3話
「ごめんなさい。話を脱線させてしまっただけにとどまらずこんなみっともない姿を見せるなんて……」
桜は眼鏡を外し、目元にハンカチを優しく当てながら涙を拭っていた。
2人の言葉がジーンと胸を打ち込み上げるものを抑えられなかったのだ。
眼鏡を掛け直し、顔を上げると目元は少し赤みがかり腫れている。
その姿を見られるのが恥ずかしいようで、逃げる様に顔を俯かせた。
そんな可愛らしい仕草に思わず笑みが溢れた。
「え、えっと! 依頼の報告だったわね!」
誰がどう見ても無理のある話題転換だが、そこに突っ込むのは野暮だろう。
夜火は彼女の心情を汲み取り、そのまま報告を口にした。
「発見された全てのダンジョンは既存のダンジョンと似たトラップばかりだった。もちろん全てのトラップが作動したわけじゃないからもしかしたら未知のトラップがあるかもしれないけど、それは全てのダンジョンにも言えることだから探索中はその人本人が気をつけることだね」
「私の方からは…………こちらを」
鞄から手のひらサイズの皮袋を取り出した。
そしてそこから取り出されたのは物理的に入らないであろう、剣や鎧の数々。
これは世界でも限られた魔道具の一つ、マジックバック。質素な見た目とサイズとは裏腹にとんでもない性能を有している。
深層以降のドロップ品か、空間を支配する超強力なモンスターの素材で作られたそれは、袋の中と外で空間も時間も隔絶された超便利な収納袋だ。例えば生肉を袋に入れたとしても生肉の時間は停止して入れている間は一生腐ることはない。
一つ数億から数兆円の規模で売買が行われるほど希少な魔道具だった。
値段の違いは収納できる容量により変動するのだが、真白が持っているものに限界はない。
つまり無限に物が入れられる最高級袋で、もしこの性能の物が世に出回ればもはや大国の国家予算を全て使ったとしても足元にも届かないほどの金額となるだろう。
そんな絶対に表には出せない代物をサラッと机に出した真白に桜の頬が引き攣った。
だが、次々に取り出される装備の数々に目の色が変わっていく。
母親然としたものからダンジョン協会の受付嬢のものへと。
「これは……」
取り出された装備を見て、桜が息を呑む。
その装備には、血の付着が至る所に見られ、鎧に至っては肉片らしきものもへばりついているものも見受けられた。
「……はい。おそらく協会が見つけるより以前にダンジョンを発見した人達の遺品だと思われます」
「未発見のダンジョンは見つけたその時に近くの協会へ連絡するのが絶対のルール。目新しい素材やアイテムを独占したくて連絡を怠ったのか、それともそこの協会が本部である『日本支部』への連絡を意図的にせず独占しようとしたのか…………どちらにせよ調査した方がいいかも」
「そのようね……。この件は最優先で会長に伝えるわ」
そう言う桜の表情は硬い。
そこには怒りや呆れが色濃く浮かんでいる。
「……欲を出せば死ぬのが探索者だって今まで何億人もの死が物語っていると言うのにどうして欲を出すのかしら。
しかも入った先がA級ダンジョンなんて彼らは思いもしなかったでしょうね。
こうならない為に協会へ連絡する決まりだと言うのに……!」
ダンジョンはダンジョン内の魔力濃度によって等級が分けられている。最低のFから最高のSの7段階。
ダンジョンという膨大な魔力を測定する魔道具を使い、慎重に調査を進め、協会によって等級の振り分けがされる。
そのため未発見のダンジョンを見つけた場合は協会に連絡し、急ぎ調査を行い等級を振り分けることで初めて適正の合う探索者が攻略を進めるのだ。
A級探索者以上になればダンジョンに入っただけで肌で感じる魔力濃度である程度判断はできるが、それ以下の等級の探索者は無闇に入らないのが鉄則とされている。
今回、犠牲になった探索者は十中八九後者。
そして亡くなった探索者がいると言うのに協会の総本山である『日本支部』にその情報がないと言うことは…………。
「どうやらしっかり問い詰める必要がありそうね。これらの装備は私に預けてもらっていいかしら? さっきの情報と一緒に会長に持って行きたいの」
「構いませんよ。できることなら少しでも早く遺族の方の元に届けてあげてください」
「ええ、約束するわ」
「お願いします」
「後はモンスターについてだな。変わったモンスターはいなかったけど依頼通り相対したモンスターを各種一体ずつ持ち帰ったから調査をお願い」
今度は夜火が懐からアイテムバックを取り出す。
こちらももちろん容量無制限の激ヤバ魔道具だ。
「それじゃあ移動しましょうか。奥の保管室で出してもらえる?」
「わかった」
一同にソファーから立ち上がり、入り口とは真逆にある職員側の扉から出る。
忙しなく職員が探索者の対応をしたり、次々に送られてくる情報を精査したり、報告書を作成したりと、猫の手も借りたいと言わんばかりの雰囲気が感じとれた。
そんな中、1人の小柄な女性職員が山積みの書類を持ってふらふらと歩いてきた。
危なっかしい足取りにいつ転んでもおかしくないなと思って歩いていると、案の定、女性は足をもつれさせ横にバランスを崩してしまった。
「わっ、わわっ、ぁぁぁぁぁああああ!」
か細くも喧騒の中を突き抜ける悲鳴に、仕方ないと夜火は動く。横転しようとする女性の肩を抱き寄せ、宙を舞う書類の束を落とすことなく全て片手で積み上げてみせた。
「いっ…………た、くない?」
