第17話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(6)

 喫茶店 陽月房の静かな店内で、アメリアの推理は続いていた。


「宿屋で休んだ後、エレナさんは雑貨屋に向かいますが、ここでも不自然な行動をとります――彼女の目的を知っている私たちにとっては、自然な行動であると分かりますが」


 俺たちを見据えた彼女の瞳に、迷いの色はない。


「エレナさんはその店で、重要度の高い『ヒンギスの実』を予約に留めています。店主に前金を支払った事実は、調査書にも記録されていますね。その上で彼女は、サンイーリフの蜜を採るための三重構造の布と、保存用の小瓶を数本購入して店を後にしました」


 アメリアの声が、店内の空気を冷たく震わせる。


「ここまでが調査書に書かれたエレナさんの足跡です。これ以降の記述が途絶えている以上、彼女はこの直後に誘拐されたと考えていいでしょう」


 雑貨屋を出た後、何が起きたのか――。


 俺とアメリアを眠らせたリーン達が関わっているのは、まずは間違いないだろう。しかし、事件の全容を描くには、あまりに空白が多すぎる。


「ここで強調しておきたい点があります。宿屋で体を休めた直後、真っ直ぐ雑貨屋へ行き、迷わず道具だけを買った……調査資料からは、そう読み取れます」


 迷わず道具を揃えた、か。宿屋から雑貨屋までは目と鼻の先だ。


 なら、歩きながら思いついたと考えるよりも、宿を出る時点ですでに購入を決めていたと考える方が自然だろう。


「エレナさんについてですが、足跡を辿る限り、お金に執……オホン、お金にシビアな方のようです。よって雑貨屋で必要な道具を購入した時点で、蜜を手に入れられるという確信があった。そう断じていいでしょう」


 公式な資料に書かれたということは、金にガメついと、公的に認められたということか。なかなか哀れな子だな。


「購入した布と小瓶の総額についても、不自然な点があります。その金額は、アンティナとアビト村における『ヒンギスの実』の価格差と、ほぼ同額でした」


 差額と同じ――偶然と切り捨てるには、あまりに出来すぎている。


「さて、ここからは推論となります。エレナさんはサンイーリフの蜜を採りに行った。この前提で考えた場合、不自然な点が生まれます。――どの調査書にも、彼女が『森へ向かった』という目撃証言が、一行たりとも記されていないのです」


 俺も記憶を辿るが、アメリアの言う通りだ。資料には、彼女と森を関連付ける記述は一切なかった。


「アビト村は、地面が舗装されている場所が限られています。私たちが歩いた際も、雨上がりで足元はぬかるんでいました。それが原因で、村人の外出そのものが極端に少なかった……という可能性はあります」


 村の中では、俺も完全に油断していて、靴が酷いことになったな。


「実際、私とリクアさんが雨上がりの村を歩いた際も、住民の方とすれ違うことは一度もありませんでした」


 まぁ、リーン達には遭ったがな。――と、いうのは揚げ足取りか。


「これは憶測なのですが、アビト村には森に向かうための『近道』があったのではないでしょうか。例えば、宿屋から外を見たとき、冒険者ギルドの裏に、廃墟同然の建物が並んだ区画がありました。その先は森でしたから、あそこが怪しい。……憶測になってしまい、すみません」


 それ、ほとんど答えが出ていないか?


「その隠れ道を使って森へ辿り着いたエレナさんは、そこでリーンという冒険者が率いるパーティーと合流した。彼女たちは、エレナさんに蜜について吹き込んだ何者かが、案内人として用意したのでしょう」


 人の目が少ない道を使った先で、リーン達と合流ね。ずいぶん犯行に都合のいい偶然だ。もっとも、偶然とは限らないが。


「しかし、リーンさんたちには、アリバイがあります」


 この辺りは、俺も確認していなかった。


「調査書によれば、彼女たちはエレナさんが宿を出た時間帯、冒険者ギルドでお酒を飲んでいたと記録されています」


 やはり、アメリアは調査書の内容をすべて頭に入れているらしい。語られる言葉に、視線の揺らぎ一つ見当たらない。


「ですが、ここには決定的な不自然さが潜んでいます。裏付けを行っているのはギルド職員の二名だけ。同じ場所でお酒を飲んでいたはずの他の冒険者たちからは、彼女たちを見たという話が、一つも出てこないのです」


