3. コロニーの世界
最初に到達したコロニーはすでに過去形だった。
コロニーだったもの。
コロニーではなくなったもの。
きっと《Y》の誕生を察知した《M》の指令によって殲滅されたのだろう。
「始まったな」とディーはつぶやいた。
足元には眼底の空っぽになった頭が転がっており、ディーはそれをじっと見下ろしている。残された顔のパーツの形状や肉付き方、紙の感じからするに女性だったのだろうそれは、むしり取られた上唇と下唇をガバッと開かれ、口いっぱいにビーの体液が押し込まれている。コロニーのあちらこちらに似たような死体があった。コロニー内の建造物はどれも壊れて、崩れている。
コロニーは大陸──《M》の管理を逃れたいくつかの大陸──に点在する人類の生育地域に与えられた名称で、基本的にはそのどれもが同一の規格でつくられている。建物はたいがい丸いし、コロニー全体も円形をしていて、四つに分割されたその内部に居住や就労といった機能別のエリアが存在し、中心にはかならず広場と監視塔がある。どこのコロニーもみんなそうだ。
コロニーは外殻によって外部世界との行き来が遮断されており、どんな仕組みでそうなっているのか知らないが、破損が起こればリアルタイムで修復される仕様の設計が施されていて、これが首都にいる《C》と呼ばれる人々がかたくなにコロニーは安全であると主張する根拠になっているわけだが、しかしこんな惨状を招いてしまうのだから説得力なんかない。
「説得力がないってわかるときは、もう遅いんだけど」
徹底的に破壊されたコロニーを見てまわり、わたしは歩く。
転がっている死体がすでに冷めていること、建物やインフラ設備の崩壊に伴う火災がすでに終わっていることから見て、きっとビーたちの襲来は近くても昨日の早朝、あるいはその前の夜のことなのだろうと推測する。
ということは。
つまり。
このあたり一帯にはもうケダモノは残っておらず、したがってここはわたしにはもはや全くの無価値で無意味な場所ということになる。
「見つけたと思う?」
瓦礫の山をかき分けているディーに、わたしは問う。
「あ? ああ......」と彼は答えるが、それから一際大きな建物の外壁を持ち上げるのに苦労しているようで、長いあいだ無言が続く。
ガラガラ。
バタン。
組み上がった瓦礫が崩れる。
「ああ、あった」
ディーは小さな四方形の用紙を手に持っている。質感からして紙ではなくて、もっと硬質そうな感じがあるそれに、小さな文字がびっしり書き込まれてある。
「なに、それ?」
「レポートだよ。コロニーが終わるときに監視塔から自動的に生成されるようになってる。遺言だな、要するに」
コロニーが終わるとき──それはコロニーに住む人々が死に絶えるときではなく、あくまでもコロニーの監視塔が破壊されるその瞬間を指しているというのは、この任務に就くときに受けたブリーフィングで聞いた覚えがある。
「人々が死んでもコロニーは活きるし、コロニーが不活性であれば人々は生活できず、コロニーは活きていれば人々は生まれ続ける」
わたしを担当したその首都の男がなぜ「我々」ではなく「人々」という言葉を使い、まるで自分は──自分たちは「人々」という定義には当てはまらないかのような言い回しをしたことが不思議に感じられた。
コロニーに生きる全ての人たちは、自分たちの生きている世界の主語が自分たちではなく、コロニーそのものにあることを知らない。
わたしたち自身よりも、わたしたちを取り巻いているルールが、わたしたちよりもドミナントなポジションを与えられており、しかもそれがわたしたちの生き死にに関わっていることが不思議に思われた。
違う。
不愉快なんだ。
わたしには、それが、そのことが。
「そんなの、何か意味があるわけ?」
レポートを読み込んでいるディーに話しかける。
「意味しかないな」とディー。
「壊滅に至った要因とそこに至るまでにかかった時間を知ることができるのは有益だ」
「でももう、ここにいる人はみんな死んじゃってるけどね」
「ひねくれたことを言うな。いいか、俺たちは個としての生に執着してる場合じゃない。俺たち全体が──人類そのものがどうやって存在を持続するかが問題なんだ。コロニーの材質や形状そのものに欠陥があることを見つけられたら次に活かせるし、敵の侵入方法や時間帯に傾向性があるのかどうかを考えるための材料になる。俺たち人間の生存はディフェンスが基本だ、この世界においてはな。だからこそ、それを高めるための知見はあればあるだけいい」
「聞いた上で言うけど、やっぱり意味ないじゃん」
「なにが──」
「そもそも侵入されてる。あのゴミどもが入って来れてる時点で意味なんかない」
しかも──。
「コロニーには反撃手段はないし、反撃することは禁止されてる」
わたしが言いたいことを先読みしたのか、ディーの顔にはうんざりだとでも言いたいような諦めが漂っている。きっと彼の立場なら何度も聞かされた類の批判だろう。そして、もう何度もそう答えてきたかのように落ち着きはらって彼は言う。
「禁止されてるのはビーに対する独断攻撃であって反撃じゃない」
「同じことだよ」
「制度上は区分されている」
「言葉の上に引いた線は、現実じゃ何の意味も成さないよ。実際、ビーに遭遇した人には、今から自分がするのが攻撃なのか反撃なのかをジャッジしてもらう暇なんかない」
「だから俺たちみたいなのがいる」
「首都にはね。でもコロニーにはいない。いても数は首都よりもずっと少ない」
「だから──」
「監視塔によってリアルタイムでコロニーの周囲を観測している、でしょ? でも間に合ってないじゃない」
ディーの後ろに落ちている、かろうじて小さな女の子の形状を保っている死体を指差し、わたしは言う。彼はそちらを見ず、見ようともせず、まるで異常がないかを調べるような目つきでわたしのことをじっと見ている。
「完璧じゃない、とか言わないでね。うざいから」
わたしがそう言うと、ディーは首を振った。
まるでその動きが空をかき分けたかのように、急に雲が立ち込めてきた。
「さっさと行こう」と彼は言った。
「ここに《Y》はいない」
「レポートにそうあったの?」
「そうだ」と、ディーが答えるよりもはやく、大粒の雨がわたしたちを打ち始めた。
Yの守人 虫尺 @2025-2041
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