五島春華は高校生活を悲観する②
放課後。
私は重い足取りで職員室へと向かった。
なんで私だけ居残りなんだか。
家に帰っても特にすることなんてないけどさぁ。
ガラガラと引き戸を開けて職員室に入ると足を組んで座っている中川先生の姿が見えた。
私に気付くなり、パッと顔を輝かせて大きく手を振ってくる。
足取り重く先生の元に向かうと短めの黒髪を耳に掛けながら隣の席に座るよう促された。
いや、誰の席ですかここ。
この席の先生困っちゃうでしょ。
「それで? 何があったの?」
「何って……クラスの平穏を脅やかすゴキブリを追い払ってたんですよ。
まったく。
みんなゴキブリくらいで大袈裟ですよね」
「まったまた〜!
ゴキブリなんかで騒ぐタイプじゃないでしょ君の場合。
なにか理由があって目立つ行動をとったはず!
どおどお?
当たってたりする?」
エ、エスパーなのこの人!?
読心術でも心得てるわけ?
「いや、まぁ、えーっと……
半分当たってるというか間違ってるというか。
ちょっとクラスで一悶着?
じゃなくて、ボヤ騒ぎがあっただけです」
「ボヤ騒ぎ? なんでまた?
何が原因なの?」
怪訝な表情で腕を組む中川先生。
思い当たる節でも探すよう考え込む素振りを見せる。
「SNSとかクラスカーストとか……
何よりも青春値なんてものを生み出した社会が原因かと」
「う〜ん、意味分かんないよ。
まぁいいや、詮索するのもよくないし。
でも意外。
君は火消しに回るような生徒じゃないと思ってたよ」
「失礼な!
影の薄い私でも火消しくらいしますよ。
平和を重んじる私と消火器ってある意味似てますからね。
普段は存在感なくても鎮火の時だけ役立つみたいな?」
「なるほど……って誰が上手いこといえって言った」
苦笑いされながら中川先生に頭をチョップされる。
なにこれ、ちょっと楽しい。
久しぶりに家族以外でこんなに喋った気がする。
「でも、青春値のことも少しは考えないとね。
君の場合は留年する可能性もあるから」
「……へ? 留年?」
「あれ? 知らなかったの?
この学校の規則だと学年末時点で青春値40に満たない生徒は留年になっちゃうんだよ?」
驚いた顔で中川先生が意味不明なことを言い始める。
なにそれ?
そんな話、聞いたことないんですけど!?
「……はは、冗談きついですよ先生。
青春値なんかで留年とか笑えないです」
「冗談じゃないってば!
君といい秋宮さんといい青春値を甘く考えすぎだよ」
「そ、そんな……
学力偏差値ならまだしも青春値ですよ!?
そんなのが罷り通ったら根暗民はみんな留年確定じゃないですか!
何かこう抜け道とかありますよね?
先生のコネでなんとかするみたいな」
すがりつく私に中川先生は困った顔でムリムリと手を振った。
「新任の私にそんな力ないって。
他者との交流を増やすとか地道に努力するしかないね。
青春値40くらいなら君でも簡単に突破できるよ。
……たぶん」
今たぶんって付け足しましたよね?
中川先生から見ても難しいってこと?
血の滲む受験勉強の末になんとか入学できた第一志望の高校だったのに。
こんなことで最終学歴中卒になるなんてマヌケにも程があるでしょ。
絶望する私の顔を見て中川先生も慌ててフォローする。
「そんな悲観しなくても大丈夫だよ。
学年末までまだたっぷり時間があるんだから」
「一生かかっても無理な気がしますけど」
「極端なマイナス思考は良くないぞ〜
人間万事塞翁が馬ってことわざもあるくらいだし。
君に相応しい青春への第一歩として……手始めに秋宮さんに喋りかけてみたら?
孤高を好む者同士、案外通ずる点も多いかもよ。
どお? 妙案じゃない?」
目をキラキラさせながらノーベル賞もののアイデアだと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「……いやいやいや、秋宮さんに話し掛けられる度胸なんて私にあると思います?
