第8話 賑やかな今日が始まる――欠けた日常の中で(7)

 俺は再び、サラスが管理している魔術棟最上階、創設者の部屋を訪れていた。これで二度目の訪問になるのだが、感想は一つしかない。


「……相変わらず独創的なレイアウトだね?」


 これは俺の教育が間違っていたのだろう。


 そのように悟った次の瞬間、俺が口から漏らしていたのは、女の子言葉という仮面をつけた皮肉だった。


 本来なら学園の最高権力者の一人が座るべき執務机なんだけどな。相変わらず地層のように積み上がった書類の山脈に埋没している。来客用の椅子は荷物置き場へと転職し、飲みかけのコーヒーカップからは、とっくに湯気が失せている。そのコーヒーカップ、前に来た時と位置が変わっていない気がするのは気のせいか?


 サラスの見た目は、身だしなみを整えたエリート教師そのものだ。だが、この部屋を見せられた生徒は、彼女への幻想が音を立てて砕け散ることだろう。


 なお、隣にアメリアがいるため、俺は女の子を演じ続けなければならない。


「アメリアさん、汚……じゃなくて、雑然としていて驚いた?」


「いえ、特には」


 アメリアの反応は、俺の予想とは違っていた。彼女の視線は、ゴミ――ではなく資料? の山に向けられている。正確には、荷物置きと化した椅子の上、その頂に鎮座する一冊の本に。


「それに興味があるの?」


「はい。興味があるというか……この本、ガラスティン王国で書かれたものですよね」


 アメリアが指さした背表紙には、確かに異国の装丁が施されている。


「他国の本が持ち込まれることはあっても、魔術書が入ってくるのは珍しいですから」


 おい、魔術書かよ。見た目のせいで、てっきり異国の風土に関連する本だと思っていたんだが、趣味だったのかよ。


 魔術書は国家機密レベルのものが多い。国から外に持ち出すだけで規制が掛かる上に、下手をしたらスパイ容疑で牢屋にぶち込まれるんだぞ? それを、サラスは、これだけの量を集めただと?


 うん?


 周囲を見回していた俺の目に、ふと、一冊の魔導書が飛び込んできた。それは、荷物置きと化した別の椅子の横に、無造作に置かれている分厚い書物。


 あれ、知っているぞ?


(いや、やめておこう。あの本がなんであるのか考えるのは、精神衛生上良くない)


 師としては、しっかりと叱らないといけないが、今はあの本が何であるのか口にする覚悟が無い。それにアメリアの前で、師匠面するわけにはいかないからな。叱らないのはやむを得ないことなんだ。絶対にそうだ。


「詳しいですね。これは師に頂いたものです」


 サラスが何食わぬ顔で言った。


 覚えが全くない。というか、仮に師匠から下賜されたものだったら、無造作に椅子の上に置くんじゃない。尻に敷く気か。


「サラス先生の師というと……謀略の賢者様ですね」


「えっ……ぼ、」


 不意打ちで飛び出した単語に、危うく素の声が出かけた。なんとか喉の奥から出るのを防ぐ。


 謀略の賢者?


 俺、そんな風に呼ばれているのか。なんていう二つ名だ。響きからして腹が真っ黒だ。いや、確かにやってることは黒幕っぽいことをしているのは認めるが。


 心の中で必死に弁解していると、アメリアが部屋をぐるりと見渡してサラスに尋ねた。


「あの……もしかして、この部屋にあるのは、全て魔術書や魔術関連のレポートでしょうか?」


「ええ、そうなの!」


 サラスの声のトーンが、三段飛ばしで跳ね上がった気がする。


「お給料をつぎ込んだり、人脈を使ってあちこちでお願いをしたりして、集めたの! これなんてね……」


 サラスは、椅子の背もたれにバランス悪く乗せられた地層から、分厚い革装丁の書物を丁寧に取り出す。


 すでに、エリート教師の仮面が剥がれ落ち、その下から重度の魔術中毒者が素顔をさらけ出している。なお、こっちが本当の顔だ。


「ガラスティン王国第三魔術院のアウレル=ヴァレンツが書いた《第五環相転移式の再検討》よ! 初版はわずか三十冊しか存在しないっていう、半ば幻の論文集なの。しかも見て、この個体! アウレル本人の朱筆入りなんだから!」


