Secret of my heart

望月ひなた @SAL所属

Secret of my heart

01




「奈良本さん、風邪でも引いた?」



 正面に座っていたヒロが急に振り返ってきたので、私はさっき返された、数学の中間テストの答案用紙を、思わず伏せて隠した。



「点数悪かったの?」

「べ、別にどーでもいいじゃん!」

「…悪かったんだ」

「っさいなー…どーせヒロは満点でしょ?」



 まぁ、ほぼ学年トップのヒロが相手だ。

 逆立ちしたって、敵うわけない。



 けどヒロは、曖昧に笑っただけだった。

 いつもなら、ちょっと腹の立つ笑顔で、得意気にするのに。

 そう思っていたら、ヒロは自分の答案用紙を出してきた。



「え…?」



 それは、答えがひとつも書いていなかった。

 赤ペンでつけられたペケと、ゼロの文字。



 ヒロは、白紙で答案用紙を出したんだ。


「え…えぇ?!ヒロこそ、具合でも悪かったの?珍しいね!」



 笑って誤魔化そうとしたけど、喉の奥に何か引っかかったみたいで、上手く喋れない。



「5教科全部、これで出した」



 ヒロは目を伏せたまま、どこか苦しそうにそう言った。



「…は?」

「高校行くの、やめようかと思って」



 周囲の喧騒が、一斉に引いた気がした。



 高校受験。

 中学に入学した時から、それと向き合う未来が来ると思って、疑った事は一度もない。



 それにこれは、中3の2学期の中間テスト。

 いい点取れなかったらどうなるか、私でも予想できる。



「何で…?ヒロあんなに勉強頑張ってたじゃん!」

「それは…中学の次は高校だって、単純に思っていたから」



 嫌な感じがした。

 胸がザワザワする。



「目的もないのに高校行ったって、時間の無駄だろ」

「無駄って…何それ」



 意外と低い声が出て、自分でも驚いた。

 ヒロは探るようにこちらを見てくる。



「あたしはヒロほど成績良くないけど、自分なりに頑張って◯◯高目指してるんだよ?それも無駄って事?」

「別に、奈良本さんの事否定してるわけじゃないだろ」

「そうだけど…そうだけどさ…!じゃあ、ヒロには何の目的があるわけ?!」



 校内放送の音が鳴る。

 それは、ヒロを職員室に呼ぶアナウンス。



 ヒロはふっとため息をつくと、席を立った。



「…呼ばれた。行かないと」

「ちょっと、ヒロ…!」



 私はヒロを追いかけられず、中腰の間抜けな格好で固まる事しか出来なかった。



 ちょっとだけ冷静になって、自分の事でキレ散らかしてしまったと、後悔の念が湧いてくる。

 謝ろうと思ってしばらく待っていたけど、その気配もない。



 私は仕方なく、教室を後にした。




02



 アイツの名前は、土門博臣。

 私は勝手に、最初からヒロと呼んでいた


 ちょっと癖毛気味な髪に、黒縁眼鏡。

 顔は、濃くも薄くもない。

 強いていえば、目つきはちょっとキツい。

 でも、入学の時の自己紹介で、女子達がざわついたから、まぁイケてる方なんだろう。



 そんな私達は、前と後ろの席になる事が何度かあった。

 『土門』と『奈良本』で、出席番号が連番になるからだ。



 だから私は、いつもヒロの背中を見ていた。



 初めは、あちらにしたら迷惑極まりない絡み方だった。



 居眠りして、今何ページか聞こうと、ペンでつついてみたら睨まれて。

 消しゴム貸して!と、授業中しつこく話しかけて睨まれて。

 果ては、何かの拍子に正面顔見て、やばワカメじゃん!と言っちゃって睨まれて。



 私も、よく懲りなかったものだ。

 でもそうこうしているうちに、少しずつヒロから反応が返ってくるようになった。



『あのさ、授業中にペンでつつくの止めてくんない?ノートの字がずれるだろ』

『だってヒロが無視するからじゃん!』

『はぁ?俺が悪いみたいに言うなよ!』



 大抵は、私のおバカな言葉にヒロが突っ込む形だった。



『…奈良本さん、何で俺の事は最初からヒロなんだ?』

『ん?オミの方が良かった?』

