第2話 ずっと、一緒に。
とうとう左の膝も、逝ってしまった。
錆びに錆びつき溝が無くなる程に摩耗した主要ネジが、事もあろうに二本同時に、折れてしまった。
いきなりの事に体制を崩したボクを、ジョーイが残った右腕だけで素早く、支えてくれたから、床に落下するのだけは辛うじて、免れた。
「ありがとう、ジョーイ」
「どういたしまして、ジョシュア」
鼻が高く、真っ白な肌からたまに銀色が覗いているけれど、それでもその事を差し引いてもうっとりする程ハンサムなジョーイが、柔らかく笑いかけてくれた。
そうして、ボクをしっかりとベッドの縁に座らせてくれると、痛みなんかないけれど慈しんでくれるようにその、優しい右手でボクの左膝をそろりと撫でてくれる。
痛みはないのだけれど、左足を失った心のショックはとても大きくて、いつかはとわかってはいたものの、ジョーイの右手がその心までも撫でつけてくれるようでボクを落ち着かせてくれた。
ジョーイがベッドヘッドにある小さな引き出しから、恭しくまた、小さな小さな箱を、取り出した。
そうして、宝物を扱うようにその、中の物を取り出すと、
「ジョシュア、」
と、ボクの名前を慈しむように優しくそして、柔らかく呼んで、ソレをボクに差し出して来た。
ソレは、この世に残ったたった一本しかない最期の、主要ネジ。
ボクたちの営みを支えてきてくれたネジの、本当に最期の、一本。
それを差し出しながらボクの顔を覗き込んで優しく微笑むジョーイに、ボクはフルフルと首を横に、振った。
「ジョシュア?」
心配そうに、【いいんだよ?】というような表情をしているジョーイに、ボクは、無理やり微笑んでみせる。
ボクだって、美男子に造って貰っていたんだけど、随分前に左瞼が閉じなくなってしまったからきっと、不気味な笑い方になってしまっているんだろうな。
「そんな大切なもの、使えないよ。それは、ジョーイのネジが壊れた時の為に、取って置いて?」
でも、と、ジョーイがボクを咎めるような顔をする。
ボクは、続けた。
「二本、壊れちゃったから。ボクの身体は一本のネジじゃ支えきれないよ」
だから、いいんだよ?
ね?と、ジョーイの顔を覗き込むとジョーイは泣き出しそうな顔を、した。
ボクは、右腕でジョーイの肩を抱き寄せこてんと、その肩に頭を乗せる。
「泣かないでジョーイ?キミが泣いたらボクも泣いてしまうから…」
ぐすっと、鼻を啜り始めたジョーイはボクのこの言葉を聞いてぴたっと、ソレを、止めた。
「ジョシュアには泣かれたく、ない」
強い意志を持って、ジョーイは自分の感情をコントロール、した。
そうしてボクの頭にこつんと、頭をぶつけて来た。
ソレにクスッとボクが笑う。
すると、それに釣られてジョーイも、笑う。
嗚呼、なんて幸せなひと時なんだろう。
ボクは両足と左瞼を無くしていて、
ジョーイは左腕と、そしてまた、両足を失ってしまっているけれど。
これでとうとう、ボクたちはベッドから動く事が出来なくなって、しまった。
けれど、二人とも基盤とバッテリーはしっかりと作動している。
まだ、二人一緒に居られる。
それだけで、たったそれだけでも、ボクは、嬉しかった。
「そうだ!」
ボクは、思い立って縄を手繰り寄せて道具箱を、ベッドに引き寄せた。
その中から、電動ドライバーを、取り出す。
その様子を不思議そうに眺める、ジョーイ。
まだジョーイが手にしている貴重なネジをやんわりと受け取ると、ボクは、ジョーイがベッドに付いている右手の手の甲に、自分の左の手を、重ねた。
そうしてジョーイの美しいエメラルドグリーンの瞳を、覗き込む。
ジョーイはボクのアクアマリンの瞳を覗き返してボクの意図を悟り、コクンと、頷いた。
「本当に、いいの?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
だって、ボクとジョシュアの仲じゃないか。
そういって、ジョーイがパチリとキレイなウィンクを寄越してくれた。
「…いくよ?」
ボクはボク自身の左手の甲に電動ドライバーを押し当て、一気に作動させた。
その刃はジョーイの右手も貫通し、そして。
ふたりの手に、まるでエンゲージリングのように恭しく、光り輝く新品の主要ネジを、取り付けた。
「これで、二人が離れる事はないね」
ジョーイが満足そうに微笑む。
「うん、絶対に、離れる事は出来ないね」
それを聞いてクスクスとジョーイが、笑った。
「キミが嫌だっていっても離れるもんか、ジョシュア」
釣られてボクも、笑う。
「ボクだって絶対にキミを離さないよ、ジョーイ」
そうさ、
ボクたちの基盤が破損しても、
バッテリーが充電しなくなったとしても、
これで誰も、ボクたちを切り離す事なんて出来ないんだ。
二人で腕を上げてネジを外の光に当ててみる。
もう、二人で光を浴びる事は出来なくなってしまったけれど、このネジの輝きはそれよりももっと貴重で、もっと尊いと、ボクは思った。
「ずっと一緒だよ、ジョーイ」
「嗚呼、ずっと一緒さ、ジョシュア」
ボクたちはこの日、本当に一つになれた。
そう、ボクは思ったんだ。
「キミもそうだろ、ジョーイ?」
傍らでもう、その美しいエメラルドを見せてくれなくなったジョーイに、ボクは一人で話しかける。
さて、ボクの視界もノイズが酷くなって、来た。
そろそろ潮時、なのだろう。
ボクは出来るだけそろりと片腕だけでジョーイをベッドに横たわらせると、ボクも、その傍らに横たわりその胸に顔を埋めた。
繋がった手と手を、最期の視界に【記憶】させながら。
本当に、ずっと、一緒だよ?
ボクは、そう、ジョーイの眠っているかような昔と変わらないハンサムな顔を見上げながらゆっくりと目を、閉じた。
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