第5話 賑やかな今日が始まる――欠けた日常の中で(4)

 叡明学園に通うようになって五日が経った頃、俺はサラスに呼び出された。名目は転入手続きの不備確認。だが、呼び出された場所を考えれば、それが建前であることは明白だ。


 向かった先は、学園の魔術部門棟。その最上階、本来ならば設立者のみが立ち入りを許される開かずの間である。俺が不在の間、弟子のサラスが管理しているとは聞いていたが――。


 重厚な扉を開ける。


「…………」


 扉の向こうには、最高レベルの防音、対魔法結界、盗聴防止機能が完備された、世界で最も安全な部屋――のはずだったが、俺の知っている部屋はこの世から消えてしまったようだ。


 不釣り合いに広すぎる部屋を埋め尽くすのは、荘厳な魔導書もあるが、地層のように積み上がった書類、書類、資料、あと飲みかけのコーヒーカップ。


(好きに使い過ぎだろ)


 俺は権力と距離を置いているから使わない。ゆえに、部屋の私的な利用を許可したが、ここまで自由に使われているとは思わなかった。


「お待ちしておりました。どうぞ、そこにお座りください」


「本の上にでも座れって言うのか? 椅子が全部、荷物置きになっているぞ」


 サラスは書類の山から顔だけ出し、手品のように椅子を一つ発掘して差し出してきた。昔から変な所で器用だったが、その器用さが変な方向に成長しているのではないだろうか? 弟子の成長の方向性が少し心配になってきた。


 だが、今日はそんなことを考えに来たわけではない。


 俺が座るのを見届けると、彼女は扉を厳重にロックする。鍵の掛かる音がやけに重く響いた気がした。


「この部屋であれば、外に話が漏れることはありません。防音と結界の性能は、部屋の所有者である先生が一番よくご存知ですよね」


「……先生か。どうやら、書類の書き損じを直させに来たわけじゃなさそうだな」


 サラスの表情から、事務的な愛想笑いが消える。


「ここにお呼びしたのは他でもありません。ギフテッドの生徒が誘拐された件についてです」


 単刀直入にきたな。


 誘拐というだけでも重い話だが、ギフテッドだと組織ぐるみの犯行が前提になるからな。俺が口を出さない方がいいと思うんだが。


「誘拐事件なら、街の治安局の仕事のはずだが?」


「いえ、それが……学園で起こった問題には、街が口を出すのも難しいと言いますか」


「まぁ、そうだよな」


 それぞれの機関が自治権を持ち、互いに干渉しないことで無用な衝突を避けようという約束を、俺が創立に関わった組織にはさせてある。


「なら、学園の警備局はどうした。生徒――しかもギフテッドが攫われたんだ、血眼になって動いているんじゃないのか?」


「いえ、学園の方も一歩外に出ると権限がなくてですね。誘拐自体は街で起こったので、管轄外だと」


「は?」


「ですから、街の方は『学園の生徒だから学園の問題』と言い、学園側は『現場が街だから街の管轄』と言っていまして」


 何を言ってんだコイツ? サラスが原因ではないのだが、しばらくその言葉を受け入れることが出来なかった。


「……わかった」


 しばらく考え、ようやく言葉を理解できた俺は、こめかみを指で押さえる。


 どこで間違えた――。


 学園を含め、俺が設立した組織に関しては「俺の影響力を排除し、自分たちで考えて動けるように」と、あえて運営には口を出さず距離を置いてきた。


 そうだ。間違えたのは仕組みではない。俺の態度が間違っていたんだ。


 俺には「自分なりに工夫して成長してほしい」という考えはあったが、委ねるタイミングが最悪だった。相手が自立するまで面倒をみるべきだったが、子どものまま放置した。すなわち育児放棄だ。


 時間がなかったというのはある。だが、それは俺の都合であって、その尻拭いをさせられているヤツにとっては、どうでもいい話だ。


 俺という絶対的な権力を持ったヤツが動かなかったせいで、『動くほどの問題ではない』とか、『動かなくてもいい』、下手をすれば『動くな』というメッセージを送っていた可能性すらある。


(酷過ぎるだろ、これ)


 師として、こんな情けない結果を見せたくはなかったな――うん? この学園を含めて、俺が作った主要な組織は三つあるんだが……。


 嫌な予感が背筋を走る。学園の状況を考えると、他の組織も同じように治安の問題が生じているんじゃないか?