『いやそういう事じゃなくて……はぁ、もういい』



 ヒロから返ってくる真面目なツッコミが面白くて、楽しかった。



いつの間にか、話す回数は増えていった。



 ヒロはミステリーやSF小説が好き。

 私もそういうのは好きだけど、文字より漫画の方がいい。

 何度互いの本を貸し借りしたか、もう数えきれない。



 私の家がお寺だと知って、お経って落ち着くよね、とかジジくさい事言っていたっけ。

 でも、線香くさいとか、幽霊取り憑いてるんじゃねぇのと言われ続けて嫌だったお父さんの仕事を、初めて少しだけ肯定できた。



 そして3年生になって、私もヒロも、同じ高校を志望校に選んだ。



 ヒロを好きになってしまった事。

 だから高校も同じがいいって思った事。

 それは絶対に秘密だけど。



 あいつは控えめで口数の少ない、優等生キャラではあるけど、程よく冗談も言うし、笑ったりもする。



 対する私は、普段はおちゃらけて、バカ言うキャラ。

 でもそれは、本当の私じゃない。

 本当の私は、いざって時に上手く話せなくて、気が小さくて。



 だから、本当の気持ちとか、実はこう思ってるとか、昔から言うのが苦手だった。



 ヒロが好きだ。

 でも、この気持ちを言葉にしたら。

 どうなるのか。

 何かが変わってしまいそうで、怖かった。



 次の日。

 ヒロは普通に登校してきた。

 でもやっぱり、様子はいつもと違った。

 ぼんやりして、心ここに在らずで。

 昨日のことが気まずくて、私は話しかけられずにいた。



 だから、放課後に向こうから声をかけられて、私は柄にもなく身構えてしまった。



「…なしたの?」

「ちょっと付き合ってくれない?」

「へ?」



 喉から心臓が出そう、という感覚を、私は初めて体験した。




03



 やってきたのは、近所の小さな商業ビルだった。

 一階がスーパー、2階から上は、服屋や本屋などのテナントショップになっていて、よく来る場所だ。



 私たちは、一番上の階にいった。

 そこにはカルチャーセンターになっているフロアだ。



「へぇ…この階来たの初めて」

「時々ベンチ目当てで、ここ来るんだ」

「そうなんだ」

「うちの生徒はほぼ上がって来ないからね」

「あ、確かに…」



 ヒロは自販機で、ホットミルクティーを買ってくれた。

 それから、空いていたベンチに並んで座った。



「昨日はごめん。奈良本さんの事、否定する気はなかったんだ」

「…いいよ。あたしも、逆ギレしてごめん」



 手の平で包んだペットボトルは、じんわり温かく、硬くなっていた心もほぐしてくれるようだった。



「職員室では何話してたの?」

「来週父さんを学校に呼んで、三者面談するって」

「お父さんとは話したの?」



 ヒロは少しの間黙り込んでいた。

 講座が終わった教室から、おばさん達がお喋りしながら出てきて、辺りが賑やかになる。



「…高校受けるのやめて、料理の道に進みたいって、父さんに話した」



 思いがけない展開に、ヒロを見る。

 昨日と違って、ヒロは正面を見ていた。



「じゃあ、卒業したらレストランとかで働きたいって事?」

「そうなるね」

「お父さんはなんて?」



 確かヒロは、父子家庭だったはずだ。



「やりたい事があるのはいいけど、せめて高校は卒業してくれって」



 ヒロは自分用のホットミルクティーを飲むと、またしばらく黙っていた。



「……それ、あたしもそう思うよ。高校行きながら、バイトでとりあえずやってみるのでも、いいんじゃないの?」



 沈黙は怖いのに、心は静かだった。

 だから、落ち着いて言葉をまとめる事ができた。



「ヒロはさ、なんで料理の道に進みたいって思ったの?」



 ヒロは鞄から文庫本を取り出した。

 表紙には、こちらに向かって笑みを浮かべる、調理服の髭面のおじさん。



「この人知ってる?」

「ううん…有名な人?」

「料理の世界では、そうだね」



 関係ないけど、料理人って写真に映る時、腕を組むのは何でなんだろう?



