第16話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(5)
「ぁ、うん。……なに?」
危ねぇ。油断したせいで、つい地が出て昔の口調を晒すところだった。なんとかクラリスプロデュースの女の子としての体裁を保つ。
「私たちが以前、サンイーリフの花の蜜を採取した際のことです。あの時、私たちは花弁に布を触れさせて蜜を吸わせました。その時リクアさんは、花弁に圧力を掛けすぎると、蜜が青臭くなると仰いました。さらに、布も使い物にならなくなるとも」
確かに言った。
今の弟子たちには使い道のない知識だろうが、アメリアに教えられたから、無駄にならずに済んだ――そう、考えた覚えがある。
「さらに踏み込んで伺います。サンイーリフの蜜は……雨が降った翌日にしか採取できないのではありませんか?」
これには虚を突かれた。
その辺りは教えていないはずなのに、彼女は独自の観察眼だけでその「特異性」に辿り着いたのか。
「……よく分かったね。正解だよ」
「理由を、お伺いしても?」
教える際、ついドヤ顔になる癖があるとは、弟子達が断言している。そんな事はないと思うが、彼らの冗談につきあってやろう。──少し不安だから。
「サンイーリフは特殊な植生を持っていて、花弁そのものに
フッ、久しぶりに専門的なことを話せた。
「ありがとうございます。……すなわち、雨が降らないと細胞が硬くて吸い出せないということですね」
「そうだよ」
アメリアに、そう伝えると、すぐに彼女は視線を逸らした。
そうだったな。俺、猫耳ゴスロリ衣装だったよな。女の子っぽく振る舞うのに意識を向け過ぎて、自分の醜態を完全に忘れていた。
自分の姿を思い出したら、急に恥ずかしくなってきた。これはいけない、別のことを考えて気を紛らわせよう。
この採取タイミングのシビアさと、花弁が濾過フィルターとして機能することが高級品のゆえん……。今のやり方を発見してからは、随分とお世話になったものだ。
……うん?
今のやり方……って、ひょっとして、この蜜の採取方法を確立させたの、俺なんじゃあ……?
まさかそんな、と否定しきれない記憶が脳裏をよぎる。もしそうなら、俺は自分が考えた採取方法をドヤ顔でアメリアに解説していたことになる。……別の意味で顔が熱くなってきた。
「リクアさんが説明してくださった通り、最高品質の蜜を得るには雨の翌日でなければなりません。……ですが、リクアさん。雨が降り始めてからしばらくの間でも、一応は蜜を取ることは可能ではありませんか?」
業界に革命を起こしていた可能性については、一旦棚上げしておこう。とりあえず平静を装うことにする。
「……うん。でも、布にしばらく当てて吸わせるっていう作業だから、採取には向いていないよ。雨水が混ざると、売り物にはならなくなるよ」
「付け加えるのなら、花弁が脆くなりすぎて濾過機能が壊れ、不純物まで混ざってしまう。……そうではありませんか?」
「その認識で合っているよ」
アメリアの指摘は正確すぎて、思わず苦い記憶が蘇る。
昔、欲を出して雨の日に採取を強行し、商品価値ゼロのゴミ――いや、ドブ水以下の代物を作ったことがある。ついでに酷い風邪までひいて、数日間寝込む羽目になった。
「ここ最近、アンティナ周辺は雨の多い時期に入りました。……そして調査書によれば、被害者であるエレナさんも異常なほど雨を気にしていたようです。誘拐される数日前から、彼女は頻繁に乗合馬車の待合所へ向かっていました。それも、雨が降っている日に、です」
アメリア、お前、やっぱり全部記憶しているな? それ、俺の近くにも出来るヤツがいるけど、周りはわりとドン引きするぞ。……などと思いながら、隣に座るクラリスの方を見た。
今、嫌な可能性が頭をよぎったんだが。
なあ、クラリス。お前、その記憶力を使って、俺の寝顔とかその他諸々の恥ずかしい姿を、クッキリと頭の中に残していないよな? 怖くて聞けないけど、そんなことないよな? ないよな……!?
