第12話 謎解きが始まる――欠けた論理の中で(1)

 俺とアメリアが、今いるのはアビト村。


 窓ガラスを叩く絶え間ない雨音が、村の名前を重く湿らせているように感じさせる。


 叡明学園の生徒が誘拐されたという疑いがあり、俺達は被害者の足跡を辿るためにこの村にまでやってきた。まだ事件と断定されたわけではないが、状況証拠は黒に近い。紛らわしいので、誘拐された前提で考えるとしよう。


 行方不明となったのは、エレナ・ベルグレイヴという少女。彼女は、反射神経に関するギフテッドだと資料には記されていた。


 誘拐された場合、その才能を狙った組織ぐるみの犯行である可能性が高い。


 身体能力強化系のギフテッドは、洗脳されて使い捨ての兵士にされたり、要人暗殺の駒にされたりする傾向にある。だが、言葉は悪いが利益はそれだけだ。


 新たな技術を生み出す頭脳関連のギフテッドと比べると、学園という巨大組織だけでなく、ぼ――謀略の賢者を敵に回すリスクを冒してまで手に入れるには、メリットが小さ過ぎる。その点が気になっている。


「では、エレナさんの足跡を辿るとしましょう」


 アメリアが、古い木製の床を軋ませて窓辺に立つ。その横顔は、雨に煙る外の景色よりも冷ややかで、理知的であるように感じられた。


「資料によれば、彼女は村に到着してすぐにこの宿で一日休んだそうです。クッションを持っていなかったそうなので、あの馬車が原因でしょうねー」


 この一言で、アメリアの理知的な雰囲気は跡形もなく崩れ去った。


 そっかー、尻がやられたか。 俺も、昔は経験したからな。あれは本当に辛い。


 アンティナから村までの道は一応の整備はされている。しかしバスが走れるほど平坦ではなく、雨が降れば泥濘み、岩肌が浮き出る。サスペンションのない馬車での移動は、拷問に近い。


「部屋も同じなのが理想だけど、そこまでは求められないね」


 俺は女子学生らしい少し高めの声を意識しながら、部屋を見渡す。薄暗い照明に、カビの臭いが微かに混じる湿った空気。残念ながら、エレナが泊まった部屋とは違うが、構造は似たようなものだ。


「そうですねー。無理を言っても仕方ありませんし、それに警戒される事になりかねませんから」


 誰が誘拐犯なのか、あるいは誰が内通者なのか分からないのが現状だ。宿の主人も、従業員も、村人全員が容疑者となり得る。


 それにしても、と俺はアメリアを見る。


 彼女は、学園から寄こされた膨大な資料を、授業の終わった放課後を三日使っただけで全て読み終え、頭に叩き込んでいた。


 しかも、「高い確率で誘拐事件ですね」と断言までしてみせている。


 それはつまり、断片的な情報から、すでに事件の全容の輪郭を掴んでいるということじゃないか?


 頭脳系のギフテッドは何人も知っているが、その誰もが能力を見せつけられるたびに薄ら寒くなる。


「わざわざ街を出てお金を払ってここまで移動した。そこまでして課題のための資金を惜しんだ……。なら、宿代も惜しかったはず」


 俺はエレナの思考をなぞってみる。


 金がない。でも課題はこなさなければならない。


「なら日帰りを最初に考えた……だけど、この村で金を稼いだ方がいいと思いなおした。反射神経のギフテッドなら、他所者でも稼げる冒険者が妥当だから――と、いったところかな?」


 資料で見た内容を参考に、エレナの考えそうなことを想像してみた。


 だが、この考えは間違いなくはずれている。この程度であれば、先に調べたプロが思い付かないはずがないのだから。


 俺も窓の前に立ち外を見る。 雨脚は弱まるどころか、強くなっている。


 風も強くなってきた。灰色のカーテンの向こうに、風に煽られ、今にも落ちそうな看板が見えた。


「あれが、冒険者ギルドだね」


 描かれているシンボルマークは、交差する剣とブーツ。危険な場所に冒険に行くという意味だったと思う。


「ここから見えるのでしたら、迷わずに冒険者ギルドに行けたということでしょうね」


「そうだね」


 さて、エレナは、このまま冒険者ギルドに行ったのか? それとも課題のために最初にヒンギスの実を買ったのか?


 安く買うために来たのは確かだ。しかし木の実だけを目当てで村に来たわけではない。木の実の差額だけで、馬車賃と宿泊費、そして食費を賄うのは不可能だ。高い確率で赤字になる。


  となると、最初から冒険者ギルドで仕事を引き受けて稼ぐことも計画に入っていたと考えるべきか。


 この辺りの行動順序は、俺が読んだ資料では判別できなかった。だが、アメリアならば――。


「資料には、エレナさんは、この村に課題に必要なヒンギスの実を買いに来ました。そして服装も動きやすい物で、荷物も最小限であったとあります」


 アメリアが空で資料の内容を読み上げるように紡ぐ。


「村に訪れた彼女は、この宿屋で少し休んだ後、雑貨店に向かいます。そこで前金を払いヒンギスを取っておくように頼みました」


「……在庫がなかった?」


「いえ、荷物になるからです。彼女はその後、別の用事を済ませるつもりだった。だから、先に確保だけしておこうとした」


 アメリアの瞳が、確信の光を帯びる。


「しかし、彼女はヒンギスの実を受け取ってはいません。予約し、受け取るまでの間に誘拐されたからです。この事を考えると、今回の件は予約してからの彼女の行動に、事件の解決において重要なヒントがあると私は考えています」


