第6話 賑やかな今日が始まる――欠けた日常の中で(5)

「はぁー……。やりますよ。やればいいんでしょう、やれば!」


 サラスは深い溜め息を吐いた後、自暴自棄になったかのように叫んだ。吹っ切れたというよりは、あまりの理不尽さに思考回路がショートしたような反応だ。彼女の瞳には、地獄への片道切符を手にした旅人のような悲壮な覚悟が宿っている。


「私が相談したんですから、責任を持ってしっかりやりますよ! 馬車馬にでも何にでもなってやります! ええ、粉骨砕身、働いてやりますよ!!」


「聞き分けがよくて助かる」


「それで、先生はどう動くんですか?」


 サラスが食い気味に、机に身を乗り出した。至近距離で睨んでくるあたり、覚悟は決まっているみたいだな。


「私にこれだけ大変な思いをさせるんですから、当然、先生もしっかりと働いてくださるんですよね? まさか高みの見物なんてことはありませんよね!?」


「まずは問題点をまとめよう」


「あ、話を逸らした」


 ヒステリックな弟子の訴えを華麗にスルーし、俺は指を折って現状の整理を始める。


「ギフテッドの才能は、環境を整えれば大きな利益になる。だから、彼らの誘拐は、まっさきに組織的な犯行が疑われる大事件だ。しかし問題が起きた。その問題とは、街の治安を守る組織が、お互いの管轄を気にして動けなくなっている――この認識で問題ないか」


「ええ、問題ありません」


 サラスも瞬時に仕事モードへと切り替わる。この切り替えの早さは流石だ。社畜の才能があるな。便利だと思う反面、教え子の将来が不安になるのは、師として贅沢な悩みだと思うべきだろうか?


「だが、俺は派手に動くわけにはいかない。まぁ、この姿を見れば分かるだろ」


 俺は自分の身体――華奢な少女の手のひらを見つめた。


「ええ。先生が力を失ったことを知られれば、四大大国が戦争を始めるでしょう」


「そういうことだ。破壊者の暴力で威圧して、国を黙らせている状態だからな」


 かなり無茶な状況だとは思うが、他の選択肢が思いつかなかったというのは、言い訳だろうな。


「今の弱体化が知られれば、それが大戦争の始まりになりかねない。つまり、今の俺が派手に動き回り、かつての俺と結びつけられることだけは絶対に避けなければならない」


「そうなりますね」


 むしろ大戦争で終わればマシな方だ。永劫図書館の仕事に影響が出れば、人間だけの問題ではなくなってくる。


「よって、俺は自分の正体を知られないように、かつ戦力を悟られない状態で、生徒の失踪事件を解決しなければならないわけだ」


「付け加えるのなら……」


 サラスがこめかみを揉みながら補足する。


「外部の人間を雇うのは避けたいですね。諜報員のような、所属組織の監視下にある人間とは根本から違います。素性や忠誠心、情報の流れを完全にコントロールするには時間がかかりすぎます」


「後で、そういった連中を雇う可能性はあるが、今は無しだな」


「……ですね。ですから、私が先生の正体が知られないように、矢面に立って頑張ればいいんですよね。ええ、頑張りますよ。馬車馬のように」


 サラスの目が死んでいた。完全に投げやりになっているな。


「いや、頑張るのは最初の数日だけだ」


「へぇー。誰か協力者の当てでもあるんですか?」


 完全に疑っている。評議会任せにして組織間の力関係の調整を放置していた件を、相当根に持っているようだ。そりゃ怒るよな。だが、俺にだって考えはある。


「力の天秤、永劫図書館、評議会。そんな大組織が、この学園に諜報員を潜り込ませていないわけがないだろ」


「まさか……」


 サラスが目を見開く。


「ディーンとロウに言えば、天秤と図書館から諜報員を一人ずつもらえるだろう。そこに、学園の諜報員を加えれば、三大勢力の諜報員を集められる。即戦力である上に、色々と事件の情報も持ってきてくれるだろうさ。自分たちの組織が関係するトラブルなら、彼らも動きやすい」


