第3話 ボクはキミを、離さない。

 不意に辺りを響き渡り始めた、警戒音。

 その合間に続けてこの突如響き渡り出した不穏な音の意味が、放送された。

 「本日零時四十五分、旧式М51型に危険なバグが発生した。直ちに回収するものとする」

 窓辺でソレを聞いたオスカーは、勢い良く後ろを、振り返った。

 そこにはオスカーのコイビト、キリトが、小さな身体をカタカタと震わせ、自分の腕で自分自身を抱きしめて、いた。

 素早く窓辺のシャッターを下ろしすとキリトに駆け寄ったオスカーは、ハラハラと擬似水分を目から流している自分よりも一回り小さい愛する者をぎゅうっと、抱き締めた。

 「大丈夫、大丈夫だから…!」

 その、抱き締めたか細い首の後ろに刻印されている【М51】の文字。

 キリトはオスカーのL型よりも古い型式、だった。

 突然、二人の住むマンションのドアが激しくノックされる。

 「自主警団の者だ、開けなさい」

 ココに、М51が一体、居るだろう?

 オスカーは小声でキリトにキッチンにある床下収納庫に身を隠すよう、促す。

 動揺しているせいか少しいつもよりぎこちない動作でコクリと頷くと、キリトは急いでその、小さな身体を狭い収納庫に、潜めた。

 オスカーは一息小さく付くと、意を決して尚も激しく叩かれるドアを、開けた。

 途端にレーザー銃を構えて警官型ロボが二体、部屋に飛び込んで来た。

 一体がオスカーに詰め寄り、胸ぐらを掴む。

 「何処に隠した、いえ!」

 オスカーは、至って冷静に両手を軽く上げながら、

 「ワタシはココに一人で住んでいます」

 何かの間違いでしょうと、L型特有の人懐っこい笑顔を、浮かべた。

 「隠しても無駄だぞ!ちゃんとアンドロイド管理記録にメモリーされているんだからな!」

 「何かの間違い…!」

 じゃないでしょうか、といい終わる前に、オスカーは警官型ロボに頬を張られ、物凄い勢いで壁へと叩きつけられた。

 「ぐふっ!!」

 痛みはないが、赤い擬似水分が口元から放出される。

 「探せ、手遅れになる前に!」

 オスカーに乱暴を働いたロボがもう一体に指示を、出した。

 バグが発生した個体の回収。

 それは、アンドロイドには【処刑】を意味していた。

 「だから、ソンナ型式はウチにはいませんって!」

 そんなに広くもない間取りを警官型ロボが、手慣れたように警戒しながら、一部屋ずつ一部屋ずつ、潰して行く。

 そしてついに、キリトが隠れているキッチンに二体はたどり着いた。

 ドアを開けようとする二体のオスカーに暴力を振るった方の腰に、いきなりオスカーが後ろからタックルした。

 「逃げろキリト、逃げるんだ!」

 「やっぱり匿っていたか!」

 無慈悲にロボはオスカーの背中を渾身の力で殴りつける。

 「かはっ!」

 余りの衝撃にまた危険値の赤い擬似水分を口から吐き出し鼻からもその赤が、滴る。

 それでも、オスカーはその腰を、離さない。

 「逃げろキリト、逃げてくれ…!」

 「クソッ、往生際の悪い!」

 尚もオスカーの背をレーザー銃で激しく打ち付ける。

 もう、オスカーの背中はひしゃげ、【生命】の危機を知らせるエラー音が響き始めた。

 「オレに構うな、そこを開けろ!」

 警官型ロボが、もう一体に指示を、出す。

 その、部下らしきロボが慎重に、慎重にレーザー銃を構えてその部屋のノブを回そうとした、その時。 

 カチャリとノブが、自然と、回った。

 「キリトが何をしたっていうんだ、М51型が…!」

 オスカーの息も絶え絶えな叫びを無視して、部下がドアを蹴り開けた。

 …ソコに、キリトが立って、いた。

 ゆらりとその小さな機体から白い湯気を立ち上らせて、下を向いていたキリトはゆっくりとソノ顔を、上げた。

 ソレを見て、その場にいた三体、特にオスカーが、戦慄する。

 愛らしくパッチリとしたアメジストだったはずのキリトの瞳が、じっとりと目が据わり、まるで血塗られたガーネットのように赤く、妖しく、暗闇に光って、いた。

 「遅かったか!」

 上司の警官型ロボが何の躊躇いもなく、キリトに向かってレーザー銃を放った。

 「キリトッ!」

 最期の力を振り絞ってオスカーがソレを制そうとしたが、遅かった。

 キリトの腹に、後ろの景色が見える穴が、ぽっかりと空いて、いた。

 「キリトォー!」

 オスカーの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。

 が、

 それよりも「がぁ!」という、部下ロボットの断末魔の方が、その部屋に反響、した。

 いつの間に移動したのかキリトがその、ロボットの傍らに佇んで、いた。

 その、部下ロボットのねじり切られた首を手に、ぶら下げて。

