1-2

 再びカルヴァンが目を開けた時、そこには屋敷を轟々と音を立てて燃え盛る真っ赤な炎が視界に映った。


「──なッ!?」


 一瞬、自分の置かれた状況が理解出来なかったが、すぐに我に返った。これは五年前の、俺が戻して欲しいと願った時間とき


「本当に戻って……?」


 疑うわけではないが、実感が沸かないといった感じだった。だが、すぐにそんな気持ちなんてどうでもよくなった。


「エレア!!!」


 これがだとすれば、まだ屋敷の中にエレアが取り残されている。もう現実だろうと夢だろうと関係ない。


(二度と同じ過ちは起こさない!)


 カルヴァンは勢いよく頭から水を被ると力強く地面を蹴り、躊躇することなく炎に包まれた屋敷へ飛び込んで行った。




「エレア!何処だ!」


 屋敷の中は煙と炎で視界が悪く、思うように進むことが出来ない。肌が焼けるように熱い。すでに焼けていたのかもしれないが、不思議と恐怖もなく痛みもない。


 過去に戻った事による弊害か、はたまた興奮状態により、頭に伝達する信号が壊れたか……それならば、このまま壊れていてくれと願った。


 焼け落ちた扉を飛び越え、崩れる柱を避けながら前に進んで行く。


「エレア!」


 何度も名を呼ぶが返事はない。やはり火の回りが早く、このままでは自分の命が危ない。もしかして、もう……そんな思いが頭を過る。


(また俺は助けられないのか!?)


 弱気になるなと自分に言い聞かせ、ギリッと歯を食いしばった。


「クソッ!何処だ!」


 俺の命はどうでもいい。エレアだけは絶対に助ける!


 遠のきそうになる意識を根性だけで持たせ、前に進む。その時──


 カタッ


 小さな音が聞こえた。焼け落ちたにしては小さな物音、直感でエレアだと思った。俺は迷わず、ドアを蹴破り部屋の中へ。


「エレア!」


 そこには、床に倒れているエレアの姿があった。すぐに駆け寄り、口に手を当てた。


「あぁ、良かった」


 息があるのを確認でき、緊張が解れていく。


 何度も後悔と自責の念に駆られ、いっその事この命を絶とうと考えた事もある。だが、こうして今、生きて俺の腕の中にいる。


 温もりを確かめるように、力強く抱きしめた。


「……安心するにはまだ早いな」


 息があるとはいえ、吐かれる息はとても弱く今にも消えてしまいそうだ。早く新鮮な空気を吸わせてやりたいが、炎は更に大きくなり、兄妹の再会を喜ぶ暇すらも与えてはくれない。


 出口は炎の海で、元来た道を通る事は不可能だと判断した。となれば、突破口は一つしかない。


「少し我慢してくれよ」


 焦げた上着を脱ぎ、大丈夫だと伝えるかのように額にキスをすると、頭を守るように上着を被せた。


 炎が迫る中、カルヴァンはエレアを抱き抱えたまま窓を突き破った。



 ***



 窓を突き破りエレアを助け出した俺は、情けない事にそのまま気を失ってしまった。


 次に目を覚ました時には、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。

 起き上がろうにも全身が痛く起き上がれない。声を出そうとするが、空気が漏れたように掠れてしまう。


「目が覚めました?」


 視線だけを向けると、そこには時の魔女ドロシーが包帯と薬草を手にしていた。


「申し訳ありません。注意すべき点を一つ、言い忘れておりました」


 俺の腕に巻かれた包帯を丁寧に取り替えながら口にした。


「過去に戻っても、肉体はのものです。過去で傷を負えば当然、傷を負ったまま戻ってくる事になる……早い話が、過去で受けた傷が現実に戻った事でリセットされるなんて事はない」


 彼女の話を聞いて、今の自分の状態に合点がいった。

 全身に火傷を負い、肌がヒリついている。声が出せないのは、大口で叫んでいたせいで喉まで焼けたのだろう。


(エレア!)


 俺の事はどうだっていい。自分で負った傷だ。彼女を責めるつもりはない。


「あぁ、貴方の妹の事ですか?」


 声が出ない代わりに視線で訴えると、ドロシーは新聞を開いて見せた。


 その新聞の日付は五年前のあの日を記してあり、俺の屋敷が燃えた事が記事になっていた。その記事を読み進めていくと、はっきり『死者は出なかった』と記載されていた。


「貴方がこの時間軸に戻ってきた時点で、過去は塗り替えられ、死亡するはずだった貴方の妹は存命しています」


 幸いなことに気を失っていただけで命に別状はなかった。火傷もなく、失っていた五年を順調に送っていると。


 その言葉を聞いて、ようやく心の底から安堵出来た。


(助けられた……!)


 胸が熱くなり、自然と涙が溢れた。


 騎士が泣くなど、みっともないと頭では分かっている癖に涙が止まらない。


  「まずは療養し、元気になってから顔をお見せなさい」と頭を撫でながら諭された。


 優しく温かい手に誘われるように、俺はそのまま目を閉じた。

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異世界の時計屋 甘寧 @kannei07

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