「北海道の片田舎で生まれたけど、中卒で単身海外に渡って修行して…今じゃ、この人の名前のついたレストランが全国にあるんだ。すごくない?俺らと歳が変わらないのに、言葉も文化も違う国に、たった1人で渡って、認められたんだよ」



 目次を見ると、シェフの自伝のようだった。

 ヒロは、少し興奮気味に続けた。



 このシェフが、ゲストの思い出の一皿を再現する、というテレビ番組に出た時の事。

 ゲストの母親のカレーライスを再現度高く作れた時に、感極まったゲストが泣いてしまう、という場面を、ヒロはたまたま見たのだそうだ。



「カレーなんて、俺でも誰でも作れるだろ。知識と技術と経験と、それから思いがあれば、料理で人を感動させられるんだって思ってさ。子供くさいけど…すごいカッコいいなって」

「…そっか。家で料理作ってるって、言ってたもんね」



 ページをめくると、たまたまこんな一節が目についた。



『原価で200円にも満たない材料を、1800円のクリームパスタに昇華するのが、料理人の魅せる夢だと、私はそう思うのです』



 不覚にも、クサいけどちょっとカッコいいかも、と思ってしまった。



「ヒロの夢は分かったよ…でもさ、やっぱり高校は行った方がいいと思う」


 ヒロは何も言わなかった。

 だから、私は続けた。



「うち、お寺でしょ?お葬式があると、仕出し屋さんとか、お花屋さんとか、色々な業者が出入りするんだよね。たった一つのお葬式でだよ?」

「…そうだね」

「料理の世界にもさ、作る以外にも色々な仕事があると思うの。その中からどれを選ぶのか、高校にいる間に見つけてもいいんじゃないの?」



 ヒロは納得してくれたかわからないけど、とりあえず頷いてくれた。

 三者面談の前に、お父さんともまた話し合ってみるそうだ。



 そうして私たちは帰路についた。

 私は、早鐘を打って苦しかった心臓と呼吸を、ようやく宥められた。



 ヒロの事が心配なのは嘘じゃない。

 でも本音は、同じ高校に通えなくなるのがイヤだから、ヒロが中卒で働き始める展開を避けたかっただけだ。


「私って、あんなにペラペラ喋れるんだ…」


 また秘密ができた。

 後ろめたさで、私は何度もヒロの帰った方角を振り返ってしまった。



 家に帰ると、引越し業者みたいな大きなトラックが来ていた。



 ご本尊の手が老朽化でもげてしまい、修復に出すとお父さんから聞いていたのを思い出す。



「仏像ってさ、歴史的価値があるのは分かるけど、何が大切なの?」



 私が尋ねるとお父さんは、うーん、とちょっと考えてから、『思い』かな、と答えた。



「人の作ったものなんか、簡単に壊れてしまう。でも、長い時間と、激動の時代を越えてきたものには、思いや祈りがこもるんだ」

「ふぅん…お父さんもクサい事言うんだね」



 お父さん『も』って何だよー、とお父さんは苦笑いしていた。






04



 それから半年後。

 私は、志望校に無事合格した。



 入学式、ホームルームと今日の行事がようやく終わり、私は新しい席で一息ついていた。



 真新しい高校の制服は、まだ着慣れない。

 周囲ではすでに友達作り合戦が始まっていて、どこか浮き足だっている。



 今日は疲れたし、早く帰ろう。

 そう思って教室を出たら、奈良本さん、と声をかけられた。



 私も同じく、真新しい制服姿のヒロが、そこにいた。



「おー、新入生代表様だぁ」

「はぁ…目立ちたくないから嫌だって言ったのに」

「そう?堂々としてたじゃん」

「まだ緊張解けてなくて。手冷たいままだよ」

「カイロ買ってあげようか?」