妙案じゃなくて愚策の間違いですよ」
「そーお?
だって君の場合、普通の同級生を相手にしても仲良くなれないじゃない。
君に残された選択肢は2つあるかな。
ひとつは既存のコミュニティに今から無理矢理押し入って青春値を上げる方法。
もうひとつは同じ穴のムジナの秋宮さんと結託して青春値を上げる方法。
どっちがいい?
卒業諦めて転校っていう奥の手もあるけどね」
軽快に笑いながら中川先生が私の肩をぽんぽん叩く。
いやいや、笑いごとじゃないって!
まぁでも確かに出来上がったグループに後から入るのはハードルが高い。
奥手の私にはぜったい無理。
転校は論外となると結局残り者同士でなんとかするしかないのか……
「確かに秋宮さんと結託するのが一番現実的に思えてきました」
「そうでしょ?
敵の敵は味方って考えれば秋宮さんも協力してくれるよきっと」
もはや青春値が敵扱いになってるし。
いったい何のための指標なんだか。
「試しに今度話し掛けてみます。
無視されるのがオチだと思いますけど。
もしかして中川先生、この状況を利用して私に秋宮さんの扱い押し付けてません?」
「あれ? 分かっちゃった?
だってクラスからふたりも留年出したら私の査定に響くじゃない。
私のボーナスと命運もついでに君に託すわ」
「……えぇ〜、ただの職務放棄じゃないですか」
「はい、話はここまで!
あんまり長引くと偉い人に怒られちゃうから。
さぁ今すぐ職員室から出てった出てった」
椅子から立ち上がった中川先生が早く帰れと言わんばかりに私を職員室から追い出そうとする。
自分から呼んでおいて、この扱い。
ほんと自由な人だなぁ。
職員室から閉め出された私は帰り支度をするためトボトボ教室に向かう。
気が付けば日も暮れかけ、沈みかけの夕日が誰もいない廊下を淡い光で照らしている。
今日はとことんついてない日だったな。
ため息交じりに教室の引き戸に手をかけた、その時。
「やっと追い詰めたわ!
大人しく捕まりなさい!」
ん? 誰かいる?
聞き馴染みのない張りのある声だった。
どうしよう。
ぜったい珍妙なものでも見るような目を向けられて居心地悪くなるよね。
深いため息をつき、意を決して引き戸を開く。
「……へ?」
目に飛び込んできたのはまるで大地震でも起きたように机や椅子が散乱した教室。
な、なにこれ!?
ここでプロレスでも開催されたわけ?
呆然とする私の視界の隅で机の下に潜り込み、モゾモゾと動く人影があった。
こちらに向けてスカートのお尻をふりふりと揺らしている。
「捕まえた!
なんて俊敏な生き物なの……!」
何かを捕まえた人物が机の下から這い出てくる。
夕日を浴びて煌めく金糸の髪。
この世のものとは思えないほど整った人形のような顔立ち。
そう、先ほど中川先生との話題に上がっていた秋宮さんだった。
彼女は乱れた髪を気にもせず勝ち誇ったように右手を突き出していた。
その白く華奢な指が掴んでいたモノに目が奪われる。
黒光りするボディに不快な二本の触覚。
……ゴ、ゴキブリ?
いやいやいや! どういうこと!?
しかも素手で!!
ていうか、なんでそんな嬉しそうなの!?
私の脳内処理が追いつかず硬直していると秋宮さんの手の中で信じられない現象が起きた。
彼女が握りしめていたゴキブリが電子ノイズのような音と共に『ボンッ』と弾けたのだ。
次の瞬間。
彼女の手には無機質な銀色のスマートウォッチが握られていた。
「…………は?」
幻覚?
いや、今確かにゴキブリが時計になったよね?
私が口をパクパクさせていると視線に気づいた秋宮さんが顔を上げる。
彼女はバツが悪そうに舌打ちすると不機嫌そうに私を睨みつけるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます