「よいしょっと」
石材を軽々と持ち上げて、指定された場所に運ぶ。
その間も、息切れなんてしない。
超健康スキルのおかげで、回復力が異常に高いから、疲れてもすぐに回復してしまうのだ。
「キイ、お前本当に強くなったな」
親方が感心したような声で言う。
「最初来たときは、ひょろひょろの頼りない奴だったのに」
「あはは、そうでしたね」
俺は苦笑いを浮かべる。
確かに半年前の俺は、本当に情けない状態だった。
体力もなく、言葉も通じない。
毎日怒鳴られながら、必死についていくのが精一杯だった。
「でも、真面目に働いてるからな」
親方は俺の肩を叩く。
「最初は言葉が通じなくて大変だったが、今じゃ立派な戦力だ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
親方は厳しいが、本当に面倒見がいい人だ。
俺がこの世界で最初に出会った理解者と言っても過言ではない。
「それにしても、キイの回復力は異常だな」
別の作業員が言う。
「昨日も足を石につまずいて派手に転んだのに、今日はもうケロッとしてる」
「昨日だけじゃないぞ」
また別の作業員が口を挟む。
「この前なんて、セメントで手をやけどしたのに、一晩で完全に治ってたからな」
「そうそう、それに疲れ知らずだし」
「仮眠しただけで、またバリバリ働いてるもんな」
みんなが口々に俺のことを話す。
確かに、超健康スキルのおかげで、怪我はすぐに治るし、疲労回復も異常に早い。
でも、それが当たり前になりすぎて、周りの人には不思議に思われているようだ。
「まあ、元気なのはいいことだ」
親方が笑いながら言う。
「キイがいると、現場全体の効率が上がるからな」
「そうですね」
俺も笑顔で答える。
実際、俺の魔法と体力は、現場でかなり重宝されている。
水と火が自由に使えるから、様々な作業で活躍できるし、疲れ知らずで長時間働けるから、人手不足の現場では貴重な存在だ。
「よし、今日もあと少し頑張ろう!」
親方が声をかける。
俺たちは気合を入れ直して、作業を続ける。
今日の作業内容は、四層目の城壁の基礎工事だ。
この王都エルガリアは、もともと三層の城壁で囲まれていた。
一番内側が王城、その外側が貴族街、さらに外側が平民街という構造だ。
でも人口が急激に増えたため、平民街の外側にも新しい居住区域が必要になった。
それで四層目の城壁を建設することになったのだ。
「キイ、この辺りにセメントを塗ってくれ」
「はい」
俺はセメントを丁寧に塗っていく。
最初はこんな細かい作業もできなかったが、今では手慣れたものだ。
セメントを均等に塗り、空気が入らないように注意深く作業する。
「上手くなったもんだ」
隣で作業している職人が感心する。
「最初は見てられなかったけど、今じゃ俺たちと同じレベルだな」
「ありがとうございます」
俺は謙遜しながら答える。
でも、内心では嬉しかった。
この世界に来て、初めて自分の成長を実感できた瞬間だったからだ。
「そういえば、キイ」
親方が話しかけてくる。
「お前、最初は冒険者になりたいって言ってたよな」
「あ、はい」
俺は少し気まずそうに答える。
確かに最初は冒険者になるつもりだった。
でも、腐毒の森での惨敗がトラウマになって、なかなか踏み出せずにいる。
「どうだ? 体も鍛えられたし、そろそろ挑戦してみるか?」
「う、うーん」
俺は曖昧に答える。
正直、まだ自信がない。
あの森での屈辱的な敗北が、まだ心に深く刻まれているのだ。
「まあ、無理する必要はないがな」
親方は優しく言う。
「でも、お前なら今度は大丈夫だと思うぞ」
「そうですかね」
「ああ、間違いない」
親方は力強く頷く。
「お前は半年前とは別人だ。 体力も技術も、そして何より精神力が違う」
「精神力、ですか?」
「そうだ」
親方は真剣な表情で続ける。
「最初のお前は、ちょっと怒鳴られただけで落ち込んでたが、今は違う。 どんな困難にも立ち向かう強さを身につけた」
「そんな風に見えますか?」
「ああ、確実にな」
親方の言葉に、俺は少し勇気づけられた。
