第2話:ワゴンセールの運命

 王宮を出て、迎えの馬車に揺られながら、私はようやく全身の力を抜いた。シートに沈み込むと、どっと疲れが押し寄せてくる。


 手の震えはまだ止まらない。


「……やった。なんとか、乗り切った……」


 懐には、王家の署名が入った借用書がある。これがあれば、当面の資金は確保できるはずだ。


 けれど、不安が消えることはない。カイル王子は、きっとこのまま黙ってはいないだろう。王権を振りかざして借用書を無効にしてくるかもしれないし、最悪の場合、暗殺者を差し向けてくるかもしれない。


 (嫌だ……死にたくない……)


 窓の外、流れる王都の夜景を見つめながら、私は孤独に怯えた。誰も味方はいない。実家の父も、私を見捨てるだろう。たった一人で、巨大な権力と運命に立ち向かわなければならないのだ。


「……少し、気晴らしが必要ね」


 私は御者のハンスに行き先を変更させた。向かったのは、王都の裏通りにある古道具屋『ガラクタ堂』。


 以前から、心が荒んだ時によく訪れていた場所だ。ここにある、誰からも見捨てられたガラクタたちを見ていると、今の自分と重なって、少しだけ落ち着く気がした。


 カランコロン、と錆びたベルが鳴る。


 埃っぽい店内には、店主の爺さんが一人でうたた寝をしていた。


「いらっしゃい……。おや、夜会帰りかい? 随分と顔色が悪いな」


「……ええ、ちょっとね。何か、掘り出し物はある?」


「んー、そこのワゴンのやつは処分品だ。好きなのを持っていきな」


 私は無言でワゴンの前にしゃがみ込んだ。欠けた食器、魔力が切れた杖、壊れた時計。どれもこれも、かつては誰かに愛され、そして捨てられたものたち。


 ふと、ワゴンの隅に、黒い板のようなものが埋もれているのが見えた。埃を被っているが、その滑らかな質感は、明らかにこの世界の工芸品とは異なっていた。


「……これ」


 拾い上げた瞬間、私の心臓がドクンと跳ねた。


 見覚えがある。


 前世の記憶にある、懐かしい形。スマートフォンだ。


「なんで、こんなものがここに……」


 画面は真っ暗で、ボタンを押しても反応しない。ただの壊れた板かもしれない。  でも、私はそれを手放すことができなかった。


 この孤独な異世界で、唯一の前世との繋がり。 もしかしたら、これが私を助けてくれるかもしれない――そんな、縋るような希望が胸に湧いた。


「おじいさん、これ頂くわ」


「100リン(銅貨数枚)だ。返品不可だぞ」


 私は小銭を払い、その冷たい板を強く握りしめた。


 馬車に戻り、私は祈るような気持ちで画面をハンカチで拭った。


 お願い、動いて。私を一人にしないで。


 その時。


 ――ピロン♪


 という、場違いなほど軽快な電子音が鳴り響いた。


「あっ……!」


 画面が発光し、幾何学的な模様が浮かび上がる。そして、無機質だがどこか温かみのある男の声が聞こえてきた。


『生体認証、確認。ようこそ、マスター・セレスティア。再起動プロセスを完了しました』


 涙が出そうだった。知っている言葉。知っているインターフェース。


「あなた……誰? 魔導具なの?」


『私は汎用型支援AI、コードネーム【ジェミニ】です。あなたの願いを叶えるために設計されました』


「私の、願い……」


 私は震える声で呟いた。願いなんて一つしかない。


「助けて……。私、死にたくないの。生き残りたいの!」


『現状分析を開始します……。完了しました』


 ジェミニの声は冷静だった。  画面に、赤い文字が次々と表示される。


【警告:国家破綻まで 残り1095日】 【マスターの処刑確率:99.9%】


「……え?」


 私は息を呑んだ。処刑確率、99.9%。それは、絶望的な数字だった。


『カイル王子の散財、隣国の侵攻、3年後の魔獣災害。これらの要因により、この国は破綻します。その際、全ての責任を押し付けられ、あなたは処刑される運命にあります』


 ジェミニの淡々とした宣告に、目の前が真っ暗になる。やっぱり、ダメなの?  何をどうしても、私は死ぬ運命なの?


「……嫌よ……」


 涙が溢れてきた。


 死にたくない。


 だって、私にはまだ、やり残したことがある。


 アルド様の顔が脳裏に浮かぶ。いつも私を守ろうとしてくれた彼。


 もし国が破綻したら、彼はどうなるの?


「ねえ、ジェミニ。国がなくなったら……騎士団の人たちはどうなるの?」


『……シミュレーション結果を表示します』


 画面に映し出されたのは、燃え盛る戦場で、折れた剣を手に倒れる銀髪の騎士の姿。


『戦死確率、98%です』


 ――ヒュッ、と喉が鳴った。


 私が死ぬだけじゃない。アルド様も、死ぬ?


 私の大切な推しが。  あんなに優しくて、高潔な彼が、愚かな王族のせいで殺される?


「……ふざけないで」


 恐怖が、怒りに変わっていく。自分の死よりも許せない未来。


 そんなこと、絶対にさせてたまるものか。


 私は涙を乱暴に拭い、顔を上げた。震えは止まっていた。


「ジェミニ、あんた『願いを叶える』って言ったわよね?」


『はい、マスター』


「だったら、方法を教えなさい。この腐った運命を覆して、私とあの人が生き残る方法を」


『……一つだけ、可能性があります』


 ジェミニが静かに答える。


『既存の権力構造に依存せず、あなた自身がこの国の支配構造を掌握すること。すなわち、経済による国家の買収です』


「国を……買う?」


『はい。莫大な資本があれば、未来を変数として操作可能です。ただし、その道は修羅の道ですが』


 私はニヤリと笑った。頬には涙の跡が残っているけれど、その瞳にはもう迷いはなかった。


「上等よ。アルド様を死なせないためなら、悪魔にだって魂を売ってやるわ」


 私はスマホを強く握りしめる。ただの悪役令嬢じゃない。大切なものを守るために、私は本当の「悪」になってやる。


「契約成立ね、ジェミニ。私に力を貸しなさい。この国を買い占めて、私と推しが幸せになれる世界を作ってやるわ!」


 夜の闇の中、私の小さな、しかし確固たる決意が響いた。こうして、崖っぷちの悪役令嬢と謎のAIによる、国家買収劇が幕を開けたのである。

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