神様は一旦休業です。先輩に言われて人気ラノベ作家を目指します。
那由多
神様は一旦休業です。先輩に言われて人気ラノベ作家を目指します。
神様は一旦休業です。
神々しい宣言のはずが、実態はただの現状報告である。
私が休業などという言葉を使う日が来るとは、神話のどこにも書かれていない。
だが神話は、いつも現実に負ける。
大神殿の正面扉には、金箔でこう刻まれていた。
人生手続き総合窓口(旧:大神殿)
旧、とは何だ。旧とは。
扉の横には、さらに現代的な掲示が並ぶ。
・婚礼プラン各種(魔族ゲスト対応可)
・葬儀パック(ご遺体搬送は別料金)
・出生届は窓口2へ
・祈りは任意です
・静謐閲覧室 本日開放(試験運用)
最後の一行で、私はいったん視線を逸らした。
神殿が閲覧室になる世界。私の担当していたのは天と雷と誓いと罰であって、読書灯ではない。
扉を押し開けると、香の匂いではなく紙の匂いがした。
いや、紙に加えて、インクと朱肉と、ほんの少しの消毒液の匂いまで混ざっている。
礼拝堂の高い天井はそのままに、床はパーテーションで区切られ、
長椅子の代わりに番号札の発券機が鎮座している。
発券機には神像が彫られていた。私の顔だ。
私の顔で番号札を配るな。せめて無地にしろ。神の尊厳が紙詰まりと同列に扱われる。
「いらっしゃいませ。本日のご用件をお伺いします」
受付の神官は、聖職者というより窓口係だった。柔らかな声、きちんと整えられた制服、胸には名札。
神官見習い 兼 住民登録担当:マリア
彼女は礼拝よりも手続きに慣れた目をしている。目が曇っているわけではない。むしろ澄んでいる。ただ、その澄み方が、私を見上げる祈りの澄み方ではなく、申請書を確認する澄み方なのだ。
私は咳払いを一つしてから言った。
「……祈りが欲しい」
言い方が古いと分かっている。それでも、他にどう言えばいい。私の燃料は祈りなのだから。
マリアは一瞬も狼狽せず、にこやかに返した。
「祈りは任意です。提出は不要です。こちらにご記入ください」
差し出された紙にはこうある。
祈願申請書(任意)
祈りを、申請する時代。しかも任意。
私が沈黙していると、マリアは親切に補足した。
「祈りがなくても式はできますので、ご安心ください。もし祈祷をご希望の場合は、オプションになります」
オプション。
神に対してオプション。
私は、ほんの少しだけ口角が引きつるのを感じた。笑ったわけではない。笑えるなら、まだ余裕がある。これは、余裕のない者が見せる歪みだ。
「……番号札を」
私が言うと、マリアは手慣れた動作で発券機を指し示した。
「こちらで番号をお取りください。本日は混み合っておりますので」
混み合っている。
何が混み合うのだ。祈りか。悩みか。救いか。
私は発券機に触れた。機械は無感情に紙を吐き出す。
B-12
神である私がB。どういう分類だ。
待合スペースには、私の知らない形の人生が並んでいた。結婚届を書き直す若い二人、葬儀の見積もりを見て眉間に皺を寄せる中年、出生届の漢字で揉めている夫婦。そこに混ざって、魔族の青年が「交流許可申請」の書類を抱えている。平和だ。平和すぎる。
誰も私を見上げない。見上げたとしても、視線はすぐに外れる。敬意はある。だが、必要としていない。
私は座った。神が待合で座る。これもまた神話にない。
ふと、天井を見上げる。ステンドグラスには、かつて私が雷を落とす場面が描かれている。剣を掲げる勇者、膝をつく民、祈りの光。あの頃は、祈りが熱だった。匂いだった。音だった。
思い出は、刺さる。優しくない。
「B-12番の方、窓口3へどうぞ」
呼ばれた。窓口3へ。神に呼び出し。
私は立ち上がり、窓口へ向かった。パーテーションの隙間から見える机上のプレートが現実を刻む。
総合窓口課 課長:グレゴール
課長。
かつて大司教だった男が、課長になっている。
グレゴールは立ち上がり、深く頭を下げた。儀礼として完璧だ。そのまま顔を上げ、仕事用の声になる。
「大神よ。本日はどのようなご用件で」
私は彼の顔をじっと見た。歳を取った。いや、人間は歳を取るのが当たり前だ。問題はそこではない。
彼の目が、祈っていない。
かつてこの男は、私の姿を見て泣いていた。泣いて、声にならない声で祈り、床が濡れるほど涙を落としていた。
あの日のことを、私は忘れていない。
魔王軍の先鋒が街へ迫り、誰もが逃げ場を失っていた夜。神官見習いだった彼は、震える手で祭壇の布を握り、喉を裂くように祈った。
「お願いします、大神……私の命など要りません。どうか、子どもたちだけは……!」
そして私は、ほんの一度だけ姿を現した。天井が割れるほどの雷鳴を落とし、魔物の群れを引き裂き、夜を白く塗り替えた。