確かに最初の頃と比べれば、精神的にも随分と強くなったかもしれない。
「でも、まだもう少し修行したいんです」
「そうか」
親方は苦笑いを浮かべる。
「慎重なのも悪くないが、あまり慎重すぎるのも考えものだぞ」
「はい」
俺は素直に頷く。
親方の言葉は、いつも的確で心に響く。
「まあ、お前のペースでいいさ」
親方は俺の肩を叩く。
「だが、いつまでも現場にいるのは勿体ないぞ。 お前にはもっと大きな可能性がある」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げる。
親方の期待に応えられるよう、もっと頑張らなければいけない。
日が暮れる頃、今日の作業が終了した。
俺は道具を片付けながら、今日一日を振り返る。
確実に技術も体力も向上している。
でも、冒険者になるという最初の目標は、まだ遠い場所にあるような気がしていた。
「お疲れ様でした」
「おう、今日も頑張ったな」
親方が笑顔で答える。
「明日も頼むぞ」
「はい」
俺は元気よく答えて、現場を後にした。
家に帰る道すがら、俺は自分の成長について考える。
半年前の自分と比べれば、確実に強くなった。
でも、まだ足りない。
冒険者として通用するレベルには、まだ到達していないような気がする。
そんなことを考えながら歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「お疲れ様です」
振り返ると、同じ現場で働いている若い作業員がいた。
確か、エドワードという名前だったと思う。
「お疲れ様」
俺は笑顔で答える。
「今日も一日、お疲れ様でした」
「そうですね」
エドワードは少し緊張した様子で言う。
「あの、キイさん。 もしよろしければ、今度一緒に酒場で飲みませんか?」
「酒場で?」
「はい」
エドワードは頷く。
「実は明日、新しい人が現場に入ってくるんです。 その歓迎会を開こうと思って」
「歓迎会ですか」
「はい、みんなで集まって、新人さんを歓迎しようと」
エドワードの提案に、俺は少し迷った。
確かに、同僚たちとの親睦を深めるのは悪くない。
でも、酒場でお金を使うのは、正直少し躊躇してしまう。
「どうでしょうか?」
「いいですね」
俺は笑顔で答える。
「ぜひ参加させてください」
「本当ですか? ありがとうございます!」
エドワードは嬉しそうに言う。
「それじゃあ、明日の仕事が終わったら、『金の樽』で待ってますね」
「分かりました」
俺は頷く。
『金の樽』は、現場の連中がよく利用する酒場だ。
料理も美味しいし、値段も手頃だから、労働者には人気がある。
「それでは、また明日」
「はい、また明日」
エドワードと別れて、俺は家に向かう。
歓迎会、か。
この世界に来てから、こういう普通の付き合いをするのは久しぶりだ。
最初の頃は言葉も通じなくて、コミュニケーションを取るのも一苦労だった。
でも今は、みんなと普通に話せるようになった。
家に着くと、俺は疲れた体を休ませる。
といっても、超健康スキルのおかげで、疲労はすぐに回復してしまう。
でも、精神的にはやはり一日の疲れがある。
ベッドに横になりながら、俺は今日の出来事を思い返す。
親方の言葉、同僚たちとの会話、そして明日の歓迎会。
この半年間で、俺は確実にこの世界に馴染んできた。
もう最初の頃のような孤独感はない。
仲間がいる。
居場所がある。
でも、それと同時に、少し複雑な気持ちもある。
このまま工事現場で働き続けるのも悪くない。
でも、それは本当に俺が望んでいることなのだろうか?
最初の目標は、冒険者になることだった。
でも、あの森での失敗が、俺の心に深い傷を残している。
もう一度挑戦する勇気が、まだ湧いてこない。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
明日もまた、長い一日が始まる。
でも、今の俺なら、どんな困難にも立ち向かえるような気がしていた。
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