第21話 因果の共鳴者 推理の完成が始まる──欠けた街の中で(0)

 学園長も、本腰を入れて動いてくれたか。


 サラスの件で「協力は惜しまない」と口にしたことに対し、後悔を噛み締めているに違いない。だが、決断が迅速だったおかげで、一日と経たぬうちに、複数の組織による合同治安部隊が派遣された。


 彼らは、すでにあの村へ辿り着いているだろうか。それとも、すでに犯人を捕まえるため、宿屋に突入しているのだろうか?


「……まぁ、あちらは俺の手を離れた案件だ。彼らを信じるとしよう」


 独りごちは、夕暮れの風にさらわれて消える。


 現在は夕刻。  名探偵アメリアの推理ショーから数時間が経っている。


 俺がいるのは、アンティナの街に点在する時計台の一つ。――その最上階で縁に腰を下ろし、眼下に広がる街並みを眺めていた。


 大地を覆うように広がる街は、この大陸において最も発展していると評されることも多い。


 この街で、最も目を引くのは、夕焼けを貫くほどの高さをもつ力の塔。力の天秤が所有するその塔と比べれば、この時計台すらも小さく思えてくる。


 その隣の区画にあるのは、叡明学園の学舎群。そして街の端には、静謐を湛えた永劫図書館。


 最後に、街の中央には、周辺諸国が街を共同統治している証である評議会議事堂が座している。


 ここには周辺国の議員も籍を置いているが、周囲を囲む三つの巨大組織――力の天秤、叡明学園、永劫図書館に睨みをきかされていて、街を好きには出来ない。


 この光景が、そのまま街の権力構造になっているのは、因果なことだと思う。


「そろそろ、時間か」


 思考の海に沈んでいる間に、世界から色彩が失われ、夜の帳が降りていた。


 夜になれば、組織の性質はより鮮明になる。権威を誇示するように煌々とライトアップされる力の塔。学生たちの活動の火がまばらに灯る叡明学園。そして、永劫図書館からは、真昼の太陽よりも鋭く冷たい、機械的とも言える光が放射されている。対して評議会の周りには、家庭などの柔らかな光が見える。


 この光と影のどこかに、誘拐の依頼者が潜んでいる。


 アメリアの推理は、冷徹なまでに正確だった。


 機軸商団の網を掻い潜るには、被害者を遠方へ移送するタイミングを慎重に計る必要がある。そして、潜伏に最も適しているのは、皮肉にもこのアンティナなのだ。膨大な人口が流動し、あらゆる痕跡が他者の足跡に紛れて消えていく。


 何よりこの街には、巨大な三つの組織がお互いを意識しすぎて生じた、治安の空白地帯が存在する。犯人はそこを突き、捜査の及ばぬ絶対安全圏だと踏んだわけだ。


 実際、その読みは正鵠を射ている。


 アビト村は街の外にあるため、権限の衝突が起こらなかった。だがアンティナの街内部であれば――まぁ、よい結果にならないのは確かだ。少なくとも内部の対立を利用され、情報が筒抜けになる程度の事は起こるだろう。


 ゆえに、アメリアが特定した六箇所の潜伏候補地を、治安部隊に監視させるのは避けたい。


 そして、秘密裏に動くべき俺たちの組織――アンティナ同好会には、今のところ俺とアメリアしかいない。


 他にも金で人を雇うという手もあるが、それは賢者の異変に気付かれる可能性があるから、使うわけにはいかない手だ。


 ならば、答えは一つ。


「俺が、六箇所すべてを一人で監視すればいい」


 俺は、左手の革手袋に指をかけた。


 体育の授業でも、酷暑の日でも、決して外すことのなかったものだ。正確には、外すわけにはいかなかった。


 手袋を外し、時計台の冷えた石材の上に置く。 外気に触れた手の甲には、僅かな体温の上昇に反応し、ナノマシンが描く銀色のラインが回路のように明滅していた。


 ゆっくりと、その手を顔に当てる。


 ──アクセス接続


 ナノマシンの活性度を強制的に引き上げると、指先から這い上がる銀光が、幾何学模様を描きながら顔面を覆っていく。


 手と顔の表皮から染み出したナノマシンが凝固する。それは瞬く間に、感情を排した銀色の顔を覆い尽くす仮面へと変貌した。


 仮面のデバイス機能で、虚室に待機させているマキナへ接続する。


 脳幹に何かが入りこむような違和感と共に、俺専用のマキナであるシンギュラリティとのアクセス率が跳ね上がっていく。


 心臓の音が異様なほど大きく跳ねた。直後、体の内側から熱い奔流が溢れ出す。シンギュラリティから供給される膨大なエネルギーをナノマシンが受け止め、本来の状態へと強制的に活性化していく証だ。