その時の彼の顔。恐怖と畏怖と安堵が混ざり、涙で崩れていた。
「本当に……本当に、いらっしゃった……!」
彼は泣きながら笑っていた。祈りが報われた者の顔だった。
今、その男は課長である。
私は、静かに言った。
「グレゴール。お前は昔、私の姿を見て泣いていた」
課長の指先が一瞬だけ止まった。ほんの一瞬だ。だが、私には分かる。祈りの時代の名残が、そこにある。
「……はい」
彼は目を伏せ、次に顔を上げた。
「大神。あの頃は、世界が燃えておりました。祈りは、息をするのと同じでした」
「今は違うと?」
課長は淡々と頷いた。
「今は、世界が生きております。祈らなくても、生きられます」
それは正しい。正しすぎて、私を殺す。
私は窓口の椅子に腰を下ろした。課長は机の引き出しから分厚いファイルを取り出す。表紙の文字が、こちらの心を殴る。
信仰KPI 月次報告書
KPI。神にKPI。
課長はページをめくる。棒グラフ、折れ線、前年差、前年比。さらに細かい区分まである。
参拝者数(年代別)
祈願申請件数(任意提出)
儀式稼働率(婚礼・葬儀)
「神は必要か」意識調査(匿名)
魔術学園入学者の信仰傾向(推定)
魔族交流圏における祈り頻度(サンプル)
最後の項目あたりで、私は眉間に皺が寄った。
「……魔族交流圏の祈り頻度まで取っているのか」
「はい。若年層は魔族の合理性に影響を受けやすいので」
合理性。魔族。影響。神の世界にまで統計が侵入している。
課長は淡々と言う。
「前年比マイナス0.8です。特に若年層が顕著でして」
「原因は」
「平和です」
また即答だ。
「魔王と人の戦争が終結し、危機が減りました。加えて魔族との交流が進み、魔術理論が整備されました。信仰に依存しない術式が普及し、祈りの必要性が低下しています」
私はゆっくり息を吐いた。
「つまり、祈らなくても火が点き、祈らなくても傷が塞がる」
「はい」
「教会は」
「冠婚葬祭と住民登録で堅調です」
「堅調、か」
「式の基本料金が堅調です」
神殿は式場として繁盛し、神は不要になった。
私は天井を見上げた。ステンドグラスの奥で私の顔が美しく光っている。もはやロゴだ。信仰の象徴というより、施設の看板。
私は課長に視線を戻した。
「グレゴール。お前は、私が衰えていくのを見て、何も思わぬのか」
課長は一瞬だけ表情を揺らした。祈りの時代の顔だ。しかしすぐに仕事の顔が戻る。彼は課長である。課長は、揺らがない。
「思います」
「ならば」
「ですが、世界が良くなることを止めるわけにはいきません」
その通りだ。私は、世界が良くなることを望んだ。望んだ結果、私は薄れている。因果があまりにも美しい。美しいが、神に優しくない。
「……奇跡を増やせばいい、という意見もあるだろう」
課長は頷いた。
「はい。改善提案の一つです。奇跡の提供頻度を上げ、来訪者満足度を──」
「来訪者満足度」
「……すみません、顧客満足度、と言いかけました」
言いかけたのか。
課長は咳払いして続ける。
「ただし、それは長期的に逆効果と考えます。奇跡が常態化すれば、祈りはさらに不要になります。返礼が先に出れば、返礼のために祈る者はいなくなる。大神が先ほど仰った通りです」
課長が神学的に正しいことを言う。だがその正しさは、世界を動かさない。
私は言った。
「ならば、どうすればいい」
課長はファイルを閉じた。そこに、重さだけが残る。数字の重さだ。祈りの重さではない。
「正直に申し上げます。打ち手がありません」
胸が静かに沈む。
「否定されていないのが、最も厄介なのです。皆、大神を尊いとは言う。しかし、思い出しもしない」
刃物より正確な言葉だ。痛む場所を間違えない。
課長は声を落とした。
「ただ……外部に、奇妙な事例が一つあります」
「外部?」
「地球、という世界をご存じでしょうか」
「知っている。だが遠い」
「遠いが、観測はできます。最近、その地球で神格濃度が上がったという記録が入りました」
神格濃度。神を濃度で言うな、と言いかけて、やめた。今はそういう時代なのだろう。
私は身を乗り出した。
「地球の神々が、回復したと?」
「はい。ただし原因は不明です。祭礼の復古なのか、新しい信仰形態なのか、あるいは異界からの流入なのか」
原因不明。だが回復した。そこだけが重要だ。
私の胸に、久しく忘れていた期待が灯った。秘儀か。改革か。神々の新たな契約か。何にせよ学ぶ価値がある。神であっても、学ぶ時は学ぶ。
私は立ち上がった。
「行く」
課長は頷き、別の紙束を引き出した。手慣れすぎているのが不吉だ。神の出張が日常になっている世界というのは、たぶん良くない。
