第3話 依り代

​ 闇の女神の核、神格魂しんかくこんの再生が完了した。


 かつて自身を消滅の危機に追い込んだ原因は、未だ霧の中にある。


 だが、この閉ざされた深淵に外敵が侵入することは最早かなうまい。


​ 神力の凝集体である神気外装しんきがいそうを失った今、彼女には本来の姿を維持するほどの力は残されていなかった。


 母なる世界から溢れるエントロピーを僅かずつ補充し、アストラル体を癒すことはできる。


 だが、どれほど時をかけて力を蓄えようとも、この核に刻まれた「孤独」と「焦燥」が癒えることはなかった。


​ 母なる宇宙の知識に触れるたび、彼女は悟る。


 魂が渇望しているのは、満たされた温もりと愛なのだと。


 このまま世界の深淵で柱として鎮座しているだけでは、永遠に独り。


 この孤独から抜け出すには、理の檻を飛び出し、自らが世界の内側へ干渉し、動き出すしかない。


​ 物質界に適合する「魂の外装」を手に入れ、受肉して生を授かる。


 そう決意した女神の魂は、世界の中心で孤独と闘いながら、自らの依り代となるべき光を探し始めた。


​~~~~~~


​ 悠久の時を刻み、彼女は青い星の魂の循環を観察し続けた。


 奇跡の星「テルス」。


 そこには自身の神気を源流とする写し身たちが、多様な営みを謳歌していた。


 母なる世界から流れ込む知識通りの、泥臭くも温かな生活。


 それを垣間見るたび、女神の胸には慈愛が溢れた。


​ そして、ついにその瞬間は訪れた。


 世界に散らばる微細な波長の中に、女神の神格を受け入れうる「魂の器」が生じたのだ。


 それは今にも消え入りそうな、あまりに脆弱で小さな灯火ともしび


 だが、孤独の果てに心を失いかけていた女神にとって、それは何物にも代えがたい救いの光だった。


​ 女神は恋焦がれた存在にまみえるべく、はやる心を抑えて座標を特定する。


 世界の中心から、衛星軌道へと時空間跳躍。


 その存在を隠蔽し、大気圏へと滑り込んだ。


──五つの大陸が一つ「ガリレア大陸」。


 そこへ降り立つ女神の魂は、満天の星の海を泳ぐ流れ星となり、アーク王国の夜空を彩った。


 力を最小限に絞ったはずの神格魂の影響は、天空に淡い白色と緋色のカーテン(オーロラ)となって現れ、荘厳に神秘の夜を演出した。


​──アーク王国上空。


 地上に映し出された街の灯りは、まるで夜空を写し出した星空のように輝いていた。


 女神は人々の営みに心を躍らせながら、アーレス公爵邸の上空へと辿り着く。


​(この小さな命の欠片の素……神気を纏った魂の殻か。未だ中身はうつろなようだな)


​ 世界の記憶によれば、「魂の殻」に受精することで「生命」が生じ、「赤ん坊」という幼生体へと至る。


 幼生体を依り代とし、肉体を神気外装の代わりとして纏えば、元の神体と同等の機能を得られるはずだ。


 揺り籠から墓場まで、人の生涯という「理」はすべてラーニング済みだ。備えあれば憂いなし。


 彼女は母体となる女性を精神世界へ招き静かに語りかけた。


 闇の女神としての本音、孤独。語らいの末、彼女は聖母として女神を受け入れることを承諾した。


​「……感謝します」


​ 闇の女神の神格魂は、公爵邸の窓を透過し、豪奢なベッドで眠る女性へと歩み寄る。


 その体に溶け込むように浸透し、巡る血液の流れに合わせて力を馴染ませていく。


 依り代が女神の力を取り零さぬよう、優しく、慈しむように魂の器を作り替え、世界の記憶と自己を紐付けた。


​ こうして、神話の主役は一人の新たな生命へと姿を変えた。


 誰に知られることもなく、事象の内側へ。


 闇の女神は、新たな物語の幕を上げるべく、この世界へ降臨したのである。



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