第13話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(2)

 冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けると、古い木材の匂いと鉄錆が混ざった特有の空気が鼻をついた。


 騒がしいホールを抜けてカウンターへ。


 そこに鎮座していたのは、岩を連想させる体格の男だった。


 冒険者ギルドにおいて、受付嬢が女性であることは意外と少ない。荒くれ者が多いこの場所で、可憐な女性など置いておけば舐められるのがオチだ。


 業務への支障を避けるため、荒事を自力でねじ伏せられる環境が整っていないのであれば、受付には威圧感のある男が配置されるのが定石である。


 目の前の男も御多分に洩れず、丸太のような腕には、無数の傷が走っていた。


「ご用件をお伺いします」


 男の低い声が腹にまで響く。


 賢者時代、冒険者ギルドへの依頼は幾度となく行った。そのおかげで手順は完全に頭の中に入っている。


 だが、今は隣にアメリアがいるのだ。慣れた手つきで依頼をすれば、それをキッカケに俺が誰なのかを特定しかねない。


「え……と。依頼は、ですね……」


 俺は視線を泳がせ、少し戸惑ったように言葉を詰まらせてみる。演技の知識はあるが本格的な勉強などしたことはない。できたのは、自分が過去に行った挙動不審な仕草をなぞることだけだった。


 背伸びをした芝居をするのはかえって危険だ。頭脳関連のギフテッドは、小さな違和感から、それが演技であると容易く見破る鋭さがあるのだから。


「サンイーリフの蜜の採取を、依頼したいのです」


 この言葉だけは、ハッキリと告げねばならない。周囲の喧騒にかき消されぬよう、けれど不自然にならない程度の声量で。


「……サンイーリフの蜜は、少し……いえ、少々お待ちください」


 受付の男の眉がピクリと跳ねる。彼は事務的な言葉を残すと、逃げるようにギルドの奥へと姿を消した。


 当然の反応だ。なにしろサンイーリフは、かつて俺自身が栽培を禁じた植物だ。賢者という存在、あるいは法を恐れるまともな組織であれば、絶対に関わりたくない代物である。もし、この依頼を二つ返事で受けるようなら、ここは裏で糸を引いている黒ということになるが。


 しばらくして、男が戻ってきた。表情は硬く、張り付いたような愛想笑いを浮かべている。


「お待たせしました。サンイーリフは栽培が禁止されているため、野生のものを採取するしかありません。ですが、この近辺に群生地は確認されておりませんので、当ギルドではお引き受け致しかねます」


 男は淀みなく説明を続ける。マニュアル通りといったところか?


「このため蜜は遠方から取り寄せることになります。ギルドを通して取り寄せは行えるのですが……それよりもアンティナに行き、大手の店に依頼するのが良いでしょう。その方が、早く手に入りますし、金銭的な負担も小さくなりますから」


 その説明内容は、利益を度外視したものだ。彼の個人的な親切心か、それともギルドが法を犯すリスクを避けたかったのか。


 いずれにせよ、法に触れる素材を避け、正規のルートを推奨する極めて健全な対応だ。


「……ご期待に添えず、申し訳ございません」


 男が深々と頭を下げる。


(このギルドは白の可能性が高そうだ)


