第7話 無謀な駆け出し冒険者07
私は致命的に攻撃魔法が苦手だ。
どんなに勉強しても覚えることができなかった。
レベルの高い補助中級魔法を、いくつか先に取得してしまうくらいに。
でも、今だけはその壁を超える。
ずっと昔、流行り病で両親が死んだ。
葬儀なんて行われるわけがなく、家ごと焼かれたお父さんとお母さん。
発症していた私は村はずれの納屋に閉じ込められた。
冬の寒さと飢えに震える私。
高熱にうなされ、体をネズミに齧られた。
自ら命を絶つ力さえ残されてなくて、日に日に小さくなる命の灯だけを感じていた。
その私を救ってくれたのは、エドの家族。
凍傷になっていた体を湯で温め、骨と皮の体に粥を与えてくれた。
その心が嬉しくて、私は泣くことしかできなかった。
春を迎えるころに私は病を克服した。
一人で立ち上がり、農作業ができるほど。
代わりにエドは母親を失った。
私が彼から奪った。
エドは一言の恨み言さえ言わない。
私が元気になったことを心から喜んでくれた。
彼のお父さんも同じ。
それどころか実の娘かのように大切に育ててくれた。
そんな暖かい家をエドが出て冒険者になる。
そう決めたのは思い出が多いからだろう。
村には、家には、そこかしこに幸せな過去がある。
思い出すことが辛い。
家族を失う辛さは私もよく知っている。
エドの後ろ向きにも見える決断。
それを聞いた私はついていくことにした。
冒険者は何も持たない田舎者が、他所で生きる数少ない手段。
最終的に多くが命を落としている現実は知っている。
だからこそ私は、ついていくことを拒否する彼を必死に説得した。
この命を彼に捧げたかったから。
「当たれえええ!」
二つ目の光が放たれる。
光の魔法はアンカーリザードの皮膚の一部を剥ぎ取る。
術式の大半は頭に叩き込めた。
なかなかの力業だと自画自賛する。
「魔法よ!」
最後の魔具。
展開された術式は私の記憶と一致していた。
そこに送り込まれる魔力の量、速度、密度、一つ一つを体に叩き込む。
「ラスト!」
光が走る。
魔法は狙いを外してしまい、敵の後方の大木にくぼみを作った。
落ち着け私。
今大切なのは当てることではない。
――記憶はできた。
この数分で刻み込んだ術式を脳内で編み込み、ぶつぶつと詠唱を行う。
初級とはいえ攻撃魔法の取得には、才能と多くの努力を要する。
私はその階段を一跨ぎしようとしているのだ。
そのくらいやって見せる。
「光の矢(ルクス・テルム)!」
私の言葉で世界の理が書き換えられた。
空中に浮かぶ一つの光。
……成功した。
そう思った瞬間、溶けるように光が消える。
違う!こうじゃない!
術式に流す魔力が弱すぎる。
もっと強く!
「光の矢(ルクス・テルム)!」
光は生まれると同時にはじけ飛んだ。
今度は強すぎる。
こうじゃない、思い出すんだ。
工程を脳内でなぞり、口内で反芻する。
大きな間違いは無いはず、後は精度だ。
その時、エドの叫び声が聞こえた。
アンカーリザードの注意を引いていた彼がとうとう追い詰められ、しっぽでの強烈な一撃を受けていた。
バックラーで防いだとはいえ、体が吹き飛ばされるほどの破壊力。
何とか立ち上がってはいるが、足元がおぼついていない。
だめだ!だめだ!だめだ!
もっともっと集中しろ、魔力を絞れ。
目の奥がズキズキと痛む。
能力を超えた魔力行使に体が拒否反応を起こしている。
本来は体に負荷がかからない方法で魔力を行使するのだけど、私にはそんな技術はない。
ちょっとくらいの力技も今だけは。
「光の矢(ルクス・テルム)!!!」
雄叫びに似た詠唱。
魔力と魂を捧げた言葉。
一握の光が崩れること無く生まれていた。
これが今の私のとっておきだ。
「いけええ!」
放った魔法が再びモンスターの皮膚を剥がす。
「魔法よ!」
同時にエドが魔具を発動させた。
炎が巻き起こり、アンカーリザードを包む。
同時攻撃に驚き、走って距離を開ける。
私はエドのもとに駆けつけた。
対峙するトカゲ。
ダメージは見られない。
「すごいな、攻撃魔法か」
嬉しそうに笑うエド。
近くに来て初めて分かった。
彼の全身が傷だらけであったことを。
守りたい、そう思っていたのに守られていたのは私だった。
ありがとう、ずっとずっと今までありがとう。
ここからは私にまかせて。
大きく息を吸い、術式展開を再度行う。
次は光の矢(ルクス・テルム)ではない、私が得意な補助魔法。
「自動調律(オルゴール)」
最後の切り札。
これが効かないのなら諦めて食べられてあげる。
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