 つまり、彼女の足取りを追うのなら、雑貨店から後の行動を探るのがベストというわけか。


「雑貨店を出てからのエレナさんの行動で、最も注目するべきは冒険者として仕事を受けたという事実でしょうね。これは資料にありましたが、より詳細を調べた方がいいでしょう」


「なるほど……」


 バラバラに切り裂かれていた絵が繋ぎあわされていくかのようだ。彼女は冒険者ギルドで依頼を受けたのは確かだ。あとは依頼内容と、その背景を確認する必要がありそうだ。


「残念ながら、調査は明日以降になりそうですね」


 アメリアの視線の先には窓。その先には先程までよりも強く降り注ぐ雨が見える。


 この雨音だ。今日は外出を控えた方がよさそうだ。 


「では明日になったら、スタート地点となる村の雑貨店に行きましょうか。彼女の足跡を一つ一つ確認していくとしましょう」


 アメリアの言葉に、俺はか弱い女子高生の仮面を被り直して答える。


「それがよさそうだね」


 上手に演技はできただろうか?


 しばらく会話を続けた俺が再び眺めた窓の外では、先程までよりもいっそう激しさを増した雨が、全ての痕跡を洗い流そうとするかのように、強く地面を叩き続けていた。


 ――翌日。


 朝からしばらく降り続いていた雨は、雲海の隙間から光が差し込むまでに回復していた。


 道は濡れた石畳から泥混じりの土に変わり、粗末ながらも手入れされた木造の家々が並んでいる。湿った土と干し草の匂い、遠くの鶏の鳴き声。午後の日差しが水たまりの残る畑を穏やかに照らしていた。


 のどかだからこそ、この平穏な風景の裏に、少女の誘拐という不穏な事実が潜んでいることが不気味に感じられる。


 雑貨屋は宿屋から数分の距離だった。雑貨屋と宿屋は、近くにあった方が旅行客には便利だし、村で運営しているのなら管理も楽になる。だが、この配置はあまりに作為的だ。村の入り口で足を止めさせ、情報を集めるための構造に見えなくもない。勘ぐりすぎなんだろうけどな。


 雑貨屋の扉を開けると、軽薄なベルの音が店内に鳴り響いた。


 中は薄暗く、乾燥した木材と独特のハーブ、それに降り積もった埃の匂いが混じり合っている。中央の木造カウンターの奥では、オイルランプの光が棚に雑然と並べられた商品にかろうじて当たっていた。


 建物は古いが、整理されており、嫌な感じはしない。むしろ趣がある雰囲気という評価の方が正しいだろうな。


 などと周囲を観察していると、アメリアがカウンターへ直行する。


 店員の男が訝しげに顔を上げた瞬間、俺の脳内で警報が鳴り響いた。


「すみません。先日、ここで買――」 「すいませぇ~ん! このメモに書いてある物を頂けませんかぁ!?」


 俺はアメリアの言葉を物理的な大声で遮り、その背中を強引に押しのけてカウンターに割り込んだ。


 おい、アメリア。脇が甘すぎるだろ!


  慎重に調査をしなければいけないのに、ド直球に行方不明者が買った物を聞こうとしただろ!?


「……あん?」


 店員が目を丸くしている。俺は冷や汗をにじませながら、精一杯の愛想を振りまく。


「ああ、これね。少し在庫のない物があるね」


 店員の言葉に、俺は内面で必死に役作りを行う。俺は女子高生。俺は女子高生。俺は……くっ。


「そうですかぁ……特に欲しいのは、ヒンギスの実なのですが、ありますか? 課題で一番必要なのですニャ、いえ、なんでもありません。ヒンギスの実はありますか」


 ……泣きたい。お姉ちゃんの呪いが発動したのだ。語尾が勝手に跳ねた。だが、今の俺には羞恥心に悶えている暇はない。


「大丈夫。ヒンギスの実はあるよ。他には――」


 会話は続く。情報を探るのにはテクニックが必要だ。 しかしテクニックには、初級編~上級編がある。特に警戒していない相手であれば、初級編を選べば、情報を探るのは難しくはない。


 まず知っておきたいのが、相手に不自然だと思わせないのが初級聞き出しテクニックの肝である点だ……


 などと、俺は説明するとき、無意識にドヤ顔をするらしいが、今は大丈夫か? 鏡がないので少し心配だが、話を続けよう。


「――はい、毎度あり」


「わぁ、ありがとうございます! ……そうだ。お兄さん、私くらいの歳で、ヒンギスの実を買った方が最近いたら、他にどんな物を買ったか教えて頂けませんか? 学園の課題が難しくて、なにかヒントが欲しいんです」