 鼻息も荒く胸を張るサラスは、間髪入れずに机の隅の紙束を鷲掴みにした。


「それからこれ! シャルドリン公国の隠匿レポート、エルド=マイアスの《火精界層の分裂観測記録》! 本来は公国の魔術安全局しか閲覧できないS級禁書なんだけれど、知り合いの知り合いの、そのまた知り合いに頼み込んで……あっ、もちろん合法的によ? たぶん!」


 最後の一言で、合法性が消し飛んだぞ。いや、S級禁書? 永劫図書館だと、中層に収まる程度で、深層にはその程度のヤバさは普通の本程度にしか思えないヤツばかりだが。だが、あそこがおかしいだけで、世間ではヤバすぎる類だぞ。


 俺が何を思っているのか、全く気にも留めないサラスの暴走は止まらない。次は床から一冊を抱え上げた。


「……これは第二稿の現存唯一の写本なのよ!」


「そうですか……」


「北方イーストレイ魔術連盟の――」


「そうですか……」


 止まらない。完全にスイッチが入っている。


 その後もサラスの講釈は続き、耳慣れない魔術用語が部屋中を飛び交った。


 こうなったときの魔術談義は、有益だが中身が玄人向け過ぎて役に立たないからな。やはり聞き流すに限る。


 それにしてもアメリアの奴、サラスの面倒くさいスイッチを的確に押しやがった。こうなったらもう、延々とコレクション自慢が続くぞ。というか、全部魔術関連の資料だったのかよ。


 俺はてっきり、学園の運営や授業に必要な資料だと思っていたのだが違ったんだな。教え子が熱心な教師へと成長した姿を見て、師として嬉しく思っていたんだが……。全部、コイツの私物だったのか!


「先生。今度、ウチにある蔵書をお見せしますから……一旦、同好会の話をしませんか?」


 これ以上、魔術オタクの暴走を許せば日が暮れる。俺は禁断の果実エサを渡すことにした。


 正確には俺の家ではないが、永劫図書館の中層にある魔術書なら、こいつの面倒臭い欲求も十分に満たせるはずだ。さすがに、もう少し深い場所にある脳が溶ける類の本を貸すわけにはいかないが。


「えっ、本当ですか!?」


 やっぱ、持ち逃げされたあげく、しらばっくれられないように気を付けよう。サラスの爛漫とした笑顔に不吉なものを感じた俺は、未来の自分に警告しておくことにした。


「……あ、いえ。コホン。そうですね、同好会の話をしましょうか」


 サラスの表情が一瞬で引き締まった。


 だらしないオタク顔から、冷徹なエリート教師へ。切り替えの早さが詐欺師のそれだ。彼女は雪崩を起こしかけている資料の山をかき分け、テーブルの上に数枚の書類を広げた。


「では、アンティナ同好会の設立と活動方針についてご説明します」


 凛とした声。その双眸に宿る理知的な光。先ほどまで「写本がぁ! 朱筆がぁ!」と奇声を上げていた残念な美人と同一人物とは到底思えない。


「表向きの活動は、アンティナ観光ガイドブックの作成となります。学園祭で発表し、評判が良ければ正規ルートで出版。その収益を活動資金に充てる計画です」


 そこまで言うと、サラスはスッと声を潜めた。


「そして――裏の活動があります。こちらが本来の目的であり、ガイドブック作りは隠れ蓑に過ぎません」


 もっとも、隠れ蓑とはいえ、本気で作らなければカモフラージュにならない。表と裏、さすがに両方を同じように頑張るのはキツイだろう。


 特に体力的に、具体的には俺の体力的に。俺の目には、自分が家で寝込んでいる姿がハッキリと見えるぞ。


 表の活動に関しては、ある程度は外部の人間の手を借りてもいいかもしれない。


「私たち同好会の真の目的は、アンティナで起こる諸問題の解決です。まずは提供された資料から『標的』を洗い出し、取材を口実に現場へ潜入する。各組織が牽制し合って手を出せない『空白地帯』に、私たちが干渉するわけです」


