第19話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(8)
「では、なぜ私が宿屋の主人を誘拐に関わっていると考えたのか? それは例のギルド職員が、不自然なほど高い頻度でこの宿屋を利用しているからです」
ん? 俺は思考の端を何かが動かした。それが猫耳でないのは確かだ。
「犯人候補であるギルド職員は、本来であれば職場である冒険者ギルドのすぐ近くに自宅を構えています。一人暮らしですから、家庭の事情で家に居づらいという道理もありません。ですが彼は、わざわざ自宅に帰らず遠く離れた宿屋に、執拗に泊まり込んでいる。一人暮らしの寂しさを紛らわせるため、という釈明も可能でしょうが……それにしても頻度が多すぎるのです」
……。
非常に言いにくいのだが、宿屋の主人と、その……特別な仲だった可能性もゼロではないよな。そう邪推してしまうのは、俺の感性が腐っているからだろうか。
「本人の弁によれば気分転換のためとのことですが、これは第三者が深く踏み込みにくい、実に妥当な言い訳です。ですが、その頻度が跳ね上がっている時期が、過去に何度か見受けられます」
そうか、一人になりたい時、あるいは誰にも見られたくない時はある。
今の俺のように、妙な想像をしてしまい、居た堪れない気分になっている時とかな。
……いや、あの親父どもも、何か誰にも見られたくない秘密をきっかけに、心の距離が近付いたのかもしれないな。……やめろ、考えるな俺。
「そして、ここからが本題です。学園の資料には、宿屋の主人の証言と宿帳を元にした、ギルド職員の宿泊記録が記されています。しかし、別の組織が独自にまとめた宿屋の利用客に関する村人の目撃証言を照らし合わせると……奇妙な事実が浮かび上がりました。主人が証言した滞在日数と、村人たちが彼を目撃した日数が、特定の時期だけ大きく食い違っているのです」
なるほど。つまり、帳簿上は泊まっていないはずの日に、彼は宿にいた。あるいはその逆か。いずれにせよ、密会の隠蔽だ。
「さらに別の資料では、ギルド職員の姿が複数の村人に目撃されている日があるにもかかわらず、学園側の資料の中にある、宿帳の写しにはその記録が一切残っていない日もありました」
バラバラに散らばった権力の空白地帯が生んだ、組織ごとの情報の不一致。それが、ここではプラスに働いたわけか。管理体制の
要するに、おっさん二人が口裏を合わせて、公式な記録を改ざんした……ということか。
「この矛盾した宿泊期間こそ、犯行の緻密な打ち合わせが行われていた時期だと私は推測します。宿屋に泊まるという行為は、頻度にさえ気をつければ、外部からはごく自然な客に見えます。ですが犯罪を企図する場合、これほど便利な隠れ蓑はありません」
すまん、アメリア。
……一度、変な方向へ思考が滑り出してから止まらなくなっているんだ。
宿屋の一室で、むさ苦しいおっさん二人がベッドの上で膝を突き合わせ、密会を重ねている光景が脳裏に焼き付いて離れない。
「宿屋を拠点にすることには、極めて高い合理性があります。衆人環視を避け、客のふりをして計画の微調整を行う。さらに、リーンさん達が略奪した金品の売買や受け渡しも、宿泊客の荷物という名目で行えば怪しまれずに完結できる。何より、宿泊代という名目で金を支払えば、犯罪で得た資金を合法的に主人側へ還流することすら可能となります」
……頼む、毛布にくるまって抱き合っているおっさんたちの幻影を、俺の頭から追い払ってくれ。
「さて、ここで疑問が残ります。宿屋の主人が、わざわざギルド職員という仲介者を通さず、直接リーンさん達を指揮すれば、手元に残る報酬はもっと増えたはずです。なぜ、彼はそうしなかったのか」
そうだ、いっそリーンもそこに混ぜれば――いかん、最悪だ。アイツと一緒にいたあのゴツイ冒険者二人まで、おっさんたちの抱擁に乱入してくる地獄絵図が見え始めた。
「これは主人の慎重な性格も関係しているでしょうが、それ以上に、リーンさん達の能力に致命的な問題があったからだと思われます」
俺はたまらず、頭に乗せたカチューシャの猫耳にそっと触れてみた。
……驚くほど手触りがいいな。指先に伝わる柔らかな毛並みの感触が、脳内の不浄なイメージを中和していく。おかげで少し落ち着いてきた。
まさか人生で、猫耳に精神を救われる日が来るとは。
「ここで改めて、調査書に記されたリーンさん達の詳細な情報をお伝えしておきます」
