青春値足りてますか?
柳カエデ
五島春華は高校生活を悲観する①
『
青春偏差値32
学年順位280/280位』
新入生向けに配布された学年順位用紙を確認した私はため息を吐くと同時にぐしゃりと握り潰した。
280位って学年最下位じゃん。
春のそよ風が私を慰めるよう教室に流れ込む。
青春偏差値のせいで現国の授業も頭に入ってこない。
――青春偏差値
青春値とも呼ばれるこの指標は学生の充実度を数値化して表したものだ。
学校から配布されるスマートウォッチを身に付ければ、リアルタイムに更新される青春値をいつでも確認できる。
今では従来の学力偏差値よりも遥かに重視され、大学の推薦や就職活動にまで影響するほど。
なんでも学生の社交性低下に悩まされた文部科学省が満を持して導入した施策なんだとか。
将来的には若者のコミュ力改善や少子化問題の解決に繋がるらしい。
政府のお偉いさんたちが考案したこの素晴らしい施策に私も一言申し入れたい。
まぁっったく、意味が分かんないって!!
学生時代にキャッキャウフフな青春を謳歌したくらいで深刻な社会問題が解決されるわけないでしょ!
そもそも、ここ女子校なんだから青春もクソもないじゃない!
そんな施策導入するなら男女共学の高校だけに限定しろっつーの!!
「五島さ〜ん?
ちゃんと授業聞いてるのかな?」
「えっ!?
いや……も、もちろん聞いてますよ!
それはもうバッチリ!!」
教壇から飛んできた中川先生の声に慌てて聞いてますアピールをする。
し、心臓止まるかと思った。
ってか、ここって窓際の一番後ろの席だよね?
教壇の位置から青春値に文句言ってる私に気付けるふつう?
猛禽類なのあの人?
担任の中川千尋先生は私の動揺を楽しむようウィンクを飛ばすと何事もなかったように授業を再開した。
そんな先生を尻目に目の前に座る同級生をぼんやり眺める。
――
少し、いや、かなり変わった性格の女の子だ。
入学式後の自己紹介では趣味は無いと言い放ち、誰が話しかけても無視は当たり前。
コミュ力お化けの中川先生でも手を焼く問題児。
それでいて、存在感を放つ金髪とモデルのように整った顔立ちをしているためクラス内でもやたら目立っている。
退屈そうな顔で窓の外を眺めていることが多く、その風貌からは一人ぼっちというよりお一人様という表現の方が近い。
正直、教室内に孤立した同級生がもうひとりいて私は安堵していた。
やはりクラスで浮いている学生が私だけでないのは心強い。
秋宮さんからすれば同類扱いされて迷惑な話だろうけど。
しばらく物思いに耽っていると不意に終鈴のチャイムが鳴り響いた。
「おっ?
みんなお待ちかねの昼食タイムだね。
お腹すいた〜」
時計を見ながら嬉しそうに教室を出ていく中川先生。
途端に周囲の学生たちもお弁当を持ち寄って小集団を形成しはじめる。
なにこれ、人間ぷよ◯よなの?
なんでこう似た者同士で自然とコミュニティ形成できるんだろう。
同じ高校生のはずなのに不思議でしょうがない。
私もどこかの色に入れて欲しいんだけどな。
ふと前を見ると秋宮さんは当たり前のようにひとりでお弁当を広げていた。
窓からの春風になびく金糸のような髪。
知らない人が見たら外国のお嬢様と勘違いしてしまいそうだ。
ここまで堂々としてると逆に清々しいよね。
一匹狼みたい。
私もカバンから弁当箱を取り出し、窓の外を眺めながら食べ始める。
その時だった。
「帆夏、何でライン返信してくれなかったの?」
隣のグループから低く尖った声が聞こえてきた。
横目で様子を窺うと、大人しそうな黒髪の子が派手な茶髪ギャルに詰め寄られている。
「ちょっと昨日は寝落ちしちゃってて……」
「この前も同じこと言ってなかった?
朝返せばいいじゃない」
「朝もバタバタしてて……」
「ふ〜ん、あっそ」
空気が重い。
SNSの返信ひとつで断罪されるギスギス感。
カースト上位の女子グループに属するってのも色々と大変そう。
相手の顔色伺いながら毎日過ごすなんて想像しただけで息苦しくなる。
原因はSNSだっけ?
前から思ってたけどSNSって磁石みたいな字面してるよね。
S極とN極でお互いの人間関係を束縛し合ってるようにみえる。
私の場合、ネガティブ思考すぎて反発するから仲間に入れてあげないぞ☆って?
やかましいわ!
誰が両極N極人間じゃい!
「朝も忙しくてスマホ触る時間無くて……」
「ふ〜ん、そうなんだ。
まぁいいけど」
「ごめん麗奈ちゃん……」
「別に謝らなくてもいいのに。
こっちが悪いみたいじゃない」
「え、え〜っと……怒ってるかと思って……」
「別に怒ってないわよ。
モジモジした態度に苛ついてるだけ」
「ごめん……」
「だからなんで謝るわけ?」
「…………」
「黙ってたら分かんないでしょ!
