第18話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(7)
「今回の誘拐事件は、四人の人物がそれぞれ主要な役割を分担することで成立しています」
四人――。思っていたよりも数が多い。複数犯だとは予想していたが、アメリアの口ぶりからすれば、単なる協力者以上の関係だろう。誰一人欠けてもこの犯罪は成立しないほどの。
「その四人とは。冒険者のリーン、ギルド職員、宿屋の主人、そして――サンイーリフの蜜の情報をエレナさんに伝えた人物です。彼らが果たした役割を、個別に整理しましょう」
アメリアが淡々と告げる役割分担は、あまりにも整然としていた。
リーンたち冒険者は、被害者をサンイーリフの群生地まで誘導する。
ギルド職員は、リーンたちに案内の指示を出す。彼女たちのサポートとして、アリバイの偽証、略奪した金品の売買をする。
宿屋の主人は、依頼人とギルド職員とを繋ぐ仲介役。同時に、被害者を村の外へと運び出す誘拐の実行犯。
依頼人は、宿屋の主人に誘拐の依頼を出した人物。
そして、誘拐事件の全容を描いた筋書きそのものが、この依頼人によるものであるともアメリアは告げた。
「まず、サンイーリフの蜜について吹き込んだ人物……便宜上、ここでは依頼人と呼びますが、この人物だけは、他の三名とは立場が異なると推測されます。この人物は依頼を出しただけで、実際の犯行には関わっていない。そう判断する理由を述べさせて頂きます」
この辺りは、事件の裏側にある思惑が一つなのか、複数なのかに関わってくるからな。どちらであるかによって、事件の見るべき点を変えなければ判断を誤りかねない。
「考えてもみてください。エレナさんの様な反射神経のギフテッドを誘拐しても、このアビト村には利益に繋がる仕事をする環境がありません。せいぜい腕の良い冒険者か狩人として使い潰すのが関の山です。その程度の目的のために、三回も続けてギフテッドを誘拐する必要はありません」
ギフテッドの誘拐事件は、組織的な犯行が真っ先に疑われる大きな理由の一つだな。
どんなに鉱山を得ても、販路がなければ道端の石ころと同じ価値しかない。
才能を利益に変えられるのは、それを搾取できる環境を既に持っている奴に限られる。
「また、主犯に近い立ち位置のギルド職員と宿屋の主人の二名ですが、資料によれば、彼らが最近村を離れたという記録は一切ありません。よって記録漏れがない限り、彼らがアビト村の外でエレナさんに接触し、蜜の情報を伝えるのは物理的に不可能だということです。もちろん代理人を使った可能性も否定はできませんが」
アメリアは、「ですが」と言葉を継ぐ。
「代理人を挟んでまで小規模な村で誘拐を繰り返すのは、露呈するリスクとコストを天秤にかけた際、あまりに非合理的です」
それが許されるのは、一度限りの犯行で別の土地へ逃げ出す場合くらいだ。三回も同じ場所で繰り返している以上、その線は薄い。
「このように引き算で考えると、この依頼人が、実行犯たちの組織とは、独立した立場であることが見えてくるのです」
実行犯としても、依頼人に余計な情報を与えたくはないはずだ。逆に依頼人も、実行犯に己の情報を握らせたくはない。
互いの素性を知らなければ、一方が捕まった際、もう片方にまで捕縛の手が伸びるリスクを最小限に抑えられるからな。
間に代理人を挟めば、それだけ情報流出の経路が増える。そんなリスクを冒してまで代理人を置くメリットは、この状況ではないということか。
「ただし、依頼人は、エレナさんを誘拐する際、蜜の情報を流すなどの準備を予め行い、手応えを感じた後で依頼を出していたと考えられます。その点も、併せてお伝えさせて頂きます」
確かに、その形であれば、面識のない他人同士でも役割分担が成立する。
依頼型犯罪の最も厄介な性質が、これ以上ないほど露骨に表れているな。実行犯が依頼人の素性を知らない以上、彼らを捕らえても黒幕まで辿り着く道は、端から断たれている。
「次に、宿屋の主人についてです。彼は、誘拐などの計画を立てて、ギルド職員に手伝わせていた。というのが、私の考えです」
この宿屋の主人、相当な悪党だろうな。
考えられるのは、犯罪を請け負う裏ギルドか、それに準ずる組織に属しているといったところか。
アンティナという地は、政治的に不安定な時期が長く続いたせいで、そういった連中も多かった。
おかげで、あの頃は安価な労働力の確保には困らなかったが……よし、今のうちに、あの時に使った元気になる薬を用意しておくか。
「アビト村には、宿屋が一軒しかありません。ですから外から来た方は、必然的にそこへ足を踏み入れる。誘拐対象を監視し、その行動を把握し続けるのは、彼にとって造作もないことでした。また、彼は宿の部屋を貸すことを対価として人を雇うこともできます」
確かに、村で唯一の宿なら、空室を遊ばせておくよりは、それを報酬に小間使いを雇う方が合理的だ。
宿屋の主人からすれば、支払う報酬は少なくて済む。一方で仕事を受けた側は、置かれている環境にもよるが、十分な報酬となる。
「雇われた人は、乗合馬車が来たことを知らせる見張り、あるいは誘拐事件などの犯罪を調べている人間がいないかの情報提供などをしていたはずです」
内容としては、ささいな仕事だ。これなら、部屋を報酬として貸すと言えば、冒険者辺りなら喜んで受けたことだろう。
「乗合馬車の確認については、客が来る前に準備をしておくためと言えばよいでしょう。犯罪の噂については悪い噂が立てば経営に差し支えるから自衛のためだと言えます。雇われる側も、それが犯罪に協力する行為だとは、想像もしないでしょう」
割のいい小遣い稼ぎを探している連中が、雇い主の不興を買ってまでその意図を深く追及することはないだろう。
「これは各組織ごとに情報が散らばっているのですが、現に宿屋で小遣い稼ぎとして、簡単な仕事をもらったという証言がいくつか上がっています」
このやり方は、昔、俺が潰した「大手」とよく似ている。
表向きはまっとうな商売を営み、その裏で悪事の仲介を行う。何より厄介なのは、普通の仕事に見える小遣い稼ぎを通して、一般人を無自覚な協力者に仕立て上げる点にある。
「証言者は村人から、他の地域から流れてきた冒険者まで様々ですが、その根は一つに繋がっている……」
(やはり、薬は少し多めに用意しておくか)
昔は、途中からわけのわからないことを叫び始めたり、虚ろな目をして何も言わなくなったりと、全員――いや、一部だ。うん、一部だったな。だが、今ならもう少し上手に使えると思う。――たぶん。
「今お伝えしたのは、あくまで彼が誘拐犯だった場合に、宿屋の主人という立場がいかに便利であるかという理由に過ぎません。これらは彼を犯人と断定する、決定的な証拠にはなり得ない。そこが、この方の巧妙なところでもあります」
そう。これは疑うきっかけ、あるいは推理の導線にするには十分だ。しかし、これだけでは決め手に欠ける。
まだ論理の手は、事実に届いてはいない。
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