 極めて効率的なシステムだ。俺たちは虱潰ししらみつぶしに動く必要はない。各組織が「知っているが手が出せない」状態の事件に関する資料を提供してもらう手筈になっている。


 最終的な手柄を彼らに譲る形にすれば、プライドは許さないだろうが、譲歩はしてくれるだろう。――などと、俺の立てた計画を自画自賛をしておいた。


「手順はシンプルです。まずは提供された情報の整理と分析。その後、裏付けのための現地調査。この二段階が基本と考えてください」


 プロの資料であっても鵜呑みにするわけにはいかない。


 些細な情報が一つ加わっただけで、これまで正しいとされていた研究内容がひっくり返ったという話も多いのだから。


「このように、私たちの活動は表と裏の二面性を持ちます。そのため、学園側の管理が厳しい部活動よりも、自由度の高い同好会という形態がベストだと判断しました」


 サラスはそう言うと、一枚の紙を俺たちの前に差し出した。そこには、クラブ活動と同好会の違いが簡潔にまとめられていた。


【クラブ活動】


 ○目標:学園への実績貢献


 ○予算:学園から支給


 ○活動:規則の遵守が必要


【同好会】


 ○目標:個人の趣味・研究


 ○予算:自己資金


 ○活動:校則に反しない限り自由


 簡単に言えば、「金はやるから口も出すぞ」がクラブ活動。「金は出さないから勝手にやれ」が同好会だ。


「ここには書いていませんが、同好会には活動報告義務が緩いという最大の利点があります」


 サラスが口元を歪め、ニヤリと笑った。


 そうか。これがドヤ顔というものか。俺も弟子にものを教える時、あんな顔をしていたのか。


「同好会なので、学園からの予算は全く出ません。しかし、資金に関してはさる方が全面的に支援してくださるので、むしろ正規のクラブより潤沢です」


 金だけはあるからな。資産総額を見たら俺自身がドン引きする額になる。


 さて、問題は、活動の拠点だ。


 この創設者の部屋は機密保持には最適だが、一介の生徒が出入りするには目立ちすぎる。かといって、同好会用の共有スペースで裏の活動について話し合うわけにはいかない。


 提案をしておくか。


「先生、一つよろしいでしょうか」


「はい、リクアさん。なんでしょう?」


 かつての弟子を先生と呼ぶのは、いつまで経っても背中がむず痒いな。


「この部屋を頻繁に使うのは難しいと思います。ですが、共有スペースでは裏の話ができません。……ですから、その資金提供者の方が、裏の活動拠点となる場所も用意してくださる、と考えてよろしいのでしょうか?」


 俺からはまだ、部屋の話はしていなかった。だが、これだけ判断材料を渡せば、気付いてくれるだろう。


「……いえ? その辺りは支援して下さる方と話していませんでしたね。確認しておきます」


 おいっ! 弟子よ、師の意思を汲み取ってくれ。


「では最後に。この同好会において、必ず守って頂きたいルールを三つ、お伝えします」


 俺の心の叫びを無視して、サラスは厳かに指を三本立てた。


 一、【詮索禁止】 互いの公表されている情報以外、過去や個人的な事情を探らないこと。


 二、【情報秘匿】 万が一、同好会メンバーの素性に気づいても、誰にも伝えない。


 三、【演技の尊重】 学生、教師、一般人。それぞれの演じる表の顔を尊重すること。


 アメリア以外は全員、各組織からの諜報員だ。彼らの身元を守るためのルールではある。だがルールの本質は、俺の正体がバレないようにするための防壁とすることにある。


「二人とも、了承してくれますね?」


 サラスの問いに、俺たちは頷いた。当然だ。このルールを考案したのは俺自身なのだから。


 アメリアも頷いた。……だが、彼女を警戒しないわけにはいかない。彼女の血縁を考える限り評議会側の人間だ。


 果たして、アメリアの親は、この街のための議員か、それとも――。

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