大丈夫だ。俺には、この猫耳の感触がある(もはや半ばトランス状態だ)。
「彼女たちは普段から酒に溺れている、いわゆるゴロつきです。捜査資料による周囲の評価も燦憺たるもので、『緻密な誘拐計画を立案・遂行できる知的能力があるとは到底思えない』と断じられています」
公文書で無能と太鼓判を押されるとはな。この事件で公的に証明されたのは、連中の「がめつさ」と「無能さ」だけか。……いや、エレナのがめつさも含めて、集めた資料は個人の欠点に対して容赦がなさすぎのような気が……。
俺は虚無感を紛らわせるように、無心で猫耳を撫で続けた。
「フフッ……。し、失礼しました」
あ。真面目な顔で解説していたアメリアが、俺の挙動に耐えきれず吹き出した。悪い、変なタイミングで笑わせてしまったな。
「……コホン。彼女たちには、過去に『護衛対象の情報を山賊に流そうとした』という前科も記載されています。ですが結局、その山賊との密談を護衛対象である商人に立ち聞きされたそうです。その後、報告を受けた治安部隊の資料によれば、リーンさん達を山賊をおびき寄せる餌として利用させてもらった……とも書かれていますね」
アメリアを不意に笑わせてしまった気まずさと、羞恥心を誤魔化すには、冷徹な分析に没頭するのが一番だ。俺は意識的に思考の歯車を論理の方向へ回した。
「それに、彼女たちが我々を眠らせて接近した際に放った言葉――『学園には、世間知らずのお嬢ちゃん達ばかりみたいだねー。また騙されるなんて』という発言。これも、裏稼業の人間としては詰めが甘すぎます」
さらりと、アメリアはそう言い放った。
……待て。俺は思考の端を掴んだまま、動きを止めた。
お前、まさか、あの極限状態に近い現場で、犯人が口にした言葉を一字一句、違わずに記憶しているのか?
その驚愕を悟られぬよう、俺は無言で猫耳を撫でる指先に力を込める。
「宿屋の主人が裏の仕事を請け負う手練れであるなら、こうしたリーンさんたちの口の軽さを知らないはずがありません。むしろギルド職員も、その致命的なまでの迂闊さを熟知した上で、いざという時には即座に切り捨てられる便利な駒であると考えていたかもしれませんね」
たしかに、その通りだ。
もし主人が裏ギルドの生き残りなら、アメリアの分析は的を射ている。
だが、知らないのか。それとも、あえて言わないのか。
実情はもっと残酷だろう。裏の組織にとって、外部から雇った人間は「いざという時に切り捨てる」ものではない。「いざという時」が訪れる前に、足がつく要素として事前に排除しておくのが当たり前なのだから。
余計な手間が増えなくてよかった。この辺りを口にしていたら、アメリアについて調べ直す手間が増えていただろう。
「主人は彼女たちに、金品を奪ったら即座に逃走せよと厳命していたはずです。誘拐の決定的な瞬間を彼女たちに見せないようにし、真の誘拐犯が誰なのかを悟らせないように細工をした。リーンさんたちのような連中を沈黙させ、あるいは脅迫して操る方法など、いくらでも手段があったことでしょう」
ふと、アメリアの影が足元で一段と濃くなったような錯覚を覚えた。アメリア、お前……リーン達が自分を誘拐しようとしたことを相当根に持っているな。
そうか。根に持つタイプか。と、動揺する心を猫耳を撫でることで慰めておいた。
「それと、例のギルド職員の方についてですが、資料には直接の記載はなかったのですが、複数の資料を比較した結果、リーンさん達に便宜を図った痕跡をいくつか発見しましたので、全くの他人ということはないでしょう」
宿屋の主人が、本当にそれだけの事をしていたのなら、他にも村には協力者がいるかもしれない。
この辺りも、治安部隊が動く際には伝えるべき内容だろう。
「ここまでは推測を重ねた妥当な考えに過ぎません。最後に推測を推理に押し上げるための物的証拠を提示させて頂きます」
そんな物があったのか。
「花や土というのは、踏んだ痕跡が残るものです。さらに言えば、花の群生地の上で倒れた場合、その痕跡も残ります。そうですね――例えば、誘拐する際に毛布で被害者を包んだ場合も、花に毛布が触れれば不自然な痕跡が残るものです」
ちょっと待て。その話の流れだと、あの誘拐されかけた状況で、物的証拠を拾ってきたことになるんだが。
「これは被害者が誘拐犯に運び出された、サンイーリフの群生地にも言えることです。エレナさんが運び出されたなんらかの痕跡が残っているはずだと考えました」
本当に、あの状況で拾ってきたのか?