 「この、アクマめっ!」

 再び、レーザー銃をキリトに向けるがもう、遅かった。

 キリトの、細くてしなやかな腕が、オスカーに腰に抱きつかれていた上司警官型ロボの胸を難なく突き破り、その、基盤を握りしめてパキっと、手折った。 

 ロボは、何が起こったか分からないと行った顔のままゆっくりと、床に崩れて、行った。

 「キリト…」

 オスカーは、コイビトだったはずの【モノ】の名をただ、呼ぶ事しか、出来なかった。

 ゆらりと、キリトがオスカーを見定める。

 オスカーの最新の動体視力を持ってしてもキリトのソノ俊敏な動きは全く、見えなかった。

 キリトは、普段の非力な愛玩型の姿のまま、オスカーを軽々と抱き上げると想像も出来ない位の力でその身を、締め付け始めた。

 「キリト、ワタシだ、オスカーだよ、キリト、キリト、キリト…!」

 オスカーの叫びが届いたのか、それともレーサー銃の穴が今頃効いて来たのか、はたまた、キリト自身の身体の限界だったのか、不意にキリトはその手を緩め、そして、オスカーごと、床に倒れ込んでしまった。


 次にキリトが目を、覚ました時。

 ベッドにまでは戻れなかったオスカーが壁に背を預けて座り込み、キリトの頭を自分の腿に乗せて、優しく、優しくその銀色の髪を指で梳いてくれて、いた。

 「起きた、かい?」

 相変わらずエラー音を発しているオスカーはそんな事をお首にも出さないような本当に優しく、慈しむようにキリトに言葉を、掛けた。

 「ボ、ボク…」

 微かに残る、自分のしてしまった行動の記憶。

 そして、本来なら致命傷のはずの腹部を貫いたレーザー銃の、爪痕。

 キリトは、自分のした事に、震え出した。

 「どうしようオスカー、ボク、ボク…!」

 アクマになってしまった、の?

 フルフルと、オスカーが軽く首を左右に振った。

 「いいや?キリトは、今でもワタシの可愛いキリト、だよ?」

 オスカーの顔を覗き込むキリトの眼は、キレイなアメジストを湛えて、いた。

 「でも、バグ、だって。こんなにも危険な、バグ、だって…」

 柔和な表情をした本当に優しげな顔のオスカーがキリトの髪をまた、優しく梳き始める。

 そろそろ、自主警団が同胞が帰還しない事に危惧して第二弾を送ってくる、はずだ。

 もう、二人には抗う力は残って、いない。

 【コロして】と、キリトがオスカーに哀願、する。

 いや、キリトが【死んだ】ところで、回収される事は、オスカーの元から攫われてしまう事は、分かりきって、いた。

 そんな事、オスカーには、耐えられない。

 キリトとは【死んで】も離れたく、ない。

 意を決したオスカーは、キリトにこう、いった。

 「…キリト、ワタシと一緒に死んでくれないかい?」

 キリトは一瞬、困ったような表情を浮かべたが、オスカーのオニキスの瞳を覗き込みソノ意を汲み取ったのか、コクリと頷き、愛玩型らしい、人懐っこいいつものキリトの笑顔を、見せた。

 …オスカーは、キリトを抱き抱えると、ゆっくりと部屋を後に、した。

 長い長い階段を登って、とうとうマンションの屋上に、たどり、着いた。

 オスカーは、キリトの額にキスを一つ、落とすと、自分にもいい聞かせるように、口を開いた。

 「ワタシにしっかり掴まっておいでね?」

 ワタシはキミを、離さない。

 すると、キリトがチョンと、オスカーの高い鼻にキスを落とすと初めて、自分からオスカーの口唇にキスを、した。

 「ボクも、アナタから離れない、離れたく、ない!」

 愛しています、オスカー。

 ボクを、離さないで?

 睦言の時にしか口にしない言葉をキリトが発した。

 初めてのキリトの告白にちょっとだけ目を見開いたがオスカーはすぐに優雅に微笑んでその言葉に真摯に答えた。

 「約束するよ、キリト。絶対にキミを離さない。キミを一人には、しないよ?」

 キリト、ワタシもキミを、心の底から、愛してる。

 愛を確かめ合った二人はニッコリと微笑み合うと、抱き合いながら再びキスをして。

 そうしてそのまま、五十階建てのマンションの屋上から、身を、投げた。


 二弾目の自主警団たちは、粉々になった二人の機体をМ51型だけを判別する事が出来ず、オスカーのL型と一緒に拾い集めるしか術が、なかった。

 バグの原因を突き止めるにも機体の損傷が激しすぎて、二人はそのまま、回収庫の箱の中に一緒に仕舞われる事になった。


 もうこれで、二人はずっと、離れない。

 オスカーはキリトとの約束を、ちゃんと果たしたのだ。

 愛し合ったコイビトたちは二人一緒に、仄暗い箱の中で静かに静かに、安らかな【眠り】に、就いた。

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