異界渡航申請書(公務)
「こちらに署名と、渡航理由を簡潔に」
私はペンを取った。署名欄に神名を書きかけて、手が止まる。
課長が苦笑した。
「地球には多くの神々がいます。地球では、大神の名は通りません。匿名がよろしいかと」
匿名。神が匿名。
私は頷いた。
「承知した。私は一旦、休業する」
課長はまるで休暇届を処理するように判を押した。
休業承認。
朱肉の匂いがした。祈りの匂いではない。
その夜、私は異次元の裂け目を開いた。
昔なら瞬き一つで済んだ距離だ。今は違う。呼吸を整え、指先に力を集め、世界の布を少しずつ裂いていく。
裂け目の向こうから、冷たい風が吹いた。鉄と石と、どこか焦げたような匂い。地球の匂いだ。
私は最後に大神殿を振り返った。
尖塔は美しい。ステンドグラスは輝き、式の予約は埋まり、窓口は混み合っている。
ただ、祈りだけがない。
私は裂け目に足を踏み入れた。
「……地球の神よ。私に、再起の道を教えよ」
私はこの時、まだ知らなかった。
地球で待っている答えが、祈りでも儀式でもなく、もっと俗で、もっと強いものだということを。
◇
私が地球に降り立った場所は、神殿でも聖地でもなかった。
石畳の広場でもない。森でもない。神の降臨にふさわしい“間”もない。
ただの駅前である。
いや、より正確に言えば、駅前の端の端、何かと何かの隙間だ。人が多すぎて、神が立つ場所がない。むしろ神が立つと邪魔になる。私は慌てて自分の存在感を薄めた。薄めるのは得意だ。今の私には、それしか残っていない。
空気が違う。匂いが違う。音が違う。
金属と油と、甘い焼き菓子と、見知らぬ香水と、そして“急いでいる人間”の匂いが混ざっている。ここには祈りの香はない。祈りの時間もない。
だが――代わりに、奇妙な“熱”がある。
私は視線を上げた。
巨大な板が光っている。板の中で、人が動いている。魔術だ。いや、魔術というより技術か。異世界の晶板よりずっと派手で、ずっと俗だ。
白い髪の少年が空から落ちて、眩い文字が浮かんだ。
転生特典:チートスキル付与
女神の加護で人生やり直し
私は思わず足を止めた。
神が、堂々と出ている。
しかも“女神”という言葉が、誰に遠慮するでもなく、看板の中央に鎮座している。これは何だ。祭礼か。神話劇か。信仰復活の儀式か。
通りすがりの若者が、その光る板を見ながら友人に言った。
「この作家のやつ、マジで外れないよな」
作家。
私は、その二文字で脳が一拍遅れた。
作家? 今、“作家”と言ったか?
神話を語るのは神官だ。吟遊詩人だ。祭司だ。だが作家というのは――職業名だろう。信仰の言葉を、職業が担う世界なのか。
私は周囲の様子を観察した。人々は板を見上げ、笑ったり、眉をひそめたり、誰かと語り合ったりしている。祈ってはいない。だが、神の名が街角で自然に飛び交っている。
地球の神々は、これをどうやって作ったのだ。
胸の奥に、期待がむくむくと膨らむ。秘儀だ。媒介だ。新しい信仰形態だ。何にせよ、これは“神の復活”に見える。
私は、人混みを避けながら歩き出した。
神の匂いを探す。
昔は香の匂いだった。今は違う。信仰の匂いは薄い。その代わりに、視線と期待と依存の重みがある。神に向けられたものではないかもしれない。だが、集団感情が一点に集まる匂いは、神のそれに近い。
その重みは、街の片隅のカフェにあった。
ガラス張りの店。中は落ち着いている。外の喧騒が嘘のようだ。窓際の席に、帽子を深く被った男がいる。机の上にはノートPC。画面には文字が並び、付箋が周囲に貼られ、空のカップが三つ置かれている。
そして何より、男の背後に見えない圧があった。
信仰ではない。
だが、似ている。
そして、この男は――神だ。
神にしか見えない神紋。神である証が、その額に見えた。
私は席に近づいた。
男が顔を上げる。目が、死んでいる。神なのに。
「……誰」
「異世界の神です」
男は深いため息を吐いた。
「うん。そういうの最近多い。異世界から来ました系。企画? コラボ? サイン?」
「本物です」
「本物ほど本物って言う」
冷たい。だが、それでいい。地球はきっと、信じることに疲れた世界なのだろう。
私は額の神紋を少しだけ見せるように、存在感を戻した。これ以上戻すと、周囲の人間が気づく。気づけば騒ぎになる。
男の視線が私の額を滑り、空気が変わった。
「……本物か。で、何の用?」
声が少しだけ低くなった。神同士の声だ。私は胸の奥でようやく息をついた。
「私は、異世界で信仰を失いつつあります。地球の神々が回復したと聞き、助言を乞いに参りました。どうやって戻したのです?」
