五島春華は高校生活を悲観する③


 ど、どういうこと?

 最新の手品?

 にしては、タネも仕掛けも見えなかったけど。

 呆然とする私の前で秋宮さんは先ほどまでゴキブリだったスマートウォッチを手首に巻き、ゆっくり近づいてくる。

 

「見たわね?」


「えっ!?

 いや……えーっと、まぁ、うん。

 見ちゃったけど」


「信じられない!

 後ろから忍び寄って下着を覗くとか変態ね!」


「そっちじゃないよ!!

 ゴキブリの方だよ!!」


 思わず素でツッコミを入れてしまった。

 今のって秋宮さんなりのボケ?

 もしかして私と同じくらい漫才好きだったりする?

 いや、そんなわけないか。

 私がブンブン首を振っていると秋宮さんは腕を組み、値踏みするように私を見下ろしてきた。


「ふ〜ん、まぁいいわ。

 確か……古島こじまさんだっけ?」


「違うよ、五島だよ」


「あっそ、五島でも古島でも一緒でしょ。

 ほとんど同じ苗字じゃない」


「いや全然似てないよ……

 五島列島と宮古島くらい違うって」


「は? なにそれ意味分かんないんだけど」


 心底どうでもいいという顔で眉をひそめる秋宮さん。

 渾身のボケを無視されて恥ずかしくなり慌てて話題を変える。


「そ、それよりさっきのあれはなんだったの?

 ゴキブリからスマートウォッチに変わったやつ」


「魔法よ」


「…………へ? 魔法?」


 予想の斜め上すぎる返答に思わずマヌケな声が出てしまった。


「そうよ魔法。

 私、こことは違う世界から来てる異世界人なの」


 何言ってんのこの子?

 秋宮さんってこんな電波ちゃんだったの?


「……えーっと、火星人だったっけ?」


「違う! 異世界人!」


「あぁ〜うん、異世界人か。

 なんでまた異世界人が日本の高校に入学してるの?」


「私が聞きたいくらいよ!

 中等部での素行が悪いからってこんな退屈な学園に入学させられて。

 あなたは日本の高校で性格を矯正してきなさいですって!

 私の性格のどこに問題があるってのよ!?

 あ゙あ゙ぁ〜思い返しただけでもムカついてくる!!」


 イライラを抑えるよう秋宮さんが両手で頭を掻きむしる。


「お、落ち着いて!

 でもまぁ……そのキレ方を見る限り、それなりに問題がある気もするけど」


「はぁ!?

 ぼっちで陰キャのあなたに言われたくないわ!」


「そんな辛辣なこと私に言われても。

 っていうか、秋宮さんもぼっちじゃん!」


「ちょっと!

 あなたと一緒にしないで貰える?

 私には元の世界に知人がたくさんいるの。

 こう見えても私、公爵家の娘だから」


 フンッと鼻を鳴らす自称公爵令嬢。

 出たよ厨二設定。

 そもそも、そんな饒舌に話すキャラじゃなかったじゃん。

 私が困惑していると彼女は近くの椅子に腰掛け、おもむろに足を組んだ。

 行儀悪いな公爵令嬢。


「あなた青春値いくつ?」


「……な、なに急に」


「いいから教えなさいよ」


「……32だけど」


 渋々答えると秋宮さんがニヤリとほくそ笑む。


「ふふっ、笑っちゃうような数値ね」


「余計なお世話だよ!

 そういう秋宮さんこそどうなの!?」


「もちろんあなたより上よ。

 私は33もあるわ」


「33か……って、ちょっと!!

 私と1しか変わんないじゃん!!

 なにが『33もあるわ』だよ」


「違うでしょ。

 あなたは学年最下位で私はそのひとつ上。

 私には下がいるけどあなたにはいない。

 つまり、この1には数字で表せないほどの圧倒的な差があるわけ。

 どお? 分かった?

 学年ビリさん」


 勝ち誇った顔で謎理論を展開する秋宮さん。

 ダメだこの人。

 マウントの取り方が低レベルすぎる。

 ここで言い返しても、どんぐりの背比べになっちゃうから黙っておこう。

 私の沈黙を敗北と受け取ったのか秋宮さんは満足そうに言葉を続けた。


「正直、青春値なんてどーでもいいけど問題は留年よ! 留年!」


「なんだ……留年のことも知ってたんだ」


「この前、中川先生から聞いたわ。

 なんで卒業するために他人と交流が必要になるわけ?