言いたいことあるなら言えば!?」
茶髪ギャルのヒステリックな声がボリュームを増し、教室中の視線が集まり始める。
黒髪ちゃんの目にも涙が浮かび、今にも決壊しそうな雰囲気だ。
うわぁ……どうしよう。
なにこの社会の縮図を表したような横暴なやりとり。
見てて胃が痛くなる。
誰か止めてあげなよと周囲を見渡すも、みんな関わりたくないのか見て見ぬふり。
下手に首を突っ込んで自分の青春値が下がるのを気にしてるんだろうか。
私みたいな青春値底辺には関係のない話だけど。
巻き込まれないように急いで弁当をかき込んでいると、涙目になってる黒髪ちゃんと不意に目が合ってしまった。
そんなハムスターみたいな目を向けないでよ。
助けを求める相手間違えてるって。
だけど……どうする?
助けるにしても『その辺にしとけよ!』的なかっこいい介入なんて私には無理。
威圧してる茶髪ギャルなんて、どう考えても話の通じる相手に見えないし。
下手な横槍を入れるんじゃなくて、この場を掻き乱す騒動の方が有効なはず。
それもごく自然な流れで且つ、この集団を混乱させられる騒動となると……
これくらいしか思い浮かばないか。
「え……うそ!
ちょっと待って!!
机にゴキブリいるんだけどぉぉぉ!!!!」
咄嗟に素っ頓狂な声を上げ、大袈裟に椅子を後ろに押し倒し、机の上を払い除ける振りをする。
その瞬間、周囲の時が止まるのを感じた。
「はあ!?
ちょっとあんた!!
何こっちに追い払ってんのよ!!」
ありえないでしょと言わんばかりに飛び退く茶髪ギャル。
いや、私だってこんな茶番したくないっての!
全部あんたのせいだからね!
他の女子たちも居場所の分からないゴキブリに怯え、キョロキョロと辺りを見回している。
そんな中、秋宮さんだけは珍獣でも見るような目を私に向けていた。
そんなジト目でみつめないでよ。
居た堪れなくなるって。
だけど問題はここからだ。
見切り発車で動いたまではいいけど、どうやってこの場を穏便におさめようか。
こんな嘘すぐにバレるに決まってるし。
茶髪ギャルも状況のおかしさに気付いたのか眉をひそめて私に詰め寄ってくる。
「どこにいんのよゴキブリなんて!?」
「あ、あれぇ?
おっかしいなぁ……
さっきまでここにいたはずなんだけど」
適当に辺りを探す振りをするも冷や汗が止まらない。
ど、どうしよう?
嘘です、てへぺろ☆で済むような空気じゃないし。
窓から外に逃げてったで押し通す?
はたまた腹痛を装ってトイレに逃げ込むべきか。
その時だった。
私の机の上に得体のしれない何かが動いていることに気付く。
黒光りする流線型のボディに2本の触覚。
……は?
いやいやいや、ありえないって!
なんで本物が湧いてくんの!?
しかも親玉クラスの特大サイズが!!
私の思考がフリーズする中、ゴキブリはあざ笑うように羽を広げて飛翔した。
「キ、キャァァァァァァァーーーー!!」
そこから先は地獄絵図だった。
私の演技なんか目じゃない本物の悲鳴。
逃げ惑う茶髪ギャルと面白がって集まる野次馬たち。
ちょっとした騒動を狙ったはずが、いつの間にか大事になっている。
どうすんのこれ?
収拾つかなくなってるよ!
隣でへたり込む茶髪ギャルとは対照的になぜか口元を押さえて肩を震わせている秋宮さん。
元凶のゴキブリはいつの間にか姿を消し、残されたのは私が何かやらかした空気だけだった。
すると――
「みんなどうしたの!?」
声の主を探すと中川先生が困惑した表情で教室の入り口に立っていた。
「ゴキブリが出たみたいで……」
「ゴキブリ? どこに?」
「五木島さんが突然騒ぎ出して……」
ひとりの女子生徒が私の方を指差してくる。
ちょっと! 私の苗字は五島だって!
ゴキブリと混ざって五木島になってるから!
心の中でツッコミを入れるも、中川先生の目がまっすぐ私を捉えニコっと笑うのだった。
……え、なにその笑顔。
目が笑ってないんですけど。
「五島さん!
放課後に職員室で何があったか教えてね」
なんで私だけ!?
意味が分からないという私のアピールを気にも留めず、中川先生がみんなに席に戻るよう指示を出す。
ゴキブリが……と心配する子にもゴキブリほいほい持って来るからと笑って一蹴していた。
これが本物のコミュ力ってやつなの?
手際良すぎるよ中川先生。
みんなが席に戻ると再び教室に平穏が訪れる。
茶髪ギャルもSNSのことは頭から吹き飛んだのか呆然とした顔で箸を動かしていた。
どことなく黒髪ちゃんもほっとしているように見える。
……まぁ、いいか。
クラスの平穏と引き換えに私の放課後が犠牲になっただけなら。
誰かアカデミー主演女優賞並の私の演技を褒めてよ。
嘆息しながら私もお弁当の残りを胃の中に流し込むのだった。
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