男はコーヒーを一口飲み、即答した。
「ラノベ」
私は、動きが止まった。
「……ら、のべ?」
「ライトノベル。小説」
「小説で、信仰が戻るのですか」
「戻るって言い方やめろ。嫌われる」
男は即座に言い直した。
「好かれる。共感される。安心される。その結果、力が戻る」
私は眉を寄せた。神の存在とは本来、畏怖によって成立していた。畏怖が消えた世界で、好かれることが燃料になるのか。
「それであなたは力を取り戻したのですね」
「そう。先輩だと思ってくれ」
男は帽子をずらし、名刺のようなものを差し出した。紙には端正な文字で書かれている。
天原 透(あまはら とおる)
「それがあなたの名か」
「ペンネーム。編集がつけた。“神っぽいけど人間っぽい”のが売れるんだと」
売れる。神が売れる。売れない神は消える。
私は喉の奥がひりつくのを感じた。異世界と同じだ。祈りは減っても、世界のルールは増える。
天原透は指を鳴らした。私の前の砂糖がふわりと浮き、次にミルクが浮く。二つが同時にカップへ落ち、完璧に混ざった。
「……神通力が強い」
「戻りすぎた。便利すぎて困る」
「困る?」
「困る。細かい奇跡が日常に溶けると、いちいち疲れる」
私が言葉を探していると、店内の空気が一段下がった。
音もなく、スーツ姿の女性が隣の席に座った。笑顔が、仕事の刃だ。
「先生。お疲れさまです。次の改稿、今日中でお願いしますね」
天原透の目がさらに死んだ。
「……来た」
私は小声で尋ねた。
「その方は、上位存在ですか」
天原透は即答した。
「編集」
編集。……ただの人間か。
編集は私を見た。目が笑っていない。神官より怖い。
「新しい先生ですか?」
「私は異世界の神で――」
「設定、面白いですね。1話で掴めます?」
掴めます? 神を? 私は一瞬、雷を落としたくなったが、地球の雷は市民生活に迷惑がかかる。今の私は休業中だ。休業中の神は、我慢を覚える。
「……善処します」
編集は満足げに頷いた。
「先生、では改稿。あとタイトルはもう少し長くできます? 検索に強くしましょう」
天原透が呻いた。
「タイトルは……長ければ長いほどいい……」
「重要です」
編集が断言した。断言が怖い。
編集が去った後、天原透は肩を落とした。
「見ての通り。神でも編集には勝てない」
「雷を落とせば――」
「落としても締切は消えない」
「時間を止めれば――」
「止めても締切は動かない」
物理法則より強い締切。私は理解した。地球の神々が回復したとしても、自由になったわけではない。別の鎖につながれただけだ。しかも鎖の名前が“今日中”である。
私は改めて尋ねた。
「あなたは、どうやってラノベで力を戻した」
天原透はコーヒーをもう一口飲み、淡々と言った。
「簡単だ。祈られなくなったなら、祈らせようとするな」
「……」
「神がいる世界を“当たり前”にしてしまう。読者が神の存在を疑わない形式で物語を回す。異世界転生は、それに向いてる」
私は慎重に言葉を選ぶ。
「しかし物語は虚構でしょう。信仰とは違う」
天原透は笑った。疲れた笑いだが、核心を突く笑いだった。
「昔の祈りだって、結局は“そうあってほしい”だ。虚構と願望の差なんて、薄い」
「……」
「祈りは減った。でも、感情は減ってない。現実が息苦しいなら、読者は“別の前提”を欲しがる。その前提に神を置けば、神は息をする」
彼は画面を私に見せた。文章の横に、数字が並ぶ。
PV、ブックマーク、評価、感想。
「これが、俺の燃料だ。祈りじゃない。反応だ。好意だ。共感だ」
私は喉の奥で言葉が引っかかった。
燃料。
神が燃料と言うのは、あまりにも露骨だ。だが露骨でなければ、この世界では生き残れないのだろう。
「では私は、異世界で何をすればよい」
天原透は指を立てた。
「まず名乗るな」
「……名乗らない?」
「お前、有名すぎるんだろ。神が前に出ると、みんな既知の顔を見せられるだけで終わる。感情が動かない。だから匿名だ」
私は頷いた。これは痛いが、正しい。
「次に説教するな」
「説教は、していないつもりだが」
「信仰を返せ、と言った瞬間に説教になる。読者は逃げる。今の世界は義務が嫌いだ。救いも義務にされたら終わる」
私は少しだけ笑いそうになった。救いが義務。確かに嫌だ。
天原透は続ける。
「神は、出しゃばるな。でも、いないとも思わせるな。距離感だ。神が“そこにいるだけ”の感じ」
「それで力が戻るのか」
「戻る。いや、“戻ったように感じられる”ところから始まる」
彼は言葉を区切った。
「最初は小さい。砂糖が浮く程度。次に空気が変わる程度。そのうち、雨を呼べる。最後に、世界が神を前提に話し始める」