 まるでひとりで過ごすのが悪いみたいじゃない」


 秋宮さんは大げさに肩をすくめてみせた。


「だよね。

 どうせ卒業したら連絡も途絶えて疎遠になるのに。

 まぁでも社会が見せかけの青春を望むなら私たちも従うしかないんじゃない?」


「ほんと哀れな社会ね。

 こんな腕時計まで準備して。

 どこの宮廷魔導師が関与してるのか分からないけど複雑な術式が施されてるわ。

 どういう原理で算出してるんだか」


 秋宮さんが忌々しそうに手首のスマートウォッチを睨みつける。

 また出たよ魔法設定。

 でも、演技にしてはやけに自然すぎる。

 さっきのゴキブリの件もあるし、もし本当に彼女が異世界人で魔法使いだとしたら?

 絶対にありえないけど一応、もう一回聞いてみるか。


「……ねぇ、魔法って嘘じゃなかったの?」


「なによ? 信じてなかったの?」


 秋宮さんが心底意外そうに目を丸くする。


「いやだって、いきなり魔法とか言われても。

 さすがに信じられないよ」


「ふ〜ん、別に無理して信じなくてもいいのに」


「いや、そういう意味じゃなくて。

 できればもう一回見せて欲しいなって」


「は? どんだけ下着見たいのあなた?

 流石に引くわよ」


「そっちじゃないよ!!

 魔法の方だよ魔法!!

 そもそも最初のも見てないって!!」


「冗談よ、冗談!」


 私の狼狽ぶりを見て、秋宮さんがクスクス笑う。

 性格悪っ!

 絶対友達いなかったタイプだ。


「見せてもいいけど条件があるわ」


「……条件? なに条件って」


「私の青春値を上げるために色々協力して欲しいの。

 ベルセゾン公爵家の娘として留年なんて生き恥、絶対に晒せないもの。

 だけど私ひとりじゃ、青春の基準が理解不能で手詰まり。

 だからあなたにも手伝って貰いたいわけ」


 上から目線だが秋宮さんの目は真剣だった。

 それに私にとっても悪い話じゃない。

 ひとりで地獄の留年ロードを歩むより仲間がいた方が心強いのも確か。

 たとえそれが性格に難ありの自称異世界人だとしても。


「まぁいいけど。

 私も助かるし」


「決まりね!

 じゃあ早速、留年回避に向けて作戦会議よ!

 お互いに案を考えて明日の放課後にまた集合しましょ!」


 勢いよく立ち上がった秋宮さんが荒れ果てた教室の中央に向けてパッと手をかざした。

 

整列オーダー


 彼女が短く唱えたその瞬間。

 無秩序に転がっていた机や椅子がまるで意志を持ったように一斉に動き出した。

 床を滑り、宙を舞い、瞬く間に元の整然とした教室の姿に戻っていく。

 突然の出来事に開いた口が塞がらない。


「うっそ…………」


「どお? 信じる気になった?」


「う、うん。

 だけど私の前で魔法なんて使って良かったの?

 世に知れたら大ニュースになるよこれ!」


「別に問題ないわよ。

 あなたが他の人に言ったところで誰も信じないでしょ」


「……確かに」


 私なんかが『ぼっちの秋宮さんが魔法使いでした!』なんて叫んだところで妄想癖を拗らせた厨二病患者だと思われるだけか。

 自分で言ってて悲しくなる人徳のなさだよね。

 私の人生って……


「ぼっち同士で協力しないと留年とか哀れな高校生活だね」


「勘違いしないで。

 別にあなたが孤立してて都合がいいから誘ったわけじゃないわ。

 ただの捻くれ者なら無視してるもの」


「……ど、どういう意味?」

 

 褒められてるのか貶されてるのか分からない。

 私が首を傾げていると秋宮さんは少しバツが悪そうに視線を逸らした。


「お昼の騒動のことよ!

 少なくとも他の見て見ぬ振りをしてた連中よりまともってこと!

 だから魔法でフォローしてあげたんじゃない。

 あなたが動かなかったら私があの女を諌めてたわ」


 早口で捲し立て、ふいっと顔を背ける秋宮さん。

 赤い、耳まで真っ赤だ。

 なにこの子。

 根はすごくいい人ってこと?

 これがツンデレってやつなの?


「……ちょっと、聞いてる?」


「あ、ごめん。

 聞いてる聞いてる」


「しっかりしなさいよ。

 明日から青春値対策で忙しくなるんだから。

 それじゃあ……ごきげんよう」


 それだけ言い残すと秋宮さんはスカートを翻して教室を去っていった。

 あとに残されたのは綺麗に整列された机と私ひとり。

 これからどうしようか。

 いや、やることは決まってる。

 留年なんてマヌケな結末にならないよう私も本気で足掻かないと。

 魔法使いの公爵令嬢と青春偏差値32の私。

 前途多難すぎる組み合わせに不安を覚えつつも少しだけ軽くなった足取りで帰路につくのだった。


 

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青春値足りてますか? 柳カエデ @yanagi-kaede

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