第9話 無謀な駆け出し冒険者09
午後過ぎの暇なMagus Loan(マグズローン)。
店が混むのは明日の準備をする夕方と、買い忘れを補充する朝くらいだ。
だからこの時間帯はいつも本を読みながらのんびりとしている。
日々新しい魔法を勉強し、商品を充実させることも店主である俺の大切な仕事だ。
だから静かにしてもらいたいのだが。
「あっちをぱたぱたー。こっちもぱたぱたー」
エーリャが右へ左へはたきを持って掃除をしている。
客商売なのだから清潔にしてくれるのは助かるが、はたして毎日する必要はあるのだろうか?
というより、うちの店で一番出てるゴミはお前の抜け毛だと思う。
ずいぶん前に買って渡した、動物用の櫛をちゃんと使っているのか?
「ご主人様!」
エーリャの耳がピンと立つ。
「お客様が来ます!この足音は?あれ?」
少し不思議そうにしながら、定位置である俺の後ろに移動してきた。
「珍しいな。音で客を聞き分けられないのは」
「いやわかるんですけど」
こいつがこういう反応の時は大体悪いことが起こる。
俺には足音が変わる良い理由なんて思いつかない。
考えていると、取り付けられている鐘を鳴らしながら扉が開いた。
「ようこそMagus Loan(マグズローン)へ!」
エーリャの決まりセリフ。
常連ならにこやかに挨拶を返してくれるのだが、今日の客は小さく頭を下げるだけだった。
「お久しぶりです。エドさん、ゾーヤさん」
この二人が店に来たのは十日ほど前だろうか。
その間に色々あったようだ。
ゾーヤの肩を支えて手を引くエドを見て察したエーリャが、椅子に座る補助をしている。
見当違いの方向へ頭をさげてお礼をしていた。
ゾーヤさんの美しいエメラルドグリーンの瞳は、黒く沈んでいた。
「店主さんありがとうございました」
今度は俺に対して深く頭を下げた。
「魔法のおかげで何とか帰ってくることができました」
こっちを向いて話しているつもりなのだろう、しかしどこかずれている。
なんとか、か。
「もし良ければ何があったのか聞かせてくれませんか?」
エーリャが落ち着いた声で問う。
それに少し戸惑うゾーヤ。
「いい、俺が話す」
隣に座るエドがぽつぽつと語った。
森での三日間の出来事。
駆け出しの冒険者に起きた事故といえる災難。
二人は決して間違った判断をしていない。
むしろ貧弱な手札でよく頑張ったといえる。
「ゾーヤさんの調子はどうなんだ?」
問う俺に少し考えた後、心配をさせたくないのかエドの声のする方へ顔を向けて答えた。
「ぼんやり光を感じるくらいです。
顔とか景色とか、個別の判別はできないです」
なるほどなと俺は嘆息する。
身の丈を超えた魔法の連続。
マナポーションの多量摂取による、過剰な魔力回復。
死ななかっただけ幸運だ。
「目の中には細い糸みたいなのがあってな。
おそらく過剰に供給された魔力がそこを傷つけた。
指とかも痛まないか?」
カウンターの上に置かれていたゾーヤの指先は痙攣していた。
「体の末端ほど影響を受けやすい」
指については知らなかったのだろう、エドが不安げに見ていた。
「手はよく動かせばそのうち治る」
「……ご主人様、目のほうは?」
居ても立っても居られなかったお人好しが背中越しに聞いてくる。
「無理だ。
指と目だと繊細さが違いすぎる」
希望を否定されたエーリャが何か慰めを言おうとしながらも、言葉が見つからなくて小さく鳴いている。
「ゾーヤの治療をしてくれた教会でも同じことを言われた」
「でしょうな」
あそこの人達は治療のプロだ。
そこで否定されたのなら、そうなのだろう。
「で、今日はなぜ私の店に?」
「教会で言われたんだ」
俺の言葉に食い気味にエドがカウンターに身を乗り出した。
「教会ではできない治療も、この店ならあるいはって」
なるほど。
俺たちが最後の望みということか。
「銀貨二枚は払えるか?」
「は、はい。払えます」
棚から一つの魔具を取り出してゾーヤに使用する。
俺以外には何が起こったのか全く分からなかっただろうが、確かに魔法が発動した。
「これは体の中を調べる魔法でな、怪我の具合や病気を検査するときに使う」
ただの銀となった魔具を屑鉄入れに投げた。
「結論だけ言う。
完治は無理だ」
残された希望を一刀で断ち切られ、言葉に詰まるふたり。
「だが、多少の改善なら可能だ」
「本当か!」
「その距離でお前の顔が見える程度にだが」
向き合った二人。
涙ぐんだエドが詰まりながら聞いてくる。
「その回復魔法は……いくらだ?」
俺は再度嘆息をした。
嫌な仕事だ。
「金貨二十枚。特別な品でな」
エドが何年も何年も、おやじになるまで必死に働いて稼げる金額。
特級治癒の魔具は俺一人では作れない商品だ。
足元を見ているわけではない。
「かまわない、絶対稼ぐ。
売らないで取って……」
「ゾーヤさん!」
俺の声に小さく震える少女。
「エドは君にとって大切な人じゃないのか?
