第3話 彼女と晩御飯

「へぇ〜。君って結構料理うまいんだ。見た目と違って」


「なら、もう作らない」


「え!?嘘!冗談だってば!!」


たわいもない会話を繰り広げ、僕はその合間に今日の晩御飯の予定だったパスタの麺を湯掻き続けながら、炒めたひき肉や玉ねぎにトマト缶や調味料を足してミートソースを作り上げていく。


ちょうど、別の日にまた作るようにいつもより多く買っていたことが功を奏して、今日という一種の非常事態にもなんとか対応できた。


(それにしても、居候するってどのぐらいの期間居座る気なんだろう。)


おそらく、それを彼女に聞いても返答をはぐらかされて終わるだけなのは目に見えているし、それを理由に今更出ていけと追い出すわけにも行かない。


それに、この子を外に追いやるにしては大いに勿体無いと本能的に考えて引き留めようとしてしまっている恥ずかしい自分がいることも否めなかった。


「ねえ。ねえ。そういえば、君って名前なんていうの?一緒に住むんだから、ずっと君って言い続けるのもなんか変じゃない?」


(名前?ああ......確かに。それもそっか。)


「僕は石巻太一。別に好きなように呼んでくれて構わないよ」


「太一......へぇ〜太一か!!なるほどね!」


僕の名前を聞くと、途端に彼女は屈託のない笑顔を僕に向け、バシバシといきなり肩を叩き始める。


(そんなに僕の名前を聞けて嬉しかったのか?まあ、悪い気は......全然しないけど。)


「で、次はそっちの番だよ」


彼女は僕の指摘にハッとした表情を見せ、自分も名前を言うということがまるで想定外のような反応をしている。

その表情が少し可愛いと思ってしまう自分が悔しい。


「あ!うんうん。私の名前ね。え〜とね......小鳥遊沙霧.....そう!小鳥遊沙霧っていうの!」


(小鳥遊沙霧か。ちょっと珍しい名前だな。)


「呼び方はなんでもいいよ〜。沙霧でもいいし、あ!なんなら、あだ名で呼んでみる?さっちゃんとかぎりちゃんとか!」


「なら、普通に沙霧で」


「別にあだ名で呼んでくれてもいいのに」


彼女......いや、沙霧は自分が提案したあだ名の案をすぐに一蹴されたことに少し不満を覚え、また、頬を膨らませ、またしても僕の心を揺さぶりに来る。


(流石に出会って数時間であだ名まで行くのは少し違和感あるし、ひとまず下の名前でいいか。うん。そうだよな。それがいい。)


沙霧の仕草一つで毎度気持ちが揺らいでいてはそのうち完全に二人の上下関係がはっきりしてしまいそうな未来が来てしまいそうだが、今はそれに流されなかった自分を自賛しておきたい。


「よぉし。もうそろそろ麺も湯掻き終わるころだな」


「お!もうそろパスタも完成な感じ??」


「もうちょいで出来上がる。沙霧はひとまず先にテーブルの椅子に座ってて。出来上がったやつを僕が持っていくから」


はぁ〜い!っと少し甲高い口調の返事を見せながら、沙霧は座り、食が関わると途端に素直な性格になることがわかる。


これは今後のからかいに対するカウンターとして利用できる!と心の底で僕はほくそ笑みながら、パスタの盛り付けを終わらせ、フォークも棚から取り出し、テーブルの方へと運んでいく。


「わぁ〜!!美味しそうじゃん!ほんとに料理うまいんだね」


「まあ。何年も一人で作ってはきたから、多少はね」


こうして、人に自分の料理を褒められたことはたまに休みを取れる父さんぐらいしかいなかったからか、素直に賞賛に対する嬉しさが心の中に充満する。


「じゃあ、早速食べようか!いただきまーす!!」


テーブルに置いてからまだ1分も経っていないほどの時間で彼女は早速出来立てのパスタに飛びつき、口の中に頬張ると美味し〜い!!っと繰り返しながら、どんどんと麺を放り込んでいく。


(そんなに急いで食べなくてもいいのに。それに勢いよく食べたせいか、口の周りにソースがつきまくってるし)


僕の目線のせいか、沙霧もそのことに気付いた様子であり、僕は近くにあったティッシュを数枚取って彼女の頬のソースをスッと拭き取った。


「ありがと.......わざわざ取ってくれて」


「いや、別に.......」


彼女がソースを拭き取ったことへの感謝の言葉と共に僕に向けられた真剣な眼差しは僕の心にクリーンヒットを与え、それを隠すように必死に取り繕った返事を返す。


(ほんとに......そういう真剣な表情されるとどうしても意識してしまうだろ......)


未だ出会ってまだ数時間しか経っていないにも関わらず彼女が見せる様々な態度や表情はいちいち僕の心臓を狙い撃ちするかのように浴びせられ、いつもの日常では味合わないほどの刺激が僕を落ち着かせてはくれないでいる。


(はぁ......こんな調子でこれから一緒に住んで、僕の体持つのかな.......)


「じゃあ、お礼に私が一太に食べさせてあげようか??あ〜んってやつで」


そんな僕の気も知らずに彼女はまたその何気ない仕草を披露し、僕はそれを振り解きながら、自分の分のパスタを平らげていく。


(ほんとに、一体これからどうなっていってしまうんだろう.......。)

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夢の中に出てきた謎の美少女がいつのまにか僕との日常でラブコメを始めていました 秋山壮一郎 @id14680247

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