段階がある。日常の些細な出来事から始まり、社会へ滲む。私の世界の回復にも、同じ道筋が必要なのだろう。
天原透はノートPCを数回叩き、箇条書きを表示した。
神はいる(前提)
神は出しゃばらない(距離感)
主人公は詰んでる(共感)
世界は優しい(救済)
悪役はちゃんと悪い(安心)
説明は最小(テンポ)
最後は余韻(印象)
「これは神託か」
私が言うと、天原透は肩をすくめた。
「テンプレ。編集神託」
嫌な神託だ。
私は深く頭を下げた。神が神に頭を下げる。宇宙のどこかがきしむ気がする。
「感謝する、先輩」
天原透は片手をひらひらさせた。
「帰ったら、まず投稿環境を整えろ。あと重要なことを言う」
「何だ」
「異世界にも、そのうち編集が湧く」
「湧く、とは」
「湧くんだ。自然発生する。読者が増えると――必ず湧く」
私は背筋が冷えた。魔王より怖い単語を、私は今日覚えすぎている。
天原透は笑うように言った。
「編集は上位存在じゃない。けど、神よりしつこい」
そして、私の胸にとどめを刺すように付け足した。
「締切は、世界を越える」
私は地球を後にした。胸の中には希望があった。だが、それと同じ量だけ、別の恐怖が芽生えていた。
祈りの恐怖ではない。
締切への恐怖だ。
◇
異世界に戻った私は、大神殿の奥の奥――神像の裏の裏に書斎を作った。
正確に言えば、かつて聖遺物の保管庫だった場所だ。今は空である。聖遺物は全部「展示室」へ移され、入場料が取られている。神話より収益が優先される時代だ。
展示室の入口には、こう書いてあった。
本日の目玉:聖遺物(複製)
本物は保存のため非公開です
本物は保存のため非公開。
……保存してどうする。信じられなくなったものは、保存されるだけだ。使われない神と同じである。
私は机を置き、羽ペンを置き――やめた。効率が悪い。
魔族との交流で普及した最新技術がある。
晶板。
薄い透明の板に文字が浮かび、保存でき、複製でき、共有できる。祈り不要、詠唱不要、敬虔さ不要。神にとっては屈辱の象徴だが、今日は味方にする。勝つためなら、負けの道具も握る。神とはそういうものだ。
私は晶板を起動し、「王立晶板小説庫」を開いた。
新規登録。
そして最初に出たのが、ユーザー名(必須)。
私は、指が止まった。
名乗りたい。
私は大神だ。名は神話に刻まれている。人が泣いて呼んだ名だ。あの戦場で、グレゴールが涙でぐしゃぐしゃになりながら叫んだ名だ。
だが、地球の先輩の声が脳裏を叩く。
名乗るな。出るな。設定になれ。
私は歯を食いしばり、いったん「大神」と打ちかけた。打った瞬間、晶板が冷たい文字を吐いた。
使用できません:公的機関名・役職名・神格名を含みます
……規約が神格名を弾く時代か。
私は次に「神」と打ちかけた。指が止まる。
名乗るな。
「神様」も打ちかけた。削除。
名乗るな。
私はため息を飲み込んだ。威厳が漏れる。
では、ぎりぎりを攻める。
名乗らない。だが、完全に無関係も嫌だ。私は私のまま、名だけを殺す。名だけを隠す。
私は慎重に打つ。
神ではありません
胸が少し痛んだ。自分で自分を否定するのは、いくら休業中でも気分が悪い。
だが続けて、括弧で小さく付け足す。
(仮)
ユーザー名:神ではありません(仮)
これなら嘘ではない。今の私は、神として機能していない。仮の名前に、仮の神。休業の身としては妥当だ。
晶板は赤くならなかった。
登録完了。
私は勝ったのか負けたのか分からないまま、次の画面へ進んだ。そこには、さらに不吉な欄がある。
作品タイトル(必須)
天原透の言葉が蘇る。
タイトルは長くしろ。長さは武器だ。検索に刺さる。
私は神としての矜持と、作家としての生存本能の間で揺れた。矜持の方が折れた。矜持より生存が先だ。神ですらそうだ。
私は、ラノベらしく、誇張して、軽くして、しかし私のやりたい距離感だけは守るタイトルを捻り出した。
社畜の俺が異世界転生したら、担当女神の名札が「(仮)」だった件
~チートは『都合のいい偶然』だけど、たぶん勝てる~
……ひどい。だが、ひどさが必要なのだろう。
私は本文を打ち始めた。
神はいる(前提)
神は出しゃばらない(距離感)
主人公は現実で詰んでる(共感)
世界は優しい(救済)
奇跡ではなく、偶然の顔をした救い。説教ではなく、栞一枚の言葉。
私は第一話を書いた。いや、書かされたのではない。私は自分で選んで書いた。そこだけは誇りたい。
-----(第1話 抜粋)-----
目が覚めたら、真っ白な部屋だった。
壁も床も天井も白い。
椅子も机も白い。
あるのは一枚のカウンターと、そこに置かれた鈴だけ。
……どこの役所だよ。