「目的は、雨の日に馬車が走っているかを確認するため。……不自然だと思いませんか? 待合所に行くにしても、服や靴が濡れるなど、色々と不便な悪い雨の日に、わざわざ馬車が出るかどうかを、何度も、執拗に確認しに行くなんて。しかも、これはエレナさんだけでなく、他の被害者たちにも共通して見られる行動でした」
移動に不便な雨の日に、わざわざ外へ出て馬車の運行を確認する。それが一人なら少し変わった人間扱いで済む。しかし複数の被害者に共通しているとなれば、相応の理由があると考えるべきだろう。
「被害者全員に不自然な行動がみられた。これだけなら偶然として片付けることも可能かもしれません。ですが、その被害者の中に、この件で注目したい方がいます。それは行商人をしていた方です」
行商人がいたことは、俺も資料で見たな。
「定期的にアビト村を訪れていたこの行商人であれば、いつ乗合馬車を利用するのか、明確な行動パターンが存在していました。しかし、彼が誘拐されたとされる日に選んだ便は、普段のパターンから大きく外れたものでした。まるで、突然入った予定のために、慌てて計画を変更したかのように」
アメリアの指摘に頷かざるを得ない。
行商人は、商材を安く仕入れられる時期や、特定の需要が発生するタイミングを狙って動くのがセオリー。そして目利きのために、専門分野を持つ。これもセオリーの一つ。
専門分野の需要は、パターンを把握して動く方がリスクは少ない。これらを考えると、やはり予定を安易に変更したのには、特別な理由があったと考えるべきか。
「さて、お話をエレナさんに戻しましょう」
アメリアは一度言葉を切り、少しだけ声を低めた。
「頻繁に乗合馬車の予定を確認していたエレナさんですが、彼女が実際に村へ向かったのは、雨の降る日でした。嵐の日というほどではありませんが、なかなかの雨量だったそうです。資料によれば、彼女はその雨の中、あえて馬車に乗り込んだとあります。……トラブルさえなければ、雨天でも馬車は数時間で村へ辿り着きます。そして彼女が到着した頃には、計算通りに雨が止んでいた」
それは運が良かったというべきか。
雨が止んだ直後。つまり、サンイーリフの蜜が最も効率的に採取できる黄金のタイミングだ。しかし残った水滴などが多く、蜜が台無しになるリスクが高いタイミングだ。そのため、素人は避けた方がいいタイミングでもある。
この辺りは、欲を出せば考えることだと思うが――昔の俺みたいに。
エレナが知らないのは仕方がないとしても、教えた人間は知らなかったのだろうか?
「村に到着した彼女は、すぐにでも森へ向かいたかったはずです。……ですが、彼女はまず宿屋に入り、数時間の休息を取らざるを得ませんでした」
アメリアの言葉が、不自然に詰まり始めた。
視線は泳ぎ、頬は微かに朱に染まっている。俺はその理由を察して、内心で深い同情を寄せた。
「なぜ、彼女が休息を必要としたのか。それは……その。雨の影響で道がぬかるみ、激しく揺れる馬車に……クッションも、無しで……長時間揺られ続けたため…………その、お、お尻を、痛めて……しまったからだと思われます」
最後の方は、もう消え入りそうな声になっていた。
年頃の少女にとって、この尻という単語を人前で口にするのは、なかなか恥ずかしい行為だったと思う。
おい、サラス、それにクラリス。そんな慈愛に満ちた温かい目で彼女を見てやるな。余計に居たたまれなくなっているじゃないか。──とりあえず、俺もアメリアのガッツに、エールを送っておこう。
「ゴホンッ! ……失礼。これで、エレナさんがアンティナを発ち、アビト村の宿屋で休息を取るまでの経緯は説明がつきました」
アメリアは強引に咳払いをして、探偵の顔に戻る。
ようやく、宿屋までの足取りが繋がった。 ここまでの情報を整理すると、見えてくるのはエレナの行動基準だ。
彼女の目的は、最初からサンイーリフの蜜に絞られていた。
村に到着する前から、彼女は群生地の存在と採取条件(雨の翌日)を正確に把握していた。
そのために、通常は避けるべき「雨の日の馬車」を執拗にチェックし、実行に移した。
すべてが、サンイーリフという一点に向かって収束していく。
だが、まだ誰が彼女にその情報を与え、誘い出したのかという核心が残っている。
これで宿屋までの話は終わりか。
と、なると次は、エレナが消える直前に立ち寄った雑貨屋の話になるわけだ。
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