第四話 愚者の選択
スクロールバーを動かす指が止まる。
俺は画面に表示された「遊び人」のスペックを、食い入るように見つめ続けていた。
合計成長値「18」。
他の下級職の1.5倍。一般職の3倍。
だが、この〈遊び人〉は普通の人から見ればただの地雷職でしかない。
全ステータスが3ずつ上がるとしても、〈遊び人〉の能力補正は50%。
つまりは、〈鑑定〉スキルがない人間からすると、全ステータスが1.5しか上がらない、基本職よりも成長値が下の職業に見えるはずだ。
この異常な高さの成長値と、異常な低さの能力補正が意味するものは何なのか。
(……この世界のシステムは、妙に「ゲーム的」だ)
転生してから4年間、俺はずっとそう感じていた。
――ステータス、スキル、ダンジョン。
すべてが何者かによって設計されたような、作為的なルールの上で成り立っている。
ならば、このクラスにも「製作者の意図」があるはずだ。
(――これは、やりこみゲーによくある「大器晩成型の隠し職業」なんじゃないか?)
一見すると最弱のネタ職だが、その裏には最強の成長率が隠されている、なんて、いかにも遊び心のあるゲーム製作者がやりそうなことだ。
システムの穴をつくような裏技ではなく、製作者が「気付いた奴だけが得をする」ように用意したルート。
矛盾するような言葉になるが、「正規の裏ルート」って奴だ。
だが、この職業の成長性が全てにおいて優れているわけじゃない。
俺は視線を少し上にずらす。
そこには、ずらりと低い評価が並んでいた。
――――――――――――――――
[武器適性]
剣E 大剣E 短剣E
槍E 斧E 鞭E 拳E
弓E 投擲E 銃E
――――――――――――――――
オール「E」。
この世界における武器適性は、武器を扱った際の「熟練度」の上昇速度に直結する。
通常、武器を使い続ければ熟練度が蓄積され、攻撃力へのプラス補正がついたり、強力な「武器スキル」を習得できたりする。
適性Aなら、一度の戦闘で大量の経験値が入り、あっという間にその武器をマスターできるだろう。
だが、適性Eとなれば話は別だ。
(……熟練度を上げるのに必要な労力が、極端に多くなる)
おそらく、熟練度の上昇速度は適性Aの十分の一、いや、それ以下かもしれない。
普通の奴が三日で覚える技を習得するのに、俺は一ヶ月、下手をすれば一年かかる可能性がある。
成長率が高い代償として、戦闘技術の習得には恐ろしく時間がかかる設定になっているわけだ。
「……はは。マゾゲーにも程があるだろ」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
……それに、世間体も最悪だ。
せっかくクラスなしから脱出できたのに、それでなったのが〈遊び人〉じゃ、状況は変わらない。
いや、むしろ悪化するかもしれない。
〈遊び人〉は放蕩の限りを尽くした人間がなるものだと考えられているし、「最悪のデバフ職」というイメージもぬぐいがたい。
(……それでも)
俺は拳を握りしめる。
安定が欲しかったわけじゃない。
人並みの幸せが欲しかったわけでもない。
俺は、強くなりたかった。
冒険者になるという夢を、未知なるものに挑む興奮を、この手に掴みたかっただけ。
そのために、もう4年も待ったんだ。
(今さら、茨の道なんて怖くない)
世間体がよくないなら、それを払拭するくらいに強くなればいい。
熟練度が上がりにくいなら、人の何十倍も努力すればいい。
それだけの話だ。
時間はかかるかもしれないが、不可能なわけじゃない。
周りに笑われたとしても、それで夢にたどり着く可能性が上がるなら、俺はそれでいい。
「……上等だ。乗ってやるよ」
いるかも分からない、この〈遊び人〉クラスを設計した存在へ、宣言する。
そうして俺は、震える指を「遊び人」の項目へと伸ばした。
迷いはない。
あるのは、これから始まる途方もない苦労への予感と、それを上回る興奮だけ。
「――これが、俺の選択だ!」
タップした瞬間、指先から波紋が広がるように、システムウィンドウが光を放つ。
――ドクンッ。
直後、心臓が大きく跳ねた。
全身の血管に、熱い奔流が駆け巡る。
「……っ、おお……!?」
俺は思わず、自分の両手を見つめた。
……力が湧いてくる。
今まで生身の肉体だけで動かしていた手足に、見えないギアが噛み合ったような感覚。
世界が鮮明になり、体が羽のように軽い。
(これが……「クラス補正」か!)
これまでの4年間、俺はずっと「補正0%」の状態で生きてきた。
システムからの恩恵を一切受けず、ただの肉体だけで戦っていたのだ。
それが今、遊び人に転職したことで「50%」の補正が適用された。
一般人から見れば「半分に減る」デバフかもしれないが、ゼロだった俺にとっては、無限の倍率がかかったに等しい大躍進だ。
「……すごいな。これが、『ステータスを持つ』って感覚か」
軽く拳を握りしめるだけで、空気が弾けるような感触がある。
最弱の「50%」でこれなのだ。
ここからレベルを上げ、ステータスそのものを化け物じみた数値に育て上げれば、一体どうなってしまうのか。
俺は顔を上げ、誰もいない店内に向かって小さく息を吐いた。
「よし」
これで、俺は晴れて「遊び人」だ。
最弱の補正値と、最低の社会的地位。
そして、最高の可能性を手に入れた。
俺の冒険は、ここから本当の意味で始まるのだ。
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