俺が鈴を鳴らすと、光の粒が集まって、人型になった。
白いローブの少女。金髪。虹色の輪っか。いかにも女神。
「ようこそ、魂の受付へ!」
女神が胸を張って言った瞬間、胸元の名札が目に入った。
担当:神様(仮)
仮。
「……仮?」
俺が指差すと、女神は一瞬だけ目を泳がせた。
「ち、違うの! これは、その、正式名称を名乗ると色々ややこしくなるというか、規約がね? 規約がピーってなるの!」
次の瞬間、女神の頭上に半透明の文字が浮かんだ。
警告:固有神名の開示はできません
「ほらァ!!」
叫び方が完全に新人バイトだ。
「じゃあ、神様(仮)って呼べばいいのか?」
「うん……いや、“様”は付けなくていい。やめて。照れる。あと重い」
女神が急に小声になる。威厳はどこへ行った。
「で、俺は死んだのか?」
「うん。過労で」
最悪の死因を、最悪にあっさり言われた。
「かわいそうだから、転生させてあげる! ほら、よくあるやつだから! 剣と魔法! ギルド! 冒険者! スローライフも選べる!」
相手が慌てているから逆に安心してしまう。分かる。分かりやすい。ありがたい。
「さらに特殊な能力もあげちゃう!」
女神は咳払いして指を鳴らした。目の前にステータス画面が開く。
名前:俺(仮)
職業:無職(仮)
スキル:都合のいい偶然(小)
小。
「小って何だよ」
「強すぎると運営に怒られるの。私が。だからまず小」
「運営って誰だよ」
「知らない! 上の人! たぶんすごい人!」
女神が泣きそうな顔で言った。
「でも大丈夫! “都合のいい偶然”は、派手じゃないけど……人生を一個ずつ救う!」
その言い方だけは、少しだけ神っぽかった。
俺はため息をついて、拳を握った。
「じゃあ行くか。あたらしい世界に」
女神は一瞬だけ笑って、すぐ真面目な顔になった。
「うん。行って。あとお願い」
「何だよ」
「私のこと、怖がらないで」
……名札が(仮)の女神に言われると、妙に刺さる。
-----(第2話 抜粋)-----
異世界「ルミナリア」に落ちた俺は、開始五分で詰んだ。
森。夜。寒い。腹減った。
スキル「都合のいい偶然(小)」の使い方も分からない。
「こういうの、普通は説明とかあるんじゃないのか……」
背後の茂みがガサッと動いた。
……来た。狼。
「待て待て待て、戦えねえって!」
俺が後ずさった瞬間、狼が――くしゃみをした。
「ハクション!」
狼がくしゃみでバランスを崩し、前足を滑らせて、木の根に鼻先をぶつけた。
「キャイン!」
その拍子に首輪が外れた。狼は首輪を怖がるように見つめ、森の奥へ走っていった。
俺はその場で固まった。
「……偶然?」
ポケットがもぞもぞ動いた。見ると、小さな光の粒が集まって、親指サイズの女神が現れた。
神様(仮)だ。
「やった!」
「お前、出てきたのかよ!」
「今の見た!? くしゃみ! 最高の小技! 私、今ちょっとだけ仕事した!」
仕事した、って自分で言う女神、だいぶ新しい。
「いや、助かったけどさ……それ、俺が強くなったわけじゃないぞ」
「うん。だからいいの。あなたが“生き延びた”のが大事」
神様(仮)は胸を張り、すぐ小声で付け足した。
「……あと、怖がられるのは嫌だから、派手なのやめてる」
そこに本音が混じっていた。俺はため息をついた。
「じゃあ、次は町に行く。ギルド登録だ。テンプレ進行ってマニュアルに書いてあるから」
「……テンプレ? マニュアル?」
「大丈夫! 安心して!」
女神がマニュアル見ながら助けてくれる世界。……なんだか好きになりそうで怖い。
-----(第3話 抜粋)-----
ギルドで登録した瞬間、受付嬢が言った。
「あなた、スキルが変です」
「変?」
「はい。“都合のいい偶然(小)”って……何ですかそれ」
俺が言葉に詰まると、横で神様(仮)が透明なまま(見えるのは俺だけ)腕組みした。
「説明しづらいよね、それ」
「お前が付けたんだろ」
「違うの! 付けたのは……その……システムが勝手に!」
受付嬢は首を傾げる。
「システム?」
俺は咳払いして誤魔化した。
「……とにかく、冒険者やるんで依頼ください」
受付嬢は紙を一枚差し出した。
依頼:薬草採取(初心者向け)
初心者向け。助かる。
森へ向かう途中、神様(仮)が肩にちょこんと座った。軽い。存在が軽い。だが、その軽さが今はありがたい。
「ねえ、あなたさ」
「何だよ」
「私のこと、神様(仮)って呼ぶの、やめない?」
「じゃあ何て呼ぶ」
神様(仮)は胸元の名札を押さえた。名札が一瞬、光って、また普通に戻る。
「……名乗れない」
「だろうな」
「でもね」
神様(仮)は少しだけ笑った。
「“呼び名”なら、作れる」