「あぁー……」


 サラスが天を仰いだ。


「……ごめんなさい。あなたたちの始末書が決定しちゃった」


 兄弟弟子に謝っているんだろうな、きっと。


「先生が動いて、中央行政機関をなし崩し的に設立させるキッカケを作ってやると言っておいてください。そうすれば、少しは彼らも納得するでしょうから」


「手紙を書くから、それを渡して、まずはお前の方から言っておいてくれ。今の姿で下手な会い方をすれば、そこから俺の正体を疑うヤツが出るかもしれないからな」


 早めに会って話を直接伝えたほうがいいのは分かっているが、迂闊なことはできない。優先度の低いことに関しては、慎重になったほうがいいだろう。


「はぁー。仕方ありませんよね。彼らには、私の地獄の一端を背負っていただきましょう」


 開き直って見せたサラスは、なんとも言えないいい笑顔をしていた。これが地獄への道連れを見つけた人間の顔か。実に清々しい。


「この活動ですが、同好会という形でまとまるのはどうでしょうか? 同好会の活動という名目があれば、話し合いのために集まっても不自然ではありません」


「確かにな。裏の活動として、治安維持の穴を埋める。そして表の活動として別の何か……そうだな、街のガイドブックを作るなんてどうだ?」


 自分で言っておいてなんだが、悪くないアイデアだ。治安維持の裏活動を隠すには、これほど健全な口実もそうはないだろう。


「案内書、ですか?」


「ああ、ガイドブックを作る名目があれば、取材だと言えば入れる場所も多いだろう。それに、街をうろついていてもおかしいとは思われないはずだ」


「そうですね。ガイドブック作りであれば、多少は濃い子が集まってもおかしくはないでしょうね」


 なんで「濃い子」のところで、俺に向ける視線の質が変わったのだろうか?


「まだ、いくつか問題はあるが……方針は決まったか」


「はい。細かな問題もありますが、それらは他の兄弟弟子に手を借りるつもりです。それに中央行政機関の設立を目指すのなら、やはり評議会にも協力してもらわなければなりません。これ以上、影を薄くするわけにはいきませんから」


 切実だな。本当に悪かったと思っている。


 まさか、サラスが動揺するほど影が薄くなるなんて考えてなかったんだ。まさか、街の人間に聞いても「そんなのあったね」と言われる程度の評価にまで落ちるとは思わなかったんだ。


「評議会からも、諜報員をもらいたいところだが、コネがないな。お前はどうだ?」


 他の組織は、俺の弟子という強力な人脈があった。評議会に関しては、ほとんど放置状態だったからな。接点がほとんど無い。


「そうですね……諜報員ではありませんが、先生のクラスにいる、アメリア・クレインという生徒はご存知でしょうか? 灰色に近い髪色をした子です」


「少し話したな」


 覚えている。ほとんど同じ年齢なのに、俺の末弟子の暴走具合と全く違う、健全な育ち方をした女の子だ。


 しかし師のプライドを守るため、体育の授業でグラウンドを一周しただけで死にかけたなんて言えないから、軽く話を濁させてもらった。


「その子もギフテッドです。情報を整理する能力が超人的なので、同好会に加えればきっと役に立ってくれますよ」


「確か、クラリスに渡された資料にも、そんなことが書いてあったな」


 この学園に入る前、学園内のギフテッドについて、資料をしっかりと確認してある。


「強制はしない範囲で声をかけておいてもらえるか? 同じクラスとはいえ、俺が言ったら評議会が関係する仕事だっていうのは伝えにくいからな」


「ええ、分かりました。兄弟弟子たちにも、話を通しておきます」


「ああ、頼む」


 大雑把ではあるが、これで今後の方針は決まった。


 さて、サラスが事務作業の山を思い出す前に、退散することにするか。

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