 いや、治安だけでなく他の業務でも、同じような問題を抱えていると考えた方がいいかもしれない。


 三つの組織を作って、三つとも機能不全の一歩手前。


 もしも、俺が消えた後のことを考えて作った組織が、全てこの状況にあるとしたら?


(さすがにキツイな)


 思わず、俺は深いため息をついていた。


 そこへサラスが身を乗り出してくる。


 慰めの言葉でもくれるのだろうか? そのように考えたが、違うことは彼女の目を見てすぐに分かった。


 その瞳に宿っていたのは慈愛ではなく、縋るような必死の色だったからだ。


「あの、先生。まさかと思いますが……組織間の権限問題を解決する調整機関を作らなかったのは、必要性に気付かなかったから……なんてことはありませんよね?」


 サラスが早口でまくし立ててくる。


「危険な状況下で、領域全体の機能不全を防ぐためのリスク分散ですよね? いざという時に組織の一つでも残るようにという……! あるいは、組織同士を競争させて成長を促すためとか!」


 お、おぅ。ものすごい勢いで畳み掛けてくるな。


「いえ、分かります、お互いを監視し合う形にして腐敗させないためですよね!? あの、何か深い理由があったんですよね!? ねぇ!!」


 問いかけというより、必死の訴えだった。ここでの失敗が大きな問題に発展するかもしれないことは、痛いほど分かる。


 正直に言ったら怒るだろうな、きっと。だが、現実は残酷だ。そして、それを優しく伝えるのも師の役目だろう。よし、優しく丁寧に、俺が怒られないように伝えるとしよう。それを最優先に――。


「あぁ、そのだな。俺としては、評議会が頑張ってくれると思っていたんだが……」


 俺がそう告げた瞬間、サラスの表情が凍りついた。それはまさに、宇宙の真理を覗き見てしまった犬のような顔だった。あまりに遠回しすぎて理解できなかったのだろうか?


 しかし数秒後、俺の言葉が脳内で処理された瞬間、サラスの中で何かが切れる音が聞こえた。


「そんなわけないじゃないですかッ!!」


 バン! と机が叩かれる。同時に書類の雪崩が起きた。これは、後で書類を探すのが大変だろうな。


「評議会の影の薄さを知らないんですか!? 私達の影響力が強くなっちゃっているせいで、街の人なんて『そういえば評議会なんてあったね』とか、ようやく思い出す程度なんですよ!」


 サラスがまくしたててくる。そこに俺への遠慮は、いっさい感じられない。


「あそこにお飾り以上の機能なんてあるわけないでしょう! どうするんですか!!」


 師の優しさは欠片ほども伝わらなかったようだ。それと、師に優しくするのも弟子の役目だと思うぞ。などと言ったら、明日にはこの書類の山に埋められていそうなので黙っておく。


 だが、サラスの言う通りだ。三つの組織の権力を調整する中央行政機関のようなものが必要だったのだ。それを早く作らなければ、本当にマズいことになる。


「この件は、俺に任せてくれ」


 俺が動いて、創立者権限で強引に話を通してしまえばいい。反発はあるだろうが、この状況だ。俺が少し恨まれる程度なら、大した問題ではない。


 俺なら他の組織にも顔が――利かなかったな。


 今の俺の顔じゃ、誰も言うことを聞いてくれない。クラリス曰く、女の子にバージョンアップしているのを忘れていた。


 今の姿で「俺が創設者だ」などと言っても、鼻で笑われて終わりだ。


 どうする。とりあえずは、そうだな。俺の代理人を用意するべきだな。


 条件としては、俺の意図を理解し、実務能力が高く、文句を言いながらも断れない、さらに俺の正体を外に漏らさない人物。そんな都合のいい人材は探すのも大変だ……と考えて、視線を戻す。


 目の前にいた。


「どうするんですか、本当に……ハァ、ハァ……」


 サラスはまだ肩で息をしている。ここまで情熱を持っているのなら、大丈夫だろう。うん、きっと大丈夫だ。


「完全に俺の落ち度だ。だが、今はどうしようもないんだから、これから何とかしていく」


「……どうやってですか」


 思いつき程度だが、プランはある。大丈夫だ、きっと大丈夫だ。


「昔やったみたいに、荷馬車の馬のように働いてくれ」


「は?」


 その一言で、彼女の脳裏に封印されし記憶が蘇ったらしい。かつて経験した、過労死ラインを反復横跳びする日々。サラスの表情は引きつり、みるみるうちに顔面蒼白になっていく。


 こうしてサラスには、少しだけ時間外労働を頑張ってもらうことになった。

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