そう言って、俺の手元のステータス画面に小さな追加項目が出た。
加護:仮の加護(気のせい)
気のせい。
「おい、ふざけてるだろ」
「真面目だよ! 気のせいって思えるくらいが一番ちょうどいいの! 信じろって言わない! でも、嫌な時にちょっとだけ背中押す!」
その直後だった。
俺の足元の石が、コロッと転がった。
転がった石が、偶然、土に半分埋まっていた銀貨を弾き出した。
「……銀貨?」
神様(仮)がドヤ顔をした。
「見た!? 今のが“ちょうどいい”!」
「分かった分かった。飯は奢る」
「やった!」
女神が飯で喜ぶな。だが――そういう神なら、いてもいい。
(作中ラノベ抜粋ここまで)
私は指を止めた。
これでいい。
神は出しゃばらない。だが、完全に無ではない。偶然の顔をして、人を一歩だけ前へ押す。それが平和な時代の神の距離感だ。
私は原稿を投稿した。
投稿ボタンを押す瞬間、指がわずかに震えた。祈りより怖いものがある。評価だ。数だ。読者の反応だ。神が人の「好き嫌い」に晒されるというのは、雷より怖い。
だが押した。
そして、何も起きなかった。
……最初は。
私は神像の裏で眠った。神の眠りは浅い。夢の中で、かすかな音が鳴る。
ピコン。
晶板が光った。
閲覧:34
ブックマーク:2
感想:1
私は感想を開いた。
主人公と女神ちゃんの距離感がちょうどいい。好き。
胸の奥が、ちくりとした。
祈りではない。だが確かに、私に向けられた感情だ。しかも恐れではなく、好意だ。畏怖ではなく、安心だ。
私はそっと手を伸ばした。神威の残量を確かめるように。
日常の些細な出来事が起きた。
神像の肩に積もっていた埃が、ふっと消えた。
誰も触れていない。風もない。だが埃は消えた。
……掃除。
神の復活の第一歩が掃除。情けないのか、ありがたいのか分からない。だが確かに私は、現実に触れた。
翌日、閲覧が増えた。感想も増えた。
俺も女神に導かれたい
女神様可愛すぎる。神殿行ったら会えないかな?
昨日神殿、行って探してきたわ
私は息を呑んだ。祈りはしない。それでいい。祈りを強要すれば嫌われる。だが「神殿行ってみた」は接点だ。神の存在が、生活の中に戻る入り口だ。
私の神威はさらに少し戻った。
神殿の蝋燭が、勝手に一本だけ灯った。
儀式でもない。誰も火をつけていない。だが一本だけ灯る。まるで「ここはまだ終わっていない」と言うように。
私は思った。
これが、平和の時代の奇跡か。
派手ではない。だが、長持ちする。
◇
その週末、受付のマリアが困った顔で課長に報告していた。
「課長、最近、若者が来ます」
グレゴール課長が眉を上げる。
「参拝にか」
「いえ……読書に」
「読書」
マリアは晶板を掲げた。そこには、王立晶板小説庫のランキング画面。ある作品が上位にいる。作者名は「神ではありません(仮)」。
課長の顔が、微妙に歪む。笑っていいのか怒っていいのか分からない顔だ。
「……なぜ神殿で読む」
「静かですし、雰囲気が作品に合うって。あと……“神様(仮)って、この神殿にいるんですか?”って。作品の女神様を、です」
課長は額を押さえた。頭痛持ちの動作だ。神殿で頭痛になる課長。新しい。
若者たちは礼拝堂の隅に座り、晶板をスクロールして笑ったり、ため息をついたりした。
祈ってはいない。
だが、私を“前提”として吸っている。
数日後、課長が窓口3の奥へ私を呼んだ。呼び出しの番号は、いつの間にかBではなくAになっていた。格上げか。こんなところで。
課長は例のファイルを開いた。表紙は前より分厚くなっている。嫌な予感しかしない。
信仰KPI 月次報告書(改訂版)
折れ線グラフが、ほんのわずかに上を向いている。
「大神よ。祈願申請件数は横ばいです。実質、増えていません」
「当然だ」
私は静かに言った。祈りを増やすのが目的ではない。増えない方がいいまである。祈りは義務になった瞬間に腐る。
課長は続けた。
「しかし、神威の潮位が上がっております」
潮位。懐かしい言い方だ。課長の中に、まだ神官が残っている。
「理由は」
課長は眉間に皺を寄せる。
「不明です。ただし相関が強い指標が一つだけ出ました」
彼が別紙を出した。タイトルがひどい。
好感指数 月次報告書(試験運用)
「……誰が作った」
「若年層の職員です」
また若年層か。若年層は神を殺し、同時に神を数値化して蘇らせる。忙しい世代である。
課長は淡々と読み上げた。
「神殿内滞在時間、読書席利用回数、作品閲覧数、感想投稿数。これらが増えるほど、神威が上がります。祈り件数と相関は薄い」
私は黙って頷いた。
