第2話 承

「確認いたします。カルボナーラとミートスパ、食後にクリームソーダとホットコーヒーですね」

 アルバイトは楽勝だった。最初こそ覚えることが多くて大変だったけど、客足が少ないこともあって、ひと月も経つ頃には困らなくなっていた。高校生は覚えるのも早くて羨ましいと褒められた。嬉しい。

「韋駄天サンドイッチください」

 例の食い逃げメニューを頼むのは日に2人くらいだった。注文を通し、料理が届く間に店舗オリジナルのリストバンドを渡して説明をする。

 「韋駄天メニューのご注文ありがとうございます。まず、こちらのリストバンドをお付けください。こちらのリストバンドをつけていない場合、万が一食い逃げなどがあった場合はしかるべき対応をいたしますのでご注意ください」

 リストバンドを机に置く。韋駄天メニューを頼むお客様は主に運動のできそうな20台前半か冴えない40代くらいの2パターンに分けられる。お客様は大学生だろうか。これはチャレンジャーだろうな。

「どのタイミングで退店いただいても構いません。この階のエレベーターのボタンを押した瞬間、お客様は逃げ切ったものと扱います。距離はだいたい店舗入り口から約400m先です。逆にタッチをされたら捕まったものと扱います。逃げ切れた場合はリストバンドの写真をハッシュタグと合わせてSNSに投稿していただきましたら、サービス券をプレゼントいたします。店舗入り口からエレベーターまでのインテリアについては全てクッション製となっておりますので投げる・散らかす等好きに使っていただいて構いません。禁止事項は他のお客様に迷惑をかける行為、店舗内及びご自身で持ち込んだ物の使用、直接的な暴力行為、撮影行為となります」

 説明が終わるころ、韋駄天サンドイッチが到着する。

 「ごゆっくりどうぞ」

 そう言って他のテーブルの水を入れたり、空いた皿を下げたり接客に戻る。心なしか他のお客様も緊張している気がする。カップルのお客様に水を注いでいると後ろから聞き慣れた声で「食い逃げよ!」と聞こえる。水の入ったピッチャーを乱暴に机に置いて追いかける。後ろから「行けー!」「逃げろ!!」「刺せ!!」などとガラの悪いヤジが飛ぶ。前ふたつはともかく刺せってなんだ。物騒な。

 食い逃げ犯は植木鉢(クッション製)を投げたり椅子(クッション製)を倒して俺に追い付かれまいとする。食い逃げ犯の行動は初心者のそれだった。後方に向けて投げる行為は相当ロスが発生する。選択肢を提示して、択があるように見せかけて逃げ切りを狙うならインテリアを崩して追手の邪魔をする一手となる。追手についても気にせず走る、左右に避ける、飛び越えるの3択があるが、スピードを落とさずに追いかける、となると飛び越える一手だ。左右に避けたり受けたりするのはかなり余裕があるときにしかやらない。倒れた椅子を飛び越える時に嫌な記憶がフラッシュバックしかける。大丈夫。これはハードルじゃない。跳べる。自分に強く言い聞かせる。

 角を曲がり最後の直線で食い逃げ犯にタッチした。

 

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