 そして旧き世界の因果が俺に纏わりつき、俺の存在を侵食していくのを感じる。


 贅沢を言える身分ではないが、いい気分ではない。人間としての定義を強制的に書き変えられ、別の何かに作り直されるような、吐き気を催す全能感。そんなまがい物の万能感に心底苛立たされる。


 変化は衣服にも及ぶ。 あらかじめ服に仕込んであった餌となる素材をナノマシンが喰い、新たな形状を再構成していく。制服が身体のラインに吸い付くような漆黒のタクティカルスーツへと収束し、間髪入れず、その上から厚手のハーフコートが羽織られ、夜風に揺れた。


 仮面が銀色から深い黒へと沈むと共に、髪は一本一本がナノマシンに包まれた銀に。同時に銀色のラインがスーツ全体に走った。


 俺は、街を見下ろす。


 ここは時計台の姿をした監視塔。賢者時代に築いた、街を監視し敵を見つけ出すための塔。ここからであれば、標的の六箇所がすべて視界に入る。


 ナノマシンによって強化された視神経は、遥か遠方まで認識できる。


 もはや、夜の闇など存在しないに等しい。街を行き交う人々の、表情の機微まで克明に判別できる。


 アメリアの推理によれば、もうじき犯人たちが逃げようと動き出す頃だ。


 指定された六箇所を、監視し続ける。


 やがて路地裏にある一軒の扉が開いた。不自然なほどに周囲を警戒し、男が一人、歩速を乱して歩きだす。


 俺は一度、瞳を閉じる。再び開いた今、この瞳には銀色の光が宿っていることだろう。


 視界が変わった。


 分子ではなく、因果の世界を今は見ている。それは因果文字と呼ばれる不可視の象徴で構築された、因果律の世界。


 相変わらず、情報量が多過ぎて、意識が一秒ごとに削り取られているような感覚すらある。


 人の呼吸は拡がり、街灯の光は鋭く、空の星は散らばり、街に被さる闇はどこまでも続く。世界のすべてが、因果文字という名の象徴によって構成し直されていた。


 視界の端々で、文字が集まり、うごめき、歪な球体を作り出している。因果の歪み――その場に相応しくない事象が生じる際、世界が上げる悲鳴のようなものだ。


 アメリアが推理した六つのアジト候補。その中の一つに、この歪みが異常な密度で群生している。


 やはり、ここか。もっとも注視すべき正解は──。


 一点に意識を研ぎ澄ませて、数分。一人の男が、逃げるように建物から這い出してきた。


 長くこの力を使っているが、因果文字の意味を完全に把握するまでには至っていない。だが、そこに込められた強い感情の意味ならば、嫌でも伝わってくる。


「……焦り、不安、罪悪感、迷い、それらを覆い隠すほどに強い覚悟。──っ」


 感情が持つ意味の奔流が、毒のように脳を焼く。


 込み上げる吐き気を押し殺し、世界の認識を、因果から物質へと強制的に引き戻した。


 これには、未だに慣れないが……


「……見つけた」


 やはりアメリアの頭脳は心強い。だが敵対したら面倒そうだ。


 なら──


「アイツの名推理に、最高の花を添えてやるとしよう。……もっとも、日陰に咲く毒花しか用意できないがな」


 ──約束をしっかりと守って、ご機嫌をとっておくとしよう。


 自分への皮肉を込めて小さく笑うと、俺は時計台の縁を蹴り、夜の深淵へと身を投げた。


 重力から解き放たれた感覚の中、ハーフコートの裾を翻しながら、施設の屋根を駆ける。


 表舞台で動くのは、合同治安部隊の役目だ。彼らが協力して事件を解決したという実績こそが、権力の空白を埋める楔となる。


 だが、彼らに足枷がつくこの街では俺が動く。


 監視塔としての時計台。そして、移動手段として施設の上に張り巡らせた見えざる道。これらすべては、過去に俺が役目を果たすために用意した舞台。


 毎回ゲストは違うが、今日はお前にこの舞台に立ってもらおう。


 夜の闇が俺を隠す。この闇の中で、一緒に推理劇の最終章を演じようか、犯人君。

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