 ため息混じりに手をさするヒロは、やっと少しだけ笑ってくれた。



「…また付き合ってくれない?あそこのベンチ」



 特段用事もないから、私はまたヒロについていった。

 半年前と違うのは、ヒロは一度家に立ち寄って、何やら保冷バッグを持ってきた事だった。



 カルチャーセンターは、春から新しい講座が始まったのか、半年前より人が多く感じた。



「今日は、これ食べてほしくて」



 ヒロは保冷バッグを開けて、何か取り出した。

 おかずを小分けにするタッパーの中には、長方形の黄色い塊がひとつ。



「卵焼き?」

「…の中に、ポテサラサンドを挟んで焼いてみた」

「へぇ、卵でサンドイッチ包むんだ!おもしろーい!これヒロが考えたの?」



 ヒロは少し恥ずかしそうに頷いた。



「…食べてみてくれる?感想知りたいんだ」

「いいの?じゃあ、いただきまーす」



 卵とパンの間にはケチャップが塗られていて、ホットドッグを食べている気分になる。

 卵焼きは少し甘い。

 中のポテトサラダはほんのり暖かくて、舌の上でとろけた。



「…フツーに美味しいけど」

「もっと具体的に言って」

「えぇ!?無理!食レポなんかできないって!」

「どんな小さい事でもいいから」



 ヒロが膝の上で広げた大学ノートには、絵や文字の入り混じった書き込みが、たくさんあった。

 勉強の合間にこんな事してるなんて、やっぱりヒロは頭いいんだなぁ。



「うーん…美味しいけど、ちょっと甘すぎるかな」

「どっち?卵?ポテサラ?」



 カチッとボールペンの芯を出しながら、こちらを見てくるヒロは真剣で、思わずたじろぎそうになる。



「…卵。うちの卵焼きが、だし巻きだからかもだけど」

「なるほど…食パンにも甘味はあるしな……」



 ヒロは頷きながら、それをノートに書いていった。

 ほんと、勉強熱心な奴。



「…いつか、自分の店出すの?」



 何気なくそう言ったつもりだった。



 ヒロは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたけど、すぐにそれを隠した。



「そうだな……それもいいかも」

「すごいじゃん!じゃあさ、店開いたら教えてよ!」

「あぁ、絶対来てよ。なんかサービスしてやるからさ」



 なかなかお目にかかれない、歯を見せて笑うヒロは、ほんとに無邪気だ。

 こんな顔で笑うんだって、私まで嬉しくなってきた。



「じゃあデザートがいいな!ケーキとフレンチトーストとプリンと、アイスと生クリームたっぷりのやつ!」


 ヒロは、小さく吹き出した。



「なんだよそれ…特盛りが過ぎるだろ」



 私も笑った。

 この秘密を抱えたまま。



 チャンスは来るか分からない。

 けど、ひとまず私も、焦らず待つ事にしよう。



 家に帰ると、私は本堂に直行した。

 半年前、老朽化で手がもげてしまった仏像。

 修復が終わって、昨日戻ってきたのだ。



 線香を炊き、おりんを鳴らして、手を合わせる。

 何度となくやってきた、一連の流れ。



 顔を上げると、仏様がいつもよりにっこり笑いかけてくれたように見えたけど、気のせいだろう。



 いつの間にか本堂にいたお父さんは、ずいぶん長いお参りだなぁ、と呆れて笑っていた。



 何を祈ってたのかは、もちろん私だけの秘密だ。



END



 この物語は、

『Secret of my heart』倉木麻衣 1999年リリース

 をモチーフに作成しました。

 

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