第五話 リベンジマッチ


 全身を駆け巡る熱が落ち着いた頃、俺は大きく息を吐いて目を開けた。


 なんだか生まれ変わったような心地がする。

 これがどこまでが本当の感覚で、どこまでが思い込みなのか、これから確かめることにしよう。


 俺はパンパンと頬を叩き、気合を入れ直してから、再びギルドへと向かった。


「すみません、預けた荷物を返してもらえますか」

「えっ? レイトくん?」


 カウンターの奥で作業をしていた受付嬢が、目を丸くして顔を上げた。

 彼女は俺の顔をまじまじと見つめ、不思議そうに首を傾げる。


「……なんか、さっきと全然雰囲気が違うわね。顔色も良くなってるし」

「ええ、まあ。迷っていたことが解決したので」


 俺は短く答えて笑ってみせる。


 さっきは念願のレベル10になれた衝撃で、心ここにあらずだった。

 心配をかけた手前、あまり詳しくは言えないが、元気な姿を見せるのが一番の返答だろう。


「ふーん? まあ、元気になったなら良かったわ。はい、荷物」


 彼女がカウンターの奥から取り出したのは、ついさっき預けたばかりの革袋。

 俺は革袋を受け取り、中に入った「相棒」の輪郭をなぞるように感触を確かめた。


 今の俺は〈遊び人〉。

 適性Eとはいえ、クラス補正がついた今なら、もっと違う武器も使えるようになるだろう。


 たぶん、いや、間違いなく、これがこの「木の棒」と一緒に戦う最後の戦闘になる。


「行ってきます」

「はいはい、行ってらっしゃい。……本当に、ダンジョンバカなんだから」


 背中で彼女の呆れ声を聞きながら、俺は足取り軽くギルドを後にした。



 ※ ※ ※



 街を出て、草原エリアへと足を向ける。

 歩きながら、俺は手にした〈ただの木の棒〉を力強く握りしめた。


 バカなことをしていると、理性では分かっている。

 もう「クラスなし」による装備制限はなくなったのだから、武器屋へ行ってまともな剣を買うべきだと。


 だが、どうしても前と同じ装備で挑みたかった。


(最後くらい、お前で終わりたいよな)


 4年。

 俺が誰にもまともなダメージを与えられず、逃げ回るしかなかった不遇の時代。


 ――それをずっと支えてくれたのが、この棒だ。


 俺が初めて手にする「力」を振るう相棒は、こいつ以外にはあり得ない。


「……いた」


 腰ほどの高さまで伸びた草むらの向こうに、緑色の小鬼――ゴブリンの姿が見えた。

 ここら辺にいる最弱のモンスターであり、俺が4年間、毎日顔を合わせ続けてきた相手だ。


 ……だが、これまでの俺にとって、こいつを倒す作業は「綱渡り」でしかなかった。


 こちらの攻撃力はゼロ。

 エンチャントの「固定ダメージ」だけが頼りだ。


 一方で、こちらの防御力もゼロ。

 一撃でも貰えば致命傷になりかねない。


 だからこれまでは不意打ちを狙って、もし決まらなかったり、相手の体勢を崩せなければ逃げる、という戦い方をするしかなかった。


 だが、今の俺はもうこれまでの俺とは違う。

 足を止め、正面から棒を構える。


「ギィッ!」


 こちらの殺気に気づいたゴブリンが、金切り声を上げて飛び掛かってきた。

 錆びた短剣が、俺の喉元を狙って突き出される。


(――来る)


 いつも通りの速度。

 いつも通りの軌道。

 俺は今までと同じように、回避のために地面を蹴った。


 ――ズザッ!


「っと……!?」


 俺は思わず目を見開いた。

 景色が、予想以上の速度で流れたからだ。

 いつもの感覚で半歩横に避けたつもりが、体は2メートル近く横滑りしていた。


(なんだ、今の……)


 足の筋力が上がったわけじゃない。

 地面を蹴った瞬間、見えない何かに背中をドンと押されたような、奇妙な加速感。

 自分の体であって、自分の体じゃないような、不思議な浮遊感がある。


 これが「ステータス」か。

 俺の動作という「入力」に対して、システムが勝手に結果を増幅して出力している。

 まるで、高性能なパワードスーツでも身に纏っている気分だ。


「……なら!」


 俺は勢いのまま、木の棒を振りかぶった。

 狙うはゴブリンの顔面。


 腕に力を込める。


 ――ブンッ!


 その瞬間、またしても「ズレ」が起きた。


 俺の筋力だけではあり得ない速度で、棒が空気を切り裂く。

 予想外の加速に腕が持っていかれそうになるのを、必死に制御して叩き込む。


 今までなら、当たっても軽く乾いた音がして、そこから追加ダメージ分のHPが減るだけだった一撃。

 だが、今日の手応えはまるで違った。


 ――ドゴォッ!!


 重く、鈍い破壊音が響き渡る。


「ギャッ!?」


 悲鳴と共に、ゴブリンの体がピンボールのように弾き飛ばされた。

 地面を数メートル転がり、ピクリとも動かなくなる。


 それでも、残心は解かない。

 いつでもゴブリンが起き上がってきてもいいように、静かに木の棒を構え続ける。


 だが……。


「マジ、か」


 ゴブリンは、起き上がらなかった。

 横向きに倒れ伏した状態のまま、一言も発することなく光の粒にその姿を変えていき、あとには小さな魔石が残るのみ。


「……は、はは」


 一撃。

 たったの一撃だ。


 あれほど苦戦していたゴブリンを、たったの一撃で倒してしまった。


 ……自分の手を見つめる。


 ジン、と痺れるような衝撃が残っている。

 それは、俺がこの世界に来て初めて感じた、敵を「自分の力で殴った」という確かな感触だった。


「……倒した、ぞ」


 誰にも聞こえない声で、叫ぶ。


 一般職以下の50%補正。

 他人から見れば取るに足らない数値かもしれない。


 だが、ずっと「0」だった俺にとっては、これは紛れもない「力」だ。

 この手の中には、確かにステータスが宿っている。


 俺はゴブリンの残した魔石を見下ろし、強く拳を握りしめた。


 ここからだ。

 この50%を足掛かりに、俺はどこまでも強くなれる。


 相棒と共に迎えた、4年越しのリベンジマッチ。

 その勝利の味は、どんな極上の酒よりも俺を酔わせたのだった。

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