なぜ隠している」
言葉に俯き、必死に何かを発しようとするが、空気が漏れるばかりで音は出てこない。
「ゾーヤどういうことなんだ!?」
肩を掴み、ゆすろうとしてやめたエド。
意を決した少女がやっと声を出した。
「見える光が……毎日少しずつ減ってるの」
力の抜けたエドが椅子の背もたれに倒れこむように沈む。
「ゾーヤさんの目は安定などしていない。まだ悪化をしている」
「このままだとどうなるんだ?」
何度目だろう、吐き気を催す気分で説明してやる。
「数日以内に光を失う。
そこからは腐敗がスタートする」
つまりな。
そう一拍おいてから、勘違いの起こらない回答をした。
「今日にでも眼球を摘出すべきだ」
知っていながら伝えられていなかったゾーヤが、泣きながら何度も何度もエドに謝っていた。
俺の魔法を見て覚えられる優秀な魔法使いの最後にしては、救いがなさすぎる。
「なんとか、なんとかならないのか」
「日に銀貨五枚。
中級の治癒魔法を毎日かければ進行は止められる」
目の見えないゾーヤを介護しつつ、エドが稼げる金額ではない。
彼らの未来はもう決まっているのだ。
「わかった。ちょっと頭を冷やす」
銀貨二枚をカウンターに置いたエドが立ち去ろうとしたので引き留めた。
「すまない。ついでで悪いが冒険者ギルドに届けて欲しいものがあるんだ。
頼めないか?」
「あ、ああ。そのくらい構わないが」
たまに人手を回してもらっていて、ギルドとは俺も付き合いがある。
羊皮紙を取り出して依頼を殴り書いていく。
「これを頼む」
依頼書を折りもせず雑に渡されたことに、少し不快な顔をするエド。
思わず視界に入った内容に目が留まった。
「エド?どうしたの?」
一人取り残されたゾーヤが不安そうにエドの袖を引っ張った。
「も、求む……」
泣きながら崩れ落ちたエドに変わりエーリャが読み上げる。
「求む魔法使い。仕事内容は魔具の作成補助。住み込み可。お世話係の獣メイド付き」
息が尽きたのかここで一呼吸をした。
「日給は銀貨五枚」
良い求人ですニャーと後ろでにやにやしてやがる。
ゾーヤは理解が追いつかず、見えない瞳を何度もまばたかせた。
「なんでここまでしてくれる?」
「優秀な魔法使いを探していた。これは事実だ」
敬意を込めるために一呼吸して、俺は先を言う。
「昨日結界近くの村でアンカーリザードの死体が見つかった。
もしあれが村に入っていたら、どれだけの死者が出ていたか」
無言で頷くエドとゾーヤ。
「誇れ。
君たち二人は人命を救った立派な冒険者だ」
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「準備はできたかなーー?
お客様が来たら元気に挨拶からだよ?」
私は可愛い後輩ができたことが本当に嬉しい。
皮肉屋のご主人様にしてはいい判断じゃなかったかにゃ。
「い、いま私が着てるのエーリャさんと同じのですよね!?
普通の服ではダメなんですか?」
「だめだよ。
これは制服でご主人様の趣味なんだから」
そういうことにしとこう。
「彼氏君がお金を稼いで帰ってくるまで何年かかるかわからないんだから。
早く慣れて」
「そ、そう言われてもですね!」
あわあわとしているうちに扉が開き始めた。
ほらほらと私は背中をつっついた。
彼女の冒険者としての人生は三日で終わりを告げた。
それでもこの先の道にもきっと、光はあるはずだにゃ。
「よ!ようこそ!Magus Loan(マグズローン)へ!」
ちょっとひっくり返っちゃった声。
ゾーヤちゃんの新しい毎日がスタートした。
ただいま魔法レンタル中!
EPISODE1 Fin
ただいま魔法レンタル中! 岡山みこと @okayamamikoto
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