 二名──口裏を合わせるのは難しくない人数か。


「『冒険者たちは酒で注意力が散漫だった』という言い訳は通用しません。彼らの飲んでいたお酒は、アルコールがほとんど入っていない、香辛料などで似せてあるだけの飲み物なのですから」


 アメリアもあの酒もどきの正体に気づいていたか。


 しかし、あの紛い物。名前と味を整えて流通させれば、ギルドの裏事情を掌握する良い道具になりそうだ。……後でコウルにでも相談しておくか。


「これで、職員による証言は、虚偽である可能性が極めて高まりました。そしてこの職員二名は上司と部下の関係。部下の方は、以前リクアさんが依頼を持ちかけた際に対応した男性です。あの時、彼は妙に落ち着かない反応を見せていましたね」


 脳裏に、あの男の落ち着かない様子が浮かんだ。


「その後の展開は、私たちが経験した通りでしょう。群生地に着いたエレナさんは、採取を始める。ですが、薬品によって発生した眠り薬で意識を失う。そしてリーンさん達によって――森の中で金品を奪われた」


「……は?」


 やべっ。驚いて、地が出かかった。


「誘拐するのなら、金品ごと運んでから奪った方が安全だと思うけど」


 アメリアが少し意外そうに目を瞬かせた。


「リクアさんの仰る通りです」


 なんとか、動揺は抑えられたか? 大丈夫だよな?


「ですが、それこそがこの事件の歪なところなのです。私は、リーンさんたちはあくまで強奪が目的で、エレナさんを拉致した実行犯は別に存在すると考えています」


 アメリアの言葉に、俺はリーンたちのあの粗野な顔を思い浮かべた。確かに、あの連中に複雑な計画を完遂する忍耐力があるとは思えない。計画を立てる知恵だけでなく、指示を忠実に守り通す自制心が欠如している印象だ。


「では、本当にリーンさん達は誘拐犯ではないのか? 答えは否――彼女たちは犯行の一部に加担しているに過ぎないからです」


 アメリアの断言に、頷かざるをえなかった。真の動機が誘拐そのものではなく、付随する金品にあるのだとしたら、十分にあり得る。


「強盗に関与しているのなら、顔を知られることは避けたいはず。それなのに彼女たちは、私とリクアさんに素顔を見せ、堂々と護衛を務めました。死と隣り合わせの職業で食っている連中が、それほど無知であるはずがない。リスクを冒すからには、それが許容範囲内であるという計算が働いているはずです」


「……その計算とは?」


「素顔のままターゲットに接触しても、問題はないという確信です。なぜなら、顔を見た人間は、その直後に『別の誰か』によって運び去られることを知っているからです」


 なるほど、殺害による口封じを誘拐で代用したというわけか。これなら確かに、顔を見られようが捕まる心配はない。


「役割を分担することで、リーンさんたちは現場に留まりながらも、足のつく証拠を残さずに済んでいたのです。過酷な採取作業は被害者に押し付け、自分たちは一切手を汚さずに、その果実だけを掠め取る……これほど効率の良い仕事はないでしょう」


 犯罪に使いやすい植物。だから禁止した。その判断は間違っていなかったと思う。


 だが、エレナのような、金の工面が必要な人間にとってはどうだったか。


「彼女たちが誘拐そのものに関与しなかったのは、一線を越えるリスクを恐れたのか、あるいは拉致した人間を隠し通すだけの能力がないと自覚していたからか。その真意までは判断しかねますが」


 アメリアの言葉を聞きながら、自己嫌悪に似た苦さを噛み締めた。


 少しばかり判断を急ぎすぎたのかもしれない。もう少し考えれば、権力の空白が生じる際の歪みについて気付けたはずだ。


 自分の仕事の雑さを棚に上げて、リーンたちを笑う資格はないな。


「――さて。ここまでで、エレナさんの足跡を辿る推理は終了となります。そして、ここからは事件の核心……真犯人が誰であるかについて、私の結論を聞いて頂こうと思います」


 迷う様子もなく、核心に迫るか。なかなかの大胆さだ。

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