第15話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(4)

 未だ改修中の活動拠点となる喫茶店。進展したのは、この場所の名前は、陽月房ひづきぼうに決定したくらいか。


 だが、アンティナ同好会の活動そのものは、大きな進展をすることになる。アメリアの推理によって――。


 塗り直されたばかりの壁の匂いと、微かに漂う珈琲の香りが混じり合う店内で、一つの事件を終幕へと導く推理劇の幕が上がろうとしていた。


 舞台中央に立つのは、名探偵アメリア・クレイン。光の加減で銀にも鈍色にびいろにも輝く灰色の髪をなびかせる、評議会議員の令嬢。その双眸には、真実を射抜く理知的な光が宿っている。


 その対面、劇の特等席とも言うべき場所には、叡明学園の教師であるサラスと、賢者の専属メイド兼護衛であるクラリスが鎮座していた。そして、その傍らにはフリルをふんだんにあしらったゴシック・ロリータ調のドレスを着た、俺(猫耳カチューシャ装着済み)……なんで、こうなったんだろう。


 スカートの下を通り抜ける心許ない風の感覚と、周囲の生暖かい視線が、俺の精神をじわじわと削り取っていく。


「わたしの事は気にせず、推理を話して。なんだったら、違う方向を見ながらでもいいよ。……なんだったらサラス先生や、クラリスさんを見ながらでもいいし」


 俺は努めて冷静な声を絞り出す。 今の俺の哀れな姿に未だ免疫のないアメリアは、視線のやり場に困り、その瞳をあちこちにさまよわせていた。


 彼女が悪いわけではない。この格好を直視できるやつこそおかしいんだ。


 見ないでくれ。ついでに記憶から、この姿を消し去ってくれ、頼む。


「ぇ、ええ。すみません、そうさせて頂きますね。……では、推理をお伝えさせて頂こうと思います」


 アメリアは小さく咳払いを一つすると、意識的に俺から視線を外し、サラスたちの背後にある柱付近へと顔を向けた。


 それでいい。見られるのは俺も辛い。


 彼女の表情が凛としたものへと変わると、場の空気もまた、張り詰めた糸のような緊張感を帯びた。これぞ名探偵といったところか。


「さて、まずは複数の組織から渡された資料の分析結果からお伝えさせて頂きます。ですがその前に一言だけ、お伝えしなければならないことがあります」


 アメリアは一度言葉を区切り、数秒の間をおいて本題を切りだした。


「それは今回の事件を、アンティナ同好会が関わることになった権力の空白に関することです」


 ああ、それは俺の失態だ。完全な見落としの結果だが、こうして言語化されると、己の責任がどれだけ重いのかが感じさせられる。


 彼女の言葉に合わせて、テーブルの上に積まれた書類の山を見る。


 俺が設立に関わった三つの組織に加え、評議会、さらにはその他諸々……。提出された報告書は重複だらけで、目を通しているだけで吐き気がしたのを覚えている。


 今回はアメリアという例外的な頭脳がいたからこそ、この情報の奔流を御しきれたが、通常の組織であればとっくに破綻していただろう。


 調査の段階から協力し合う体制がなければ、犯人逮捕という最終段階での連携など夢物語でしかない。


「さて」


 アメリアの声が、思考の海に沈みかけていた俺を引き戻す。 彼女は白く細い指を立て、結論への道筋を示した。


「今回の事件は、色々な可能性がありますが、分かりやすくするため、誘拐事件という前提で話を進めさせて頂きます」


 その言葉に、サラスとクラリスが微かに身じろぎした。 妥当な判断だ。この前提を置かなければ、可能性の枝葉は無限に広がり、情報量が処理能力を超えてしまう。あの調査資料の山のように、真実は雑音の中に埋もれてしまうだろう。


 俺は猫耳の位置を直すふりをしながら、探偵が奏でる論理の音色に耳を傾けた。


「では、まずは推理をお伝えするのに当たり、事前に知っておいて頂きたい情報を共有させて頂きます」


 アメリアの涼やかな声が、改装中の店内に響く。


 俺にとっては、頭に叩き込んだ資料の復習に過ぎない。


 だが、聴衆の理解度はまちまちだ。


 サラスは叡明学園の教師として多忙を極めている。この事件については初耳となる情報も多いだろう。


 一方で、クラリスはどうか?


 賢者の専属メイドにして護衛。無表情で佇む彼女を横目で盗み見る。


 こいつは、超変態なお姉さんであるが、能力に関しては恐ろしいほどに有能だ。


 俺たちが資料を広げた僅かな時間に片手間で内容を読み込み、既にその全てを脳内で体系化している可能性すらある。


 その優秀さを、おかしな方向に発揮したせいで、俺の頭に猫耳が――などと、嘆いている間にも、アメリアの話は進んでいく。


 置いて行かれないように、話を聞かねば。サラスを怒らせすぎて、これ以上シワが増えたら……すまん、そんな目で睨まないでくれ。


 俺は慌ててアメリアへと視線を戻す。


「今回の事件の全容を解明する上で、重要となってくる言葉は六つ……ヒンギスの実、サンイーリフの蜜、乗合馬車、宿屋、冒険者、冒険者ギルドです」


 アメリアが指を折って示した単語は、すべて俺とアメリアがこの数日で深く関わってきたものばかりだ。


「では、事件の全容を把握するため、捜査資料から判明している被害者――エレナさんの足跡を辿ってみましょう」


 アメリアはテーブルの上に広げられた地図の一点を指差した。


「まず、エレナさんはアンティナの街を乗合馬車で出発し、アビト村に到着しました。そこで宿屋を取り、数時間の休憩の後、徒歩数分で辿りつける雑貨屋で買い物をしています」