 俺は内心で安堵しつつ、知らず知らずのうちに強張っていた肩の力を抜いた。


 そして、すぐに視線を下げ、課題に失敗した学生のような残念そうな顔を作る。


「いえ。……学園の課題で必要だったのですが、仕方ありませんね。でしたら別の依頼をお願いできますか?」


 ここで引き下がっては不自然だ。俺はあらかじめ考えておいた代案を提示する。依頼内容は、錬金術の初歩で必要となる素材。保存がきき、かつ怪しまれないもの。


「この辺りでどんなものが採取できるのか、よく知らなくて……。依頼内容は、教えていただきながらで良いでしょうか?」


「ええ、構いませんよ」


 男のアドバイスを受けながら、いくつか依頼する品を選んで依頼書を作成していった。


「では、これで依頼の受け付けは終了しました。採取が完了し次第、機軸商団きじくしょうだんを通して、アンティナに発送させていただきます」


「あの、今さらですが……機軸商団は、あまり利用したことがないのですが……少し言いにくいのですが……問題はありませんか?」


 おずおずと、不安げに問いかける。 その瞬間、男が書類を整理する手がほんの一瞬だけ止まった。


「ああ――いえ。アンティナでも指折りの商会で、広く交易をしていますから、信用していいはずですよ」


 男の視線が一瞬だけ宙を泳ぎ、すぐに俺へと戻る。声のトーンが僅かに上擦っていた。


「そうですか。安心しました。では、よろしくお願いします」


 俺は努めて明るく礼を言い、カウンターを離れた。 背中に突き刺さる男の視線を感じながら、冒険者ギルドを後にする。


 外の空気は冷たく、ギルド内の熱気とは対照的だった。 そのまま宿屋に戻り、部屋で俺たちは声を潜めて言葉を交わす。


「リクアさん。受付の方、機軸商団の名前が出たとき、少し不自然でしたよね」


「そう見えたんだ。それなら、わたしの勘違いじゃなかったみたいだね」


 アメリアの指摘に同意する。


 機軸商団。俺の弟子であるコウルが商会長を務める組織だ。あそこは大手の商団ではあるが、その実態は少々……いや、かなり荒っぽい。悪事を働いているわけではない。だが、交易先で派手な立ち回りを演じることは珍しくないのだ。


「機軸商団のお話は聞いたことがあるのですが、かなりお強いそうですねー」


「交易先で傭兵のような事をして、守ってやる代わりに有利な商売の契約をしている……って、クラリス……ぉ、お姉ちゃんが言っていた」


 しまった。


 つい、賢者時代の感覚で解説をしてしまった。己の失態を挽回するため、やむを得ず自分の口でお姉ちゃんの呪いを発動させた。


 彼女はニコリともせず、ただ生温かい視線を俺に向けている。


 俺の自尊心を生贄に捧げる呪いの言葉を使ったんだ。うまく騙されてくれたと思いたい。


「……それで、アメリアは、推理は進んだ?」


 俺は強引に話題を変えた。アメリアも空気を読んだのか、スッと表情を引き締める。


「渡された資料を元に考えた可能性のうち四つが、この村で集めた情報で確信に変わりつつあります。ですが、一つに絞り込むには、決め手に欠けますねー」


 四つ? そんなに絞れてんの? 俺にはさっぱり分からないのだが。せいぜい、あの受付の反応からギルド自体は潔白だが何かを隠している、と踏んだ程度だ。


 だが、賢者の名は推理力に対して与えられたものではない。そう自己弁護しておこう。


「わたしの考えが正しければ、この宿屋の食堂でお昼を食べてから外に出ると、少し危ない目に遭うと思うけど、どう思う?」


 俺は、アメリアの目を見つめる。彼女の瞳はギラついていた。知的好奇心という名の渇望というべきか。大好きな趣味に関する、新しいおもちゃを目の前にした子供のような、純粋で危険な輝きだ。


 やっぱ、この子、推理マニアだ。それとも謎そのものが好きなのか。被害者など、それらを生むための素材程度に思っていたら、俺の中のアメリア像が崩壊するんだが。


「それは私も同じ考えですねー。サンイーリフについて、リクアさんが大きめの声で言って下さいましたから。犯行関係者の方も聞いていらっしゃったでしょうね」


 やはり、俺の声量は計算通りだったか。そして彼女も、それを餌だと理解していた。


「アメリアも行く?」


「はい」


 近所に遊びに行く子どものようなノリで危険に誘うと、アメリアは躊躇なく頷いた。



 俺たちが宿屋の食堂に腰を落ち着けたのは、昼時の喧騒が潮が引くように去った後だった。


 年季の入った木のテーブルには無数の傷が刻まれ、脂が染み込んでいるのか少しペタつく。椅子に体重を預けると、枯れ木が軋むような低い悲鳴を上げた。


 厨房の奥からは、煮込み料理の名残の匂いと、焦げたパンの香ばしさが混じり合い、村の生活を感じさせる空気が漂ってくる。


 しばらく待って運ばれてきたのは、冒険者の懐事情に見合った簡素な料理だ。


 石のように固く焼かれた黒パンが二切れ。根菜と豆の形が崩れるまで煮込まれた薄いスープ。そして、塩の結晶が浮くほど濃く味付けされた干し肉の細切れ。皿の上に彩りなど皆無だが、立ち昇る湯気だけは確かで、空腹という穴を埋めるには十分だろう。


 俺は周囲を窺いながら、クラリスに用意させた小瓶を懐から取り出した。


 コルクの栓を抜くと、僅かに果実のような甘い香りがかすかに鼻をくすぐる。中から真っ赤な丸薬を一粒つまみ上げ、スープの残りと一緒に喉奥へと流し込んだ。


「……それは、なんでしょうか?」


 スプーンを口に運ぶ手を止めず、アメリアが小首を傾げる。その視線は俺ではなく、スープの表面に浮かぶ油膜に向けられていた。


「体力増強薬。わたし、体力ないから。これからたくさん動くなら、飲んでおかないと」


 いかにも必死な学生らしい口調で言い切った。実際は、ただの着色した砂糖菓子であり、薬効など欠片もない。だが、こうして見せておくことで、貧弱な俺が森で多少走り回る、あるいは息を切らさずに動いても、薬のおかげであるという言い訳が立つ。