やばい。この貧弱な体では、興奮しすぎるとやばいことになる。猫耳を触って落ち着こう。
「その痕跡の一つが、この花です。いくつも採取してありますので、こちらは手にとってご確認ください」
渡された花をよく見ると、琥珀色の――お前、どの段階で、これに気付いていた。
少なくとも、俺がサンイーリフの蜜の採取方法について教えるまでは、反応を思い出す限り知らなかったはずだ。
なら、採取方法を教えてから、僅かな間でこの可能性に気付いていたのか。
「サンイーリフは、雨の後に布を当てるだけで蜜が採れるほど繊細な花です。あの日、雨の中でエレナさんを毛布に包んで運び出した際、毛布はこの花弁に密着し、図らずも蜜の収穫と同じプロセスを行ってしまった。見てください。この花弁にこびり付いた繊維を。乾燥した蜜によって固定されています」
琥珀色に結晶化した蜜の中に、微かな繊維が混じっている。
これなら専門家が見れば、染料のムラや毛玉の形状、果ては付着した洗剤の成分から、出所の特定すら可能だろう。
誘拐に使い古した毛布を用いるのは、裏稼業の定石だ。
購入履歴を辿れず、汚れたら捨てればいい。何より、使い古され柔らかくなった繊維は、被害者を包んだ際に隙間なく体に馴染み、暴れる声を吸い、その輪郭を殺す。
誘拐に手慣れたプロだからこそ、この利便性を熟知していたはずだ。
「ある協力者を通して、サンイーリフの群生地の周辺を調べてみました。その結果、近くの小屋の床下に毛布が何枚か隠されていました。この毛布で被害者を包んだ後、そのまま村とは違う場所に、樽などに入れて荷物に偽装して運んでいたと推測しています」
ある協力者を通して――って、誰だ?
協力者の前提は、アンティナ同好会の裏側がバレない相手。もしくは、バレても問題のない相手。
そんな都合のいい協力者を、村で得たとは考えにくい。なら、その前から接触していたと考えるべきだ。
さらに、大半の時間を一緒にいた俺に知られることなく接触できる相手――そうか、同じ宿に泊まっていた。付け加えるのなら、乗合馬車に同乗した客の一人だ。
何人かの同乗者と話していたのは、関係を疑われたとき、馬車で仲良くなったという言い訳を作るためだったのか。
「小屋からサンイーリフの群生地までは、毛布を持って移動するのにはためらわれる距離なので、無意味に群生地まで毛布を持ち出すことは考えにくい――それなのに毛布には、サンイーリフの蜜が染み込んだ痕跡が残っていました。よって誘拐事件と深い関係があると見て、毛布をより詳しく調べる必要があると考えます」
だが、もう一つ分からないことがある。どのように、都合のいい協力者を得たのかという点だ。
アメリアが自分で協力者を用意できるのだろうか?裏側の情報を漏らさない人間を見つけるなど。
出来ないとは言わない。だが、もっと合理的な方法がある。
──そうか、お前だな。
「クラリスさんが、協力者なの?」
くっ、気がせいているときに、言葉遣いを女の子っぽくするのは負担が大きいな。
だが、考えてみれば、クラリスとアメリアは、この店で会ったというのは俺の先入観でしかなかった。
一緒に来たサラスに連れられてだと思っていたが、本当にそうなのか? 俺は何も確認していなかった。
初めてアメリアがこの店に来たとき、こう言っていた。
あの時は、猫耳が軽いトラウマになったせいで、それが接着剤になったのか、よ~く覚えている。
『拠点の場所をお伝えするのは早い方がいいと考えまして、お二人をお呼びしておきました』
サラスを通して呼んだとは言っていない。二人と言ったのなら、それぞれ別に連絡を入れたとも考えられる。
「正確には、協力者を紹介したのですけどね。協力者が誰なのかは、『お姉ちゃん大好き』って言って下さったら、喜んで教えますよ」
ものすごくいい笑顔だな、おい。
「……考えさせて」
失う物がデカ過ぎて、即決できない取引を持ちかけられた。
「でしたら一つヒントを。私の師が元気になる薬をたくさん飲ませた方の一人ですよ」
人数が多過ぎて誰か分からん。
だが、この物的証拠があれば、ほとんど確定的だ。
「報告は、以上です。今回の事件は、使い捨ての実行犯と真の首謀者を切り離した『多重構造誘拐事件』と呼ぶべきもの。それが、私の導き出した推理です」
アメリアはそう締めくくると共に、ようやく肩の力を抜いたようにみえた。
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