 白い指が地図の上を滑り、雑貨屋の地点でぴたりと止まる。


「ですが、彼女の足取りが追えるのはここまでです。雑貨屋を出た後、彼女の目撃情報は一切なく、調査書にも記述がありません。……よって私は、彼女は雑貨屋を出てしばらく経ったあとで、何者かに誘拐されたと考えています」


 すなわち、エレナはアビト村に到着してからの数時間で、自由を奪われたことになる。手際の良さを考えると、やはり他の三件も同じ犯人という可能性があるな。


「ここからのエレナさんの足跡は、私の推理と、断片的な証言、そして調査書の内容を織り交ぜて再現したものです」


 アメリアは一度言葉を切り、全員の顔を見渡してから、静かに続きを語り始めた。


「雑貨屋を出た彼女は、リーン達と名乗る冒険者パーティーと接触し、森の案内を依頼しました。そしてサンイーリフの群生地に到着し、蜜の採取を始めて数分後、花に薬品を使うことで発生する揮発性の眠り薬により意識を失い、そこで誘拐された」


 淡々と語られる推測。だが、その内容は俺の記憶を強烈に刺激した。


 アビト村、冒険者、森の案内、サンイーリフの蜜、そして就寝中の襲撃。


 改めて考えると、エレナが辿ったルートって俺達が経験した流れそのものではないか?


 おかげで調査はスムーズにいったのだろうが――不運が背中を追ってきているようで、不気味さすら感じる。


「さて、ここから本格的に推理の内容をお伝えしていこうと思います」


 アメリアの瞳が、鋭い知性の光を帯びる。


「エレナさんの行動には、明らかにしなければならない謎が二つあります」


 彼女は二本の指を立て、核心を突く問いを投げかけた。


「第一に、エレナはなぜ、他でもないアビト村に向かったのか?」


 そして、指を一本折り、さらに続ける。


「第二に、エレナはどのタイミングで、一般には知られていないサンイーリフの群生地の存在を知ったのか?」


 まずはエレナの動機を知っておかないとならないか。


「これらのうち、まず考えなければいけないのは、なぜエレナさんはアビト村に向かったのかという点です。これに関しては、資料に明確な記述がありました」


 アメリアが資料の一節を指先で叩く。俺も目を通した記憶がある。学生の財布事情にまつわる、ありふれた理由だ。


「学園の課題で必要となるヒンギスの実を、アビト村であれば安価で入手できるから。……これが、表向きの動機です」


 そうだよな、と俺は内心で頷く。収入のない学生であれば、少しでも安く素材を手に入れたいと願うのは当然の心理だ。この辺りの経済的な配慮は、俺がもっと気にかけるべきだったかもしれない。事件が片付いたら、後でサラスと相談しておくか。


「念のためご確認したいのですが……サラス先生。学園での課題に、ヒンギスの実を使った課題というものは実際に存在しますか?」

「ええ。錬金術の授業で使いますね」


 サラスは教師の顔つきで即答した。記憶の引き出しを開け、正確な情報を提示する。


「エレナさんの学年であれば、打ち身に使う貼り薬を作る実習があったはずです。ヒンギスの実はその主原料ですから」

「先生、ありがとうございます」


 アメリアが丁寧に礼を言う。


 なるほど、内容としては初歩中の初歩。学生が個別に材料調達に走るのも不自然ではない。


「これで調査書の内容自体が間違いではないとハッキリしました。……しかし、一つ謎が残ります。それはアビト村以外にも、ヒンギスの実を安価で手に入れられる場所が、アンティナ周辺にはいくつかあるという点です」


 アメリアの指摘に、場の空気が少しだけ固くなる。


 それは調査書には書かれていなかった、現場の人間――あるいは、この街の経済に詳しい者ならではの視点だ。


 基本的に城塞都市アンティナの物価は周辺の街や村よりも高い。そこに気候などの要因が重なれば、周辺の村よりも物の値段が跳ね上がってしまうという事情がある。だからこそ学生は外へ買い出しに行くのだが、アビト村だけが唯一の選択肢というわけではないはずだ。


「一方で、これは調査書にはない話なのですが……最近、学生の間で奇妙な噂が出回っていたようです。それは今年はアビト村でヒンギスの実が豊作だったという噂です」


 アメリアは声を潜め、意味深長に続ける。


「私も父に確認してみたのですが、そのような事実はないとのことです。……少々、不自然な噂ですね」


 アメリアの父は評議会議員だ。周辺の流通情報くらいは、常に把握しているだろう。


 だとすれば、その噂には明確な作為がある。  誰かが意図的に情報を流し、エレナの耳に入るよう仕向けたとしたら?「安く買える」という誘惑は、生活の苦しい学生にとって抗いがたい撒き餌まきえとなる。


 そうしてアビト村へと誘導し、彼女の行動をコントロール下に置く。……あり得ない話じゃない。


「私の推理となりますが……エレナさんはアビト村に向かう前に、既にサンイーリフの群生地についても知っていたのではないでしょうか?」


 アメリアの言葉が、パズルのピースを強引に嵌め込む音のように響いた。 ここで、先ほどアメリアが提示した二つの謎――アビト村に向かった理由とサンイーリフの群生地を知っていた理由が、一つの線で繋がるのか。


 なるほど。この段階で知っていたのであれば、それはヒンギスの実が安く手に入ると伝えた人物である可能性が高いだろう。


 もっとも、俺の思うような人物が実在するのであれば、だが。


「さて、リクアさんに質問です」


 不意に、アメリアの瞳が俺を射抜くと、凛とした声が改装中の静かな店内で反響した。

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