第10話 賑やかな今日が始まる――欠けた日常の中で(9)

 未だ改装中の拠点。その奥に設けられた、本来の活動場所である同好会の部屋で、俺は猫耳ウェイトレス人生の汚点を払拭するべく、裏の活動を開始したんだニャン。


「まずは、資料の整理からですね」


 部屋につくなり、活動について言及するとは、アメリアはやる気に満ちているようだ。


「わたしが資料を取ってくるから、アメリアは待っていて。資料の整理は、アメリアに頑張ってもらうと思うから」


 俺は懸命に頭を働かせているが、ちゃんと女の子っぽい喋り方ができているだろうか? 鏡を見て確認したい――もっとも、そんなことをしたら悶絶すると自信をもって言えるが。


「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきますね」


「うん」


 資料は、同好会の部屋の壁の隠し通路を抜け、倉庫に隣接した小部屋に運び込まれる手筈になっている。


 誰にも知られず、迅速に情報を集積できる便利な仕組みだと思う。


 しかし計算外のことが起こってしまった。


「ぅ、ぅぅ……」


 アメリアに資料を届けた俺は、別の部屋で寝ている。


 俺はなぜ寝ているのか?


 自分の体力のなさを甘く見ていたせいですが、なにか?


 重すぎた。


 他のヤツにとっては、少し重い程度だったはずだ。しかし、俺には重すぎたっ!


 ナノマシンを使えば大丈夫だったと思う。でもさ、使っているときに出る特徴を、アメリアに見られたらマズイことになる。


 それでも、こっそり使ったのだが、やはり俺には重すぎたっ!!


(どういうことだ? 俺の体力、いくらなんでも低過ぎない?)


 などと、誰に対してではなく脳内の独り言で嫌味を言ってみる。


 まぁ、それはともかく、ナノマシンのおかげもあり、だいぶ回復してきた。


 そろそろ戻ろうと思う。


 しかし、アメリアには負担をかけてしまったな。運んだ資料の整理を全部丸投げしてしまったからな。軽く自己嫌悪になる。


 何か飲み物でも持っていくか。さすがに、このままというわけにはいかない。中身はいい大人なのだからな。


 部屋を出ようとしたところで、テーブルの上に――見なかったことにする。


 なんでフリル過多のエプロンドレスと、大きなリボンが置いてあるんだ? きっと、あれは関わってはいけない物なのだ。そう判断を下すと、そのまま部屋を出た。


「お嬢様。お目覚めですか?」


 廊下に出た瞬間、クラリスが音もなく現れ、一礼する。コイツ、ずっと部屋を見張っていたんじゃないだろうな?


「アメリアがいる。言葉には注意をしろ」


「そうですね。ではリクアちゃん。いつもみたいに、クラリスお姉ちゃんって呼んでくださいね」


 面倒臭いこと言い出したな。だが、この喫茶店のために頑張ってくれたからな。八割は趣味で、一割は変態的打算だろうが、少しくらいねぎらってやるか。


 これも隠蔽工作のためだ、と言い聞かせ、深呼吸をし覚悟を決める。


 イメージしろ、俺! 演じるのは、学園の演劇部で一番かわいいと評判の生徒。大丈夫だ。演じるだけだ。あくまで演じるだけだ! 決して心まで――この体に染まったわけではない!!


「クラリスお姉ちゃん大~好き!」


「あ、ぁぁ――」


 クラリスは、心底幸せそうな顔をしている。世間一般では超美人のお姉さんと評される顔立ちのクラリスだ。この顔を見たら、大概の男は堕ちるだろうし、同性でも危ないかもしれない。


 俺は超変態のお姉さんだとしか思っていないから、全く効かないが。


「お姉ちゃん……ですか?」


 クラリスの歓喜のトリップを見守っていると、背後から聞き知った声が――


 もちろんトリップしているクラリスの声ではない。


 誰なのかは分かっている。この屋敷にいるのは、俺やクラリスを加えてあと一人しかいないのだから。


 その声に、時間が温度を失ったような錯覚に陥った。


 今日は、やけに心臓の音が大きいな。嫌な汗も出てきた気がするぞ。


(否定しようがないぞ、これ)


 どうする俺? 昨日は猫耳で人生に汚点を増やしたのに、今日はコレで未来の自分に呪いをかけるのか?


 クラリスに言わされたというのは簡単だ。しかし、クラリスが変態的な趣味で俺に強要したと思われるのは避けたい。


 文句なし100%の正解だ。しかし、それは誰も幸せにしない正解だ。


 真実を知られたら、間違いなく活動に支障をきたす。


(結局、俺が泥を被るしかないのか)


 あぁ、なんで弟子をねぎらってやろうとしただけで、俺はここまで追い詰められているんだ。


「……昔、いたところでクラリスさんをそう呼んでいたから、気を抜くとお姉ちゃんって呼んじゃうんだよ」


 俺の顔、泣きそうになっていないか? 平然とした印象に寄せすぎて、少し棒読みっぽくなったけど――大丈夫だよな?


「なるほど。では、リクアさんがクラリスさんのお店で働くことになったのは、昔から仲が良かったからなんですねー」


「うん。こっちに来るって伝えたら、クラリスお姉ちゃんに提案されたんだよ」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!! 本当に泣きそうだ!!! やっぱりこれ、今後、アメリアの前でクラリスの事を、ときどきお姉ちゃんって呼ばなければいけなくなるパターンだ!!!!


「リクアさん。相当お疲れのようですね。 資料の整理は私に任せて、もう少しお休みになられては?」


 アメリアは淡々と、しかし有無を言わせない口調で言った。その視線は、俺の顔色よりも、俺が発した言葉の裏にある不自然さを探っているように感じる。


 ここで無理に起きているって言ったら、疑いをもたれそうだ。


「ぁ、うん。ありがとう。そうするよ」


 本当に疲れた。墓穴を掘ることが、これほど疲れるなんて、先生、初めて知ったよ。


 俺は再び部屋に逃げ込むように戻った。さっきまでトリップ状態だったクラリスは、いつの間にか回復していて、俺に付き添ってくれた。コイツ、要領いいよな。俺だけが世話を掛けたみたいになっているけど、一部はお前の――いや、この墓穴は100%の純度で俺製だな、うん。


「大丈夫だから、お店のほうがんばって、ク、クラリスお姉ちゃん」


「ええ。クラリスお姉ちゃんに任せてください。リクアちゃんが働くのにふさわしいお店にしますから。お姉ちゃんを、お部屋で待っていてくださいね」


 ものすごく幸せそうだな。俺は、ものすごく疲れたが。


「……寝よ」


 なんかバカらしくなって、しばらく寝ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る