異世界の時計屋
甘寧
騎士カルヴァンの時間
1-1
──陽の光が当たらないほど深く湿っぽく薄暗い森の奥にひっそりと佇む屋敷がある。
そこは時間を操る魔女が営む時計屋。家の中には壁一面に大小様々な時計が飾られており、どれもバラバラの時を刻んでいる。
この魔女の元を訪れるのは、時間に関する悩みを持った者や時間に追われている者。はたまた、時間に縛られている者……
今日も一人の客が扉を叩いた。
***
「……ここか」
時計屋と書かれた小さな看板を目にして、扉の前で足を止めたのはこの国の騎士であるカルヴァン・マクラレン。銀色の髪に研ぎ澄まされたような切れ長の目、一目で女性からの評判が分かる容姿をしている。そんな彼の手には小さなペンダントが握られていた。
深くを息を吐き、軽くノックをしてから扉に手を掛ける。
「失礼するぞ」
扉を開けて真っ先に目にしたのは、薄暗い室内に掛けられた壁一面の時計。カチカチ……と音を立てて針が時を刻んでいるが、これだけの数があるのに本来の時間を刻んでいる時計は一つもない。
人の気配はなく、ただ時を刻む無数の針の音だけが耳に突く。
『異様』その言葉が頭に浮かんだ。
ボーンボーンと柱時計が、腹を突き上げるような大きな音で時を知らせた。その音に驚き、ビクッと肩が震え反射的に一歩足を引いてしまった。
「おやまぁ、屈強な騎士様でも時計の音に驚くんですね」
嘲笑うような言葉と共に姿を現したのは、ここの店主であるドロシー。ゆっくりと手すりを伝いながら階段を降りてくる。時の魔女と言うだけあって、その雰囲気は妖艶で気を許したら心ごと魂を奪われそうだと思った。
異様な空間と妖艶な魔女の組み合わせに、戦場とは違う緊張感を感じカルヴァンは息を飲んだ。
「いらっしゃいませ。
落ち着いた口調に品のある佇まい。近くに寄っただけで圧倒的な存在感を感じる。
(まさか足が竦む程とは…)
カルヴァンは決して弱くは無い。むしろ実力は騎士の中でもトップクラス。その騎士が怯んでいる。
「クスッ」
心を見透かしたように、赤い紅をさした唇が綺麗な弧を描く。
「さあ、こちらへどうぞ。ハーブティーはお好き?」
「あ、あぁ……」
情けない事に返事すらまともに出来ない。
通された部屋は、至って普通の部屋だった。陽の当たる窓には光が差し込み暖かい。時計の音もしない、落ち着いた空間。
(この屋敷にこの様な部屋があったのか)
いや、それは偏見と言うものか。
「それでは、依頼の内容をお伺いしましょうか」
手際良くお茶を用意すると向かい合うように座り、肘をつきながら訊ねてきた。
カルヴァンは握りしめていたペンダントを机に置いた。
「まずはこれを見てくれ」
「……ほお、これは……」
そこには、カルヴァンとよく似た面持ちの女性の写真が入っていた。
「俺の妹エレアだ」
写真を見つめるカルヴァンの瞳はとても優しく、穏やかに温かい光を灯している。口にしなくても、大事にしていたのがよく分かる。
「五年前……エレアは火事で命を落とした」
そう言えば、五年ほど前に大きな屋敷が燃えたと耳にしたのを思い出した。
(若い女性が亡くなったと聞いたが…そうか、彼の妹か……)
「火の回りが早く、私が駆けつけた時には炎は屋敷を丸呑みにしていた。その時、俺は茫然と燃え盛る炎を眺めている事しか出来なかった…!中にエレアが居ることを分かっていたのに、俺は……ッ!」
ギリッと悔しそうに歯を食いしばる。
悲痛な想いと後悔の念が言葉に乗ってやって来る。業火に焼き崩れる屋敷を目にすれば、誰でも尻込みぐらいする。頭では助けたい思いがあっても、体はそうはいかない。
彼は妹を見殺しにしたと長年自分を責め続け、その
「俺は過去に戻り、エレアを助けたい」
真っ直ぐな瞳には覚悟と決意が感じられる。その想いは受け止めよう。だが──
「例え過去を変える事が出来たとしても、
「構わない。運命は自分の手で切り開けと教わった」
「ふっ、なるほど」
面白い男だと思った。久しぶりに感じる高揚感に、口元が自然と吊り上がる。
「過去へ行くにはそれなりの代償を支払わければなりませんが?」
「無論、覚悟の上だ」
その言葉を聞いたドロシーは、胸元から懐中時計を取り出すとカルヴァンの目の前に掲げた。
(針が…!)
懐中時計を見たカルヴァンは驚いた。その懐中時計の針は左回りに時を刻んでいる。
「
「一番、大切なもの?」
体を包み込むように風が巻き上がる。
「貴方の願いが叶った時、時間は元の軸に戻る。もし失敗する事があれば、貴方の時間はそこで止まってしまう。永遠に……」
「ちょ、待ッ──!」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
最後に見たのは妖しく微笑むドロシーの姿だった。
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