第1話 因果の■壊者 賑やかな日常が■わる――■たされた器の中で

 あれから数ヶ月経った頃、男は帝国内部に存在する革命軍に入り込んでいた。


 弟子達がどこで死んだのかを知りたかったからだ。共和国ではあの件に関する資料は完全に処分されていたため、帝国側から調べるしかなかった。


 シンギュラリティの力は、あの頃のままだ。それでも人外とも言える力は、革命軍に入り込む程度には十分に役立ってくれた。


 さらに数ヶ月が経った頃、予想だにしていなかった情報が革命軍に舞い込んだ。


『弟子の遺体、未確認。一名が帝国の研究所へ搬送された可能性あり。名前は、クラリス』


 その瞬間、時間が止まったかのように感じられた。


 男は革命軍の上層部を説き伏せ、帝国の暗部とされる第十三研究所へと向かう。



 辿り着いた場所は、冷たい金属の床、鼻をつく薬品と腐臭に支配された空間。


 革命軍の兵士たちが陽動を行っている隙に、男は研究所の最奥へと滑り込んだ。


 警備の兵を避けながら奥へと向かう。やがて巨大な培養槽が並ぶその部屋で、彼は足を止める。


「……クラ、リス?」


 そこにあったのは、もはや人と呼べるものではなかった。


 無数のケーブルが肉に直接埋め込まれ、機械と臓器が冒涜的に接合されている。透明な容器の中で、かつて愛弟子だった女は、兵器の部品として加工されていた。


 震える手でガラスに触れる。


 培養液の中で、彼女の瞼がゆっくりと動いた気がした。目が合う。


 だが、その瞳孔は開いたままで、焦点はどこにも結ばれていない。そこには恐怖も、痛みも、そして師を慕う心も残っていなかった。


 ただ、生体反応を示すだけの肉の部品。


 触れたガラスから彼女までは、ほんの僅かな距離しかない。しかし、その僅かな距離が、くつがえす事の出来ない現実となって立ちはだかっている。


 男は悟ってしまった。


 もう、その人の心に自分は映っていないことを――そして、何かが静かに折れた。


 ただ師として彼女にしてやれることは、もう一つしかないことだけは分かっていた。


 右手の指をまっすぐに伸ばし、ガラスの向こうにある、かつての弟子へと向ける。


「…………」


 何かを言いたかった気がする。だが、何も言えなかった。


 シンギュラリティの強大な力が、奔流となって放たれる音のない閃光。一瞬にして培養槽は蒸発し、研究所の隔壁ごと彼女の体を原子レベルで分解した。


 轟音と警報が鳴り響く中、男は瓦礫の中に崩れ落ちた何かを拾い上げる。


 それは奇跡的に形を留めていた、クラリスの頭部。


 なぜ、それが残ってしまったのだろうか。


 ただの偶然なのかもしれない。もしくは、なにかの因果が引き起こした必然なのかもしれない。どちらであっても、あまりにも残酷すぎる救いだ。


 男はそれを胸に抱き、その場に立ち尽くした。


 思考は白く塗りつぶされ、時間の感覚さえ消失している。


 ふ、ふふ


「おかえり、クラリス」


 何年振りだろうか。こんな温かな気持ちになれたのは。ずっと胸にあった心の穴が満たされていく。


――これは俺の全部。昔も……未来も……今も、これが……全部……。


――ああ、そうだ。……俺の全部だ。













 そして男は取り戻した。失ってしまった物を、取り返しのつかない形で。



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