第20話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(9)

 アメリアが最後に示したのは、卓上の端に積み上げられた膨大な紙の山だった。


 「他にもお伝えしたいことはありますが……各組織から提供された資料に全て書かれています。後ほど、お時間のある際にご確認ください」


 用紙の横幅の何倍も高く、今にも崩れそうなほどに高い。とにかく高い。窓から差し込む陽光がその山のごとき巨大な影を床に落としており、もはや威圧感しか感じない。――よし、忘れよう。


 だが、一つ気になったことがある。


 アメリア、お前。部屋に籠っている間に、推理の大半を完成させていたんじゃないだろうな? まさかアビト村へ行ったのは、ただの答え合わせだった……とか。


 そう考えれば、あらかじめ目を通すべき資料を絞り込めていたということになる。……なんだ、それなら安心だ。


 ……いや、待て。俺の感覚が麻痺しているだけで、どこにも安心する要素なんてなかった。控えめに評価しても、俺が思っていたより相当な――とんでもない危険人物にしかならないぞ。


「最後に、一つだけ。……叡明学園は生徒の性格と失踪者リストを。評議会は犯罪者の前科情報を。力の天秤や永劫図書館もまた、独自に誘拐事件の調査を進め、ギルド職員の不審な勤怠記録を掴んでいました。しかし、それらの断片的な真実は、決して共有されることがなかった」


 卓上に積み上げられた膨大な資料こそが、彼女の言葉が正しいという証拠だ。それを読み込んだ彼女にとっては、事の重大さを目の前に叩きつけられたようなものか。


「これは、それぞれの組織が互いに領分を侵さぬよう遠慮し合った結果……ひょっとすると、謀略の賢者の影を恐れるあまり、組織の壁を越える勇気を持てなかったのかもしれません。その絶望的な情報の断絶こそが、犯人たちにとって最高の隠れ蓑となっていたのです」


 グフッ!


 まさか、推理後にこんな強烈な一撃を喰らうとは。


「さて、リクアさん。これらはあくまで私の構築した仮説に過ぎません。しかし――無数に存在する事実の中から共通点を見出し、それを論理をもって繋ぎ合わせて、仮説という形を得たのなら、それは推理となる。そして合理性のある推理であれば、裏付けのために労力を割く価値があると言えるのではないでしょうか?」


 問いかけは丁寧だが、その声に想いの揺らぎなど微塵も感じられない。


 その通りだ。推理とは仮説の積み上げ。ここから先は、限られたリソースを裏付けに投じて「事実」へと至らせる工程が始まる。


 すなわち、推理はスタート地点をつくる作業。


 そしてスタート地点から走る選手は治安部隊――探偵ではない。


「真の黒幕と言えるのは、依頼人であると私は考えています。現時点で個人の特定には至っていませんが、その人物がどこに潜伏し、いかなる組織に属しているかについては……すでにおおよその見当がついています」


 あとは所定の位置に網を張っていれば、勝手に犯人を捕まえられる段階にあるということか。つくづく恐ろしいと感じるよ。


「私の推理が正かったと仮定します。もしも犯人を確実に捕らえることを望むのであれば――」


 普段とは違う、感情の冷え切った雰囲気で淡々と告げていく。俺には、この先なにを言おうとしているのかが分かった。


 その言葉を非難する者もいるだろう。だが、推理に情を挟み、視界を濁らせるわけにはいかない。それは推理の後始末においても同じだ。


「――現在囚われている被害者を見捨て、次の誘拐事件が起こるのを待つのが最善です。すでに黒幕はキッカケさえあれば個人を特定できる段階にあるからです。相手が次に動いた瞬間、それが逃れようのない証拠となるので、捕まえるのは難しくありません」


 徹底的に効率と確実性を求めるのなら、それが唯一の正解になるだろうな。


「しかし、リクアさんは、それを望まないでしょう。……ですから、私の仕事はここまでです」


 名探偵はそっと目を閉じる。それは探偵の重荷を下ろした証のように感じられた。


「リクアさん。……私の推理に、貴方の理想を添えては頂けませんか? 推理だけでは届かない結末を、プレゼントして頂けませんか?」


 彼女の視線は、まっすぐだった。


 猫耳カチューシャを着用し、フリルに包まれた黒いゴスロリ姿という頭のおかしな姿をした俺を。あざとく、滑稽なはずの俺を、彼女は一切逸らさずに見つめている。


 羞恥に染まっていたはずの瞳に宿っていたのは、淡い期待だろうか。


 俺は知っているぞ。人が自分にできないことを頼むのは、相手ならそれが出来ると信じているからだということを。


 なあ、お前は俺になにを見ている?


 滑稽な姿をした少女か、それとも賢者の影――どっちだ。


 俺はアメリアの瞳を見つめ返す。この期待には、正面から向き合いたい。せめて、このふざけた格好を少しでも正そうと、頭上の猫耳へ手を伸ばした――そのとき。


「……プ、フフッ」


 アメリアが吹いた。


 この猫耳が、賢者の影を消し飛ばしやがった!!


 確かに賢者の影を知られるのは避けなければならない。それは私情を持ちこんではならない絶対的な方針だ。しかし、これは絶対に納得しちゃいけない種類の解決方法だぞ!


「はあぁぁ――」


 俺は心の底から重い溜息を吐き出すと、もはや吹っ切れた思いで言い放った。


「……こんなふざけた格好のわたしを、信じてくれるのなら。アメリアの推理を、最高の花とリボンで飾ってあげるよ。おまけで猫耳も付けようか?」


 声が裏返りそうになるのを必死に抑えてカッコをつける。だが格好をつけようとすればするほど、フリルが揺れて、情けなさが増していく。


「ええ……。リクアさんのことを、信じますよ。どんな……フフ、どんな格好をしていらしても……っ」


 お前、もう笑いを堪え切れてないじゃないか。


 賢者の影が跡形もなくなっていないか?――もういい。


 ふっ。


 変な笑いが出てしまった。本当に、もうどうでもいい。


 俺は両手を胸元へ引き寄せ、指を曲げて心からの言葉を贈った。


「……ありがとうニャン♪」


 アメリアとサラスは笑いの渦に沈んだ。俺の気分は地の底まで沈んだ。


 ただ一人、クラリスだけが、頬を染めて恍惚とした表情で俺を見つめていた。


 それが、せめてもの救いだった……それ以上に怖かったが。

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