理屈は分かる。私が欲しかったのは祈りという形式ではなく、人が世界を少しだけ肯定する理由だった。そこに神の居場所が生まれる。
その肯定が言葉になったものが、感想だ。
◇
私は神像の裏へ戻り、更新を続けた。
第五話。第六話。第七話。
作中の神は相変わらず出しゃばらない。主人公と一緒に冒険する。威厳なんてない。少し頼りない。
感想欄が少しずつ熱を帯びる。
この神、推せる
神なのに威圧感ゼロで助かる
距離感が絶妙。現実の大神殿もこうなってほしい
主人公ばっかり、ずるい
ずるい。
神がずるいと呼ばれる時代。私は笑うべきかもしれない。笑った。威厳は少し落ちた。だが、落ちた分だけ現実に触れた。
王立晶板小説庫のコメント欄で「神様(仮)って言い方かわいい」がバズった。
やがて、それは社会現象になった。
大神殿に人が戻ったわけではない。祈りが増えたわけでもない。むしろ祈願申請書(任意)の提出数は、相変わらず死んでいた。
変わったのは、言葉だった。
若者が口にするようになったのだ。
「神様(仮)って、ちょっと好き」
「気のせい加護、欲しい」
「都合のいい偶然(小)でいいからくれ」
何だそれは、と私は思った。だがその何だそれは、祈りよりも軽く、祈りよりも広がった。
街角の雑貨屋が、紙片の束を売り始めた。
気のせい加護札(仮)
貼るだけで、ちょっと落ち着く(たぶん)
貼るだけ。たぶん。
神への敬意が、貼るだけの雑貨に落ちた……はずなのに、その紙片から立ち上る気配が、私の神威をわずかに押し上げるのが分かった。
人は祈らない。だが、救いを持ち歩く。
そして最悪(最高)なことに、大神殿の窓口にもそれが侵入した。
受付のマリアが困った顔で、課長に紙束を持ってくる。
「課長……これ、何だと思います?」
紙束の表紙にはこうある。
仮のお願い投函票(気のせいでも可)
提出は任意です
誰だ、作ったのは。若年層だな。分かる。
投函票の記入欄は、祈願申請書よりずっと雑だった。
・今日しんどい(仮)
・なんか助けて(気のせいでOK)
・叶ったらお礼言う(気分が乗ったら)
祈りですらない。愚痴だ。ぼやきだ。人生のメモだ。
だがその投函箱が、いつの間にかいっぱいになっていた。
「祈りは増えていません」
課長が報告する。悔しそうでも誇らしそうでもない、役所の声だ。
「しかし、投函票が増えています。しかも……“気のせい加護”という文言を添える方が多い」
私は無言で頷いた。増えているのは信仰ではない。好意だ。親しみだ。神を怖がらない感情だ。
神威の戻り方も、それに合わせて情けなく、しかし確実だった。
最初は、神像の肩の埃が勝手に落ちた。
次は、受付の発券機が一度も紙詰まりしなくなった。
次は、葬儀の場で泣き崩れた家族の背中に、風が一度だけ通った。たった一度、呼吸が楽になる程度に。
誰も「奇跡」とは言わなかった。
代わりに言った。
「……気のせいかな」
「でも、助かった気がする」
「神様(仮)、仕事した?」
仕事した、という言い方が、私にはひどく刺さった。
戦場の祈りでは「助けてくれ」と言われた。
平和の今は「仕事した?」と言われる。
神の威厳は削れる。だが存在は戻る。
◇
そしてついに、数字が追いついてきた。
課長が新しい報告書を持ってくる。表紙が嫌なほど今風だった。
好感指数 月次報告書(正式運用)
中身は、祈りの件数ではない。
・投函票枚数
・「神様(仮)」という単語の出現数
・「気のせい加護」札の売上推移
・大神殿前での立ち止まり人数(聖地ではない、ただの立ち止まり)
・そして、私の神威の潮位
「相関が取れています」
課長が言う。言ってから、少しだけ声を落とした。
「……大神よ。私はあなたを見て泣いた人間です。今、泣くべきか、笑うべきか分かりません」
私は答えなかった。
代わりに、大神殿の鐘を一度だけ鳴らした。儀式ではない。告知でもない。気のせいと呼べる程度の、短い一音。
課長は、目元を押さえた。
「……祈りは戻っていません。ですが、あなたは戻っています」
昔と同じだった。昔と違う形で。
◇
その週の終わり。
神像の裏の書斎に、誰かが入ってきた。
足音がしない。扉も鳴らない。だが空気だけが「仕事の匂い」になる。地球で嗅いだ匂いと同じだ。嫌な意味で懐かしい。
男はスーツ姿だった。胸元の徽章が、光を吸う。
羽ペンと、鎖と、目。
男は笑顔で言った。
「先生。社会現象になってます。週二更新、いけますよね?」
……やはり湧いた。
編集は世界を越える。
神様は一旦休業です。先輩に言われて人気ラノベ作家を目指します。 那由多 @hnomiya
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