第2話 再誕

​ 闇の女神は、その光景をただ静かに傍観していた。


 双生の神として産み落とされたあの日から、二柱で一つの神であると、疑ったことさえなかった。


​──この位相が誕生した始まりのときわらわはただ独り、深い闇の中に漂う意識でしかなかった。


 永い孤独のなか、母なる世界から溢れ出た世界の記憶は、温もりと愛に溢れていた。


 妾は温もりと愛を羨望し、求め、ほっし母なる世界に乞い願った。


 闇から一粒の希望が零れ落ち、妾と同格の輝きを持つ『光』が生まれたのだ。


 以来、私たちは姉妹として、時には母子のように寄り添い、この隣接する光と闇の神界を共に創り上げてきた。


 互いを信じ、慈しみ合い、満たされた……何も疑いもしなかった。


 ……だが、そう願っていたのは、妾だけだった……。)


​ アフロディーテは、去りゆく光の女神を愛おしげに見つめる。


 二神で過ごした幸福な記憶を抱いたまま、彼女を構成する神威かむい深淵しんえんへと溶け、神格魂しんかくこん神気外装しんきがいそうが霧散していく。


 儚い輝きを放ちながら消えゆく間際、その瞳から、後悔と母なる世界への強い想いが一粒の涙として零れ落ちた。


​ 女神が消滅した跡には、煌めく神気の残渣と一粒の涙の結晶だけが漂っていた。


 それを見届けた光の女神は、達成感を愉悦にし、崩壊を始めた闇の神界に巻き込まれるのを恐れ、自身の神界へと急ぎパスを繋ぐ。


 神領界跳躍術式を展開し、逃げるように自身の統べる神界へと帰還していった。


​ 異分子の去った闇の神界は、完全なからとなり、あらゆる干渉を拒絶する。


 主の喪失を嘆くように、あるいは「新たな始まり」を予感し歓喜するかのように、世界は静かに、だが確実に拍動を始めた。


​~~~~~~


​ 神界に落ちた一滴の涙が、水面に広がる波紋のように漆黒の波動を広げていく。


 霧散していた闇の神気は、皮肉にも光の女神が残した光の残渣を絡めとり、神界の隅々へと溶け出していった。


​ ゆっくりと、だが力強く。


 小さな波はやがて大きなうねりとなり、神界の理を揺さぶる。


 一粒の涙は、愛する妹の残香を求めるように光の神力を抱き込み、七色の輝きを放つ「光神力結晶体こうしんりょくけっしょうたい」へと変貌した。


​──その瞬間、神界は一変した。


 結晶体はさらに周囲の闇を吸い寄せ、高密度な漆黒の核へと急激に成長していく。


 無限の広がりを持っていた闇の世界は、一瞬にして深い深淵の中心核へと呑み込まれ、

女神が施した外殻までもが収束した。


──∞《むげん》から0《ゼロ》へ 闇の神界そのものが一点(特異点)に収束された。


 同位相に残されたのは、泡膜に包まれた光の神界と、一点(特異点)の存在のみ。


 闇の神界が収束され虚空に漂う一点の結晶、それを哀れむかのように母なる世界から溢れたエントロピーが流れ込み柔しくそれを包みこんだ。


​ ――その瞬間、一点(特異点)から爆発的なインフレーションが発生した。


​ 圧縮されていた神界の概念が、爆発的な勢いで虚空を侵食していく。


 新たな主を求めるように、女神の神格が拡散し、新たな理を刻みながら世界を再構築していく。


 彼女の意志に従うように、秩序と混沌が混ざり合い、新たな宇宙が産声を上げた。


 それは、彼女が心から切望する、母なる世界のような温もりと愛に溢れた世界を創造するかのように。


​~~~~~~


​ 新たな世界が誕生して、恒久のときが過ぎた。


 光神力結晶体こうしんりょくけっしょうたいを核とした神格は、拡散した神気を再び収束させながら成長し、やがて疑似神格ぎじしんかくとしての脈動を始める。


 さらに永いときを経て、そこに意思が宿り、神格魂へと昇華した。


​ 再誕した闇の女神。


 その核には、かつての純然たる闇に加え、光の権能の残渣から受け継いだ「光の力」が宿っていた。


 さらに、彼女の権能には変化が生じていた。


 深い愛ゆえの「慈愛」と「希望」、新たに生じた「酷薄」と「絶望」


 相反する理を掌中に収めた、新たな神格の誕生であった。


​ 修復される神格魂が、新世界の記憶を読み取っていく。


 そこはかつての神界ではなく、彼女の神格を苗床として生まれた、全く新しい宇宙だった。


 今の彼女に、かつての全知全能たる力はない。


 だが、神気の欠片を生命核として宿した無数の生物たちが、連綿と命を繋いでいる光景がそこにはあった。


​ 女神は、自分が無意識のうちに創り上げた創生からの記録を閲覧した。


 孤独を埋めるように、魂に刻まれた想い「温もりと愛に満ちた世界」が、自身の神気から芽吹いたことに、彼女は深い感嘆を覚える。


​ いつしか彼女の意識は、とりわけ生命の息吹に溢れた、一つの青い星に惹きつけられていった。


 かつての孤独を忘れさせるほどに輝くその星を、女神は恋焦がれるような眼差しで見つめる。


​ 消えない寂しさを、その星の煌めきで紛らわせるかのように。





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