 予め、話の中に共通点となる単語を差し込んでおけば、自然に話題を触れるわけだ。 で、仕上げは相手に利益を与えた直後に、本題をあくまでついでとして振って終了だ。


 ふっ、完璧だ。完璧な講義すぎて、我ながら惚れ惚れする。


 などと頭の中で、いないはずの生徒たちに向けて解説を垂れ流してみた。


「そうだね……最近か。買ったわけではないけど、ヒンギスの実を予約して取りに来なかった子はいたな」


 ついているな。すぐに欲しかった答えが返ってきた。


「えっ、そうなんですか? その子、他に何か買おうとしてませんでした? 私も参考にしたいので、教えて頂けませんか?」


 俺はさらに商品を手に取り、カゴに追加する。 少し出費が増えるが仕方がない。店としてはさらに儲かるとなれば、口も滑らかになるからな。


「ああ、いいよ。確かその子はね……」


 店主は機嫌よく、記憶にある限りのことを話してくれた。


「ありがとうございました~!」


「気をつけてね、お嬢ちゃんたち」


 買い物を終え、店の外に出る。結構な量を買わされた。財布は軽くなったが、店主は終始笑顔だった。


 これなら後で誰かがエレナについて調べに来ても、そいつに俺たちのことを悪く伝えることは無いだろう。せいぜい、よく喋る学生が来た程度にしか思われない――気がする。


「少しは、情報が手に入った?」


「ええ。おかげさまで」


 さすがだな。やはり、抜け目がない。


「リクアさんが今のお店で買った物は、全て冒険者の仕事で使う物でした。ですからエレナさんは、最初から冒険者として依頼を受けた際に使う道具を買うことも目的にしていたと考えていいでしょう」


 なるほど。


「エレナが冒険者ギルドで受けたのって、サンイーリフの蜜集めじゃない?」


「正解です。リクアさんも、あの資料を読んだのですか?」


「ごめん。読んでいない。でもやったことあるから気付いたんだよ」


 確かに、この道具は冒険者が仕事で使う。別の土地ではあったが、放浪生活を送っていたときにやった。なかなか割のいい仕事だったのを覚えている。


「ただ、サンイーリフには、気を付けなければいけないことがあるの知っている?」


「それは資料にはありませんでしたね。教えて頂いてもよろしいですか?」


「いいよ。サンイーリフはね――」


 次は冒険者ギルドだ。


 冒険者ギルド。それは、危険地帯での素材採取や、増えすぎたモンスターの間引きといった荒事を生業とする冒険者に、仕事を斡旋する仲介施設である。


 その運営形態は、ギルドによって千差万別だ。中には、犯罪組織まがいの所もあるから、気をつけた方がいいだろう。


 さて、目の前にあるこの建物。掲げられているのは、擦り切れたブーツと錆びた剣が交差した看板だ。この意匠だけは、協会に加盟していようがいまいが、大陸中どこへ行っても共通している。


 やや開けるのに躊躇する扉であるが、俺は覚悟を決めて手にかけた。


「……うぷっ」


 扉を開けた瞬間、熱気と汗、それに安い酒と湿った獣の臭いが混ざり合った暴力的な空気が、顔面に叩きつけられた。


 そこは、飲んだくれの巣窟だった。


 内部は薄暗く、煙草の煙が天井付近のむき出しの梁に滞留して白く濁っている。中央のホールでは大勢の男女がひしめき合い、床は泥と雨水、そして何かの汁でベタついている。 あちこちで粗野な笑い声や怒号が飛び交い、テーブルには短剣を玩具にする者や、突っ伏して微動だにしない者が散見される。


 真昼間から酒を飲む、社会の底辺にしてダメ人間の集まり――と、初見の人間なら眉をひそめるところだが、これは半分冗談で、半分は真実だ。


 アイツらが飲んでいるジョッキの中身。あれは酒じゃない。 水で徹底的に薄めた安酒に、強めの香料混ぜて、それっぽく仕上げた気休め水だ。


 本当に酔っ払って仕事に穴を空ければ、明日には信用を失って、ついでに食い扶持も失うことになる。彼らは酒を飲んでいる気分を味わって、荒んだ精神を麻痺させているだけで、本気で酔っ払っている命知らずはごく一部しかいないのだ。


「……お願いしますね」


「うん」


 背後でアメリアが小さく呟き、俺の影に隠れるように一歩下がった。さっきの雑貨屋での件で懲りたのか、それともこの荒くれた空気に気圧されたのか。聞き込みは俺に丸投げするつもりのようだ。


 実を言えば、情報の聞き出しなんかの駆け引き的なことは、あまり得意じゃないんだがな。しかし、彼女には学園の膨大な資料整理を押し付けたという負い目があるから、断るのは申し訳なくてできない。


「お仕事の依頼をしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 俺はカウンターの前に立つと、やる気のないことで定評のある目を見開き、口角を物理的限界まで引き上げる。


 そして目の前にいる強面の受付係に対し、全力で無垢な少女として愛想を振りまいた。

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