「準備は、必要ですよねー」


 アメリアは納得したように頷いたが、頑なに俺と目を合わせようとしない。


 まあ、体育の授業を思い出して、あの運動音痴は薬漬けにでもならないと──などと思っているのかもしれない。


 それはそれで、都合はいいのだが、俺の尊厳的な何かが納得できるかは別の問題だ。


 食事を終え、宿屋を出る。


 外の空気は、思ったよりも乾いており、馬車が巻き上げた土埃が陽光に舞い、遠くの鍛冶場からは金属を打つ高い音が断続的に響いている。


 村の生活音に顔を見上げたが、すぐに俺たちが宿の隣にある雑貨店へと足を向けて歩き始めた。


 その時だった。


「――あんたたち」


 背後から、低くしゃがれた声がかかる。振り返ると、そこには一人の女冒険者が立っていた。


 使い込まれた革鎧に、短く切り揃えられた赤茶色の髪と日焼けした頬には小さな傷跡。


 彼女の俺たちを値踏みするように細められた目は鋭いが、明確な敵意までは感じられない。


「サンイーリフの蜜、探してるんだろ?」


 単刀直入な問いかけ。ギルドでの会話を聞かれていたか。それとも、別の場所での適当な会話を聞かれたのか。


 俺は一瞬、戸惑う素振りを見せてから口を開く。


「……はい。学園の課題で必要でして。代用品でも良いとは言われているのですが、それだと評価が厳しくなるのです」


「だったら、アタイらが蜜を集められる場所を教えてやるよ」


「……ですが、サンイーリフの栽培は禁止されているはずです」


 俺は警戒心を滲ませ、慎重に言葉を選んで返す。だが女は、そんな俺の反応を楽しむように片方の口角を上げるだけだった。


「自生してるやつなら問題ないさ」


 女は軽く肩をすくめる。……彼女の言う通りだ。かつて賢者として俺が禁止したのは栽培であって、採取そのものではない。自然に生えているものならば、法には触れないという抜け道だ。


 もっとも、自生するサンイーリフを見つけること自体が困難なのだが。


「まあ、採るには専用の道具が要るけどね。それより――」


 女は一歩距離を詰め、声を潜めた。革の匂いと、安酒の匂いがふわりと香る。


「ギルドを通してでいい。アンティナからこの村に来る学生がいるだろ? そいつらの護衛の仲介をしてくれないか。アタイらのパーティーがいいって推薦してくれればいいんだ」


 なるほど。蜜の代金や情報料ではなく、将来的な太い顧客が欲しいわけか。一度の蜜採取よりも、定期的な学生の護衛任務の方が実入りもいいし、安全だ。


 実に冒険者らしい、したたかな計算だ。


「……ギルドは冒険者の信用をまとめていると聞きます。ギルドを通すということは、その点に自信がある、ということでしょうか」


「はっははは。そうさね。学生にしちゃあ随分詳しいじゃないか。その通りだ。アタイらは、ここのギルドには目を掛けてもらっているよ。だからギルドを通してでいいって言ったのさ」


 女は快活に笑い、俺の背中をバシりと叩いてきた。


 コイツ、俺の貧弱ボディーが、常識を超えたものだって知らないとはいえ――。


「わかりました。お願いします」


 思うところはあったが、俺が私情に走ることなく交渉は成立した。


 俺たちは一度彼女たちと離れ、近くの雑貨屋へと向かう。


 少し前に、大量購入したせいでよくいえば上客、悪くいえばカモだと思われているのだろうか。店主は俺たちが店に入った途端、揉み手をしながら寄ってきた。賢者時代によく見た手の平返しだ。


(ふっ、金で人の心を買うというのはいい気分だな)


 ──などと、冗談で言ったら弟子たちにドン引きされたのはいい思い出だ。


 厚手の布と、口の広いガラスの小瓶、そしてそれを密封するための金属製の蓋を購入した。サンイーリフを扱うなら、これらは必須だ。


 準備を整え、再び冒険者たちと合流する。


 女の仲間と思しき男たちが二名加わっていた。どちらも無骨な装備で、手練れの気配が漂っている。


 俺たちは彼らに前後を挟まれる形で先導され、村外れに広がる鬱蒼とした森へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る