第2話 無謀な駆け出し冒険者02
古びたカウンターの向こう側に座る二人の若者は緊張した面持ちだ。
一人はピカピカ光る新品の革鎧とショートソードを下げた少年。
もう一人は対刃製の厚手の服を着て、魔法の杖を持った長髪の少女。
エメラルドグリーンの深い瞳と、透き通るアッシュブロンド。
邪魔にならないようサイドで紫色のリボンで結んでいるのがよく似合っている。。
「私はゾーヤ、彼はエドと申します」
しっかりとした少女が小さく頭を下げた。
「俺たちこの間ギルドに登録して、はじめての冒険に行くんです!」
夢を瞳の奥に秘めてキラキラとさせている少年。
ゾーヤとは家が隣同士で、昔から英雄譚に憧れを持っていたらしい。
冒険者ギルドに登録できる年齢になり、半ば強引に田舎を出てきたと、説明をまくし立ててきた。
ということは、15歳になったばかりか。
「このお店はどなたから聞いたんです?」
ひとり立っているエーリャが、新規の客に毎回来ている質問をする。
「ギルドでベテランの人が、お店のお話をしているのを聞いたんです」
エドがそういう。
その理由だとこの店について理解は無いと思っていいな。
「なるほど!ではまずお店の説明をしますね!」
どこから出したのか、エーリャの指先にキラリと光る四角い銀の板があった。
表面は滑らかに磨かれ、びっしりと小さな文字が掘られている。
「これが魔具です」
へえーと声を漏らした少年が、相変わらずキラキラとした瞳で見上げている。
「魔具を手に取り、魔法よ発動せよ!と思うと」
エーリャが持つ魔具から、ロウソクよりさらに小さな灯火が起こり、ゆらゆらと揺れた。
『おーーー』
少年少女の感嘆がシンクロした。
「魔具には魔法が込められていて、たくさんの種類があり、お値段が違います」
指先のコインを器用に回して手中に戻し、カウンターに置いてある羊皮紙を指差す。
そう、ここは魔法が込められた使い捨ての魔具を販売する店なのだ。
魔法使いがいない、魔力を節約したい、自分が使えない魔法を使いたい。
さまざまなニーズから利用する冒険者は多くいた。
「えーと簡易治療2銀貨?小規模火炎魔法3銀貨?緊急時光学迷彩15銀貨??」
1銀貨が1日分の食費と考えると、けっこういい値段がするなと少年少女が向き合っていた。
「ゾーヤも魔法使えるよな?」
問われた少女が手を顔の前で振りながら、申し訳なさそうにこちらをちらりと見る。
「私ができるのなんて簡単な回復と補助魔法、それにろうそくに火を灯すくらいだから。
こうやって物に魔法を閉じ込めるって凄いことなんだよ!!」
魔法が使える人は100人に1人もおらず、だからこそこの商売が成り立っている。
その点ではこのゾーヤという見習い魔法使いも貴重な存在だ。
「じゃあさ、ゾーヤが使えない攻撃魔法中心で買おうぜ」
「いえ、ここはプロのアドバイスに従って……」
ゾーヤがちらりと主人を見る。
「それは出来ません」
初めて口を開いた主人の声に客二人が同時に固まる。
「高い料金を取るのにアドバイスも無いのかよ」
むっとした少年が睨み上げてくる。
「私共は冒険者に一切の助言をしておりません」
眉一つどころかまつげ1本も動かさずに言う。
「口下手な主人に代わってご説明します」
エーリャが言葉だけは優しそうに、表情は厳しく伝える。
私の肩越し乗り出し、ふたりと顔を近づけた。
「冒険で使う魔法を選ぶのは、命の選択です」
「命の選択?」
「解毒一つ、回復一つ、攻撃一つ。選ぶものを間違えれば、いざという時に命を左右します」
「だからこそアドバイスをと……」
ゾーヤの声をピシャリとエーリャが止める。
「あなた方は命の決定を人に委ねるのですか?」
「そ、そりゃあ」
どもるエドに続ける。
「そもそも私達はあなた方の命について、ひとかけらの責任も負いたくないのです」
ご了承ください、にこりとエーリャが締めた。
なかなか説明が上手くなったものだ。
「私どもに言えることは一つです」
相手は一応客だと、俺は深々と頭を下げる。
「どうかあなた方の生存率がひとつでも上がるよう、選択してください」
俺の頭はしばらく上がることはなかった。
「わかったよ!ならこれとこれとこれな!!」
せっかくの門出にケチを付けられた少年が、目星をつけていた攻撃魔法数種を選び、代金をカウンターに叩きつけた。
「毎度ありがとうございます」
エーリャが小さな引き出しがたくさんついた薬棚から、ひょいひょいと魔具を集めて麻袋に入れる。
エドはそれをひったくって店を出た。
「不快にさせてすまない」
残されたゾーヤに詫びを入れる。
怒らせるつもりなんて無い。
ただ冒険者となったなら全ては自己責任。
それだけだ。
「いえ、おふたりの言われることもわかりますので」
小さく頭を下げたゾーヤが申し訳なさそうに上目遣いをしてきた。
エメラルドグリーンの瞳がキラリと光る。
「その上でお願いがあるのですが……」
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「遅い!」
私が店を出ると、エドが眉を吊り上げて怒ってきた。
「エドがいい加減なのよ」
ムッときて、私は長い髪をゆっくりとかきあげた。
その姿をエドが凝視する。
「……あまり見つめてほしくないんだけど」
「いや、俺がお前を好きなの知ってるだろ」
あっけらかんという少年に思わずこめかみを押さえる。
「俺がこういう男ってのも知ってるだろ」
「いや、知ってるけどもさ」
私の男性に対する知識なんて、本の中程度しかない。
けど、もう少し雰囲気や言葉を選ぶべきだとは思う。
「ばかなこと言ってないで行くわよ。
今日中に森を抜けるために朝早くお店来たんだから」
顔を見られないよう、私はさっさと歩き出す。
なぜ私はこんな男の子を好きになったのだろう。
赤くなった顔のこめかみをもう一度押さえる。
いつエドを気にしだしたか、必死に思い出そうとしたが付き合いが長すぎるので諦めた。
諦めて歩くべき前の道を見る。
空は青く高い。
素敵な旅立ちの日になるだろう。
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