第3話 世界の記憶と真実

​──歴史の表舞台に狂いが生じたのは、五百年前のことである。


 ユーリリア大陸に、黒髪黒目の魔王が降臨した。


 彼は瞬く間に大陸を平定し、数十万の魔軍を率いてガリレア大陸へと侵攻。対する五大国の連合軍との間で、百年にも及ぶ泥沼の戦争が勃発した。


​ 疲弊し、絶望に沈む人々。その「信仰(神力)」を刈り取る絶好の機会と見たのが、天界の智天使オフィリアである。彼女は「女神」を自称して降臨し、聖剣と神聖魔法を授けた。


 勇者と聖女に率いられた連合軍は、圧倒的な力で魔軍を掃討し、ついに魔王を討ち果たす。


​ だが、勝利に酔いしれる彼らの前に現れたのは、世界の均衡を司る「冥王」であった。


 理を外れて増長した勇者と聖女を、冥王はその圧倒的な力で一蹴。聖剣も魔法も通用せず、連合軍は壊滅的な打撃を受けて撤退を余儀なくされた。


​ 帰還した敗残兵たちは、真実を隠蔽した。「魔王は討ったが、さらなる強大な悪である冥王が現れた」と。


 オフィリアが降臨したリレトス王国は「リレトス聖教法国」へと名を改め、彼女を唯一神として崇めた。


 そして、魔王と冥王に共通する特徴――「黒髪黒目」を悪神の象徴と定義し、その特徴を持つ子を「忌み子」として排除する、狂信的な教義を世界に浸透させたのである。


​~~~~~~


​(……あまりに、くだらない)


 赤子の器に宿る女神の転生体は、呆れを通り越して冷ややかな疑念を抱いた。


 位相を越えた侵略者かとも疑ったが、世界の記憶を紐解けば、その正体はすぐに判明した。オフィリアとやらは、この世界の機構の一部にすぎない「智天使」ではないか。


​ 彼女は改めて、無意識が創造した世界の「設計図」を確認した。


 この世界には、調和を保つための多層的な機構(システム)が存在する。


​天界: 世界の理と創造主を守護するアストラル生命体の領域。熾天使を頂点とする階級社会。


​精霊界: 自然界の秩序を安定させる五大精霊王の領域。


​魔界: 世界に漂う負の瘴気を集め、浄化して清気へと還元する「フィルター」の役割とその瘴気の根源を断絶。


​冥界: 魂の穢れを漂白し、輪廻転生を促す「生命の洗濯場」。冥王がその頂点に立つ。


​ 魔王の侵攻も、悪想念に取り憑かれ、瘴気を魂に溜め込む人々の浄化で、本来は世界の循環の一環であった。


 だが、永きに渡る星の管理者の不在に、その座を手に入れるため、冗長した天使達が、己の位階を上げようと画策した争いだった。


 そのうちの一人である智天使オフィリアが、策謀を諮り魔王を扇動し、人類の滅亡を企て、その裏で魂を狩り集めた。


 その一方で、女神と称して人類に過剰な力を与えて干渉し、魂の循環の秩序が崩壊した。


 それを正すために冥王が「調整」に入ったというのが、隠された史実である。


​ 現在、世界の意思によって高次存在の直接干渉には「楔(くさび)」が打たれているため、天界と冥界は現世に直接干渉出来なくなっている。


 そのためオフィリアは、地上に築かせた「聖教会」を利用し、天界との適応者に嘘の神託を下していた。


 黒髪黒目の子を生贄として捧げさせ、その純粋な魂(神気)を上質な供物として吸い上げる……。


 聖教会側も、その非道を知りながら、権威維持のために女神との癒着を選んだのだ。


​(……この手で一度、すべてを浄化(リセット)してしまうのじゃ!)


​ 神としての本能が、不完全な部品の排除を提案する。しかし、彼女はすぐさまその衝動を抑え込んだ。


 このような醜悪な思想に染まっているのは、力に溺れた一部の者にすぎない。


 彼女は、自分を命がけで守ろうとしている「母」の温もりと愛を思い出した。


​(この歪な理をどう書き換えるべきかのぉ……ゆっくりと考えるのじゃ。家族や近しい者に害を及ぼすなら悪即斬で滅ぼすのじゃ!)


​ 女神の転生体は、自身の内に宿る膨大な魔力を静かに研ぎ澄ませた。


 偽りの女神と、腐敗した教会。彼らがその「悪神」の正体に気づいたとき、どのような絶望の顔を見せるのか。それは、未来へのわずかな愉しみとなった。



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