「忙しいのは見ててわかりますが、あの量を1人で運ぶなら分けるか台車を使うかした方がいいですよ。もしぶちまけたらそれこそ時間がかかってしまいますから」
「ほへ……」
未だ自分の状況が理解できていないのか、気の抜けた声が女性から漏れる。しかし、夜火の声を聞いて顔を上げた彼女は、夜火の顔と自分の状況を交互に見て、そしてボンっ! と顔を真っ赤に爆発させた。
「は、わわわわわわわわわわわわわわっ⁉︎ お、おとっ、おとおとおとおとこ⁉︎」
まるで人生で初めて男性に触れられたとばかりに羞恥心と緊張を爆発させる彼女に、夜火も唖然とする。
ゆっくりと女性を離すと、へなへな〜っと地面に座り込んでしまった。
「えっと……」
「何をやってるよ天羽さん」
どう対処すればいいのかわからず途方に暮れていると、桜の呆れた声が聞こえてきた。
天羽と呼ばれた女性は桜に声をかけられたことで我を返り、俊敏な動きで立ち上がる。
「は、早瀬さん⁉︎」
「ごめんなさいね夜火。この子、最近入社してきて、今は私の下で仕事してもらってるんだけど……箱入りのお嬢様でね、大学を卒業するまでずっと女子校育ちで男性に免疫がないのよ」
「……よくそれで協会職員になろうと思ったな」
協会職員のメインの仕事といったら探索者の相手だ。
そして探索者の多くは男性であり、彼女の経歴を考えれば相性はかなり悪い。
良くそんな女性を入社させたものだと内心思って天羽を見ると、彼女がのぼせた様に頬を上気させこちらをぽーっと見つめていた。
「あら♪」
相変わらずどう対応すればいいのかわからない夜火とは反対に、何かに気づいた真白が楽しそうに声を弾ませる。
そして天羽に近づいたかと思うと耳元で何かしらを囁くと、反応は顕著に返ってきた。
「ち、ちがっ! わ、わたっ、わたくしはっ、ほ、れ、ほれほれほれ────、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! し、失礼しますわぁぁぁぁああああああああっ! あと、助けていただきありがとうございますぅぅぅうううううう!」
「うふふっ♪ 可愛らしい人ですね」
「真白、何言ったの?」
「それは内緒です♪」
「…………そっか」
楽しそうならそれでいいかと、半ば思考を放棄した。
嵐のように去る天羽を見て、桜は軽く頭を抑え呟く。
「全くあの子は……あの調子で続けていけるのかしら」
「ん〜、大丈夫だと思いますよ?」
「…………ま、でしょうね」
長い沈黙と共に、何故かこちらを半目で見つめながらそう言った。
「え? どうしてそこで俺を見る?」
「……なんでもないわ。真白が楽しそうなら文句はないもの」
「ふふふ。夜くんって私の心情に関してはすごく敏感なのにそれ以外にはかなり鈍感ですよね」
「???」
さっきから何を言われているのかわからず困惑する夜火他所に、女性2人は歩き出した。
何とも言えない感情が渦巻き口をもごつかせながら、ゆっくりとそれらを飲み込んで夜火も2人の後を追った。
「相変わらずここは広いですね」
「だな」
何度も来ているのに思わずそう呟いてしまうくらいにはここは広い。
大体横、奥行き共に5km、高さは100mと広々とした空間が広がっている。
この場所は、高価な素材やアイテムなど人目に出しづらいものだったり、換金窓口では対応しきれない巨体なモンスターや大量の素材、魔石を換金するために造られた場所だ。主に探索者の派閥、『ギルド』の遠征帰りに使われることが良くあるくらいで個人単位で使われることはほぼほぼ皆無だ。
「今回はそんなに量ないけどここでいいの?」
アイテムバックを持ちながらそう尋ねると頷きが返ってくる。
「今、研究所の方もいっぱいだから一時保管として置いておくの。それに事情が事情だもの。話してなるべく優先して調べてもらうから表に出していたほうが都合がいいのよ。幸い、どこのギルドも遠征の予定はないからここもしばらく使われることもないわ」
「わかった。ならここに並べるよ」
会話の合間に大きく広げたブルーシートの上にここ1週間で回った5つのダンジョンで回収したモンスターを並べて置いていく。
どのモンスターも心臓である魔石を撃ち抜かれ完全に死んでいる。
「シャドーベアー、ライトニング・ウルフ、アイス・ウルフ、フレイム・ウルフ……B級もA級も……多くの探索者を殺してきた凶悪なモンスターたちがこんなに」
並べられた死骸を順に見て周りながら、桜は改めて2人の実力に舌を巻いた。
特に大都市を滅ぼせる……下手をすればその力、特性から条件が揃えば国すら堕とせると判断された A級モンスターが石ころのように大量に横たわっている。
現役時代の桜がこれらと接敵したとして、五体満足でいられただろうか?
少し考え……内心でかぶりを振る。
一対一で戦い、かつ終われば1日休息を得られるなら時間をかければこの全てのモンスターを討伐することは可能だろう。
しかしたった1週間という短い時間で達成しろと言われたら不可能だ。
連戦続きが行けたとしても2戦。無理して3戦。
だと言うのに彼らは平然としている。
無傷で、疲れた様子さえ見せず。
控えめに言って化け物である。
かつて、桜も A級探索者だったと言うのにまるでレベルが違った。
「こいつで全部っと」
そんな桜の気なんて知らず、最後のモンスターを出し終えた夜火はさっさとマジックバックをしまう。
無闇に表に出していても争いの種にしかならないからだ。
「ありがとう。研究が終わり次第、私達の方で換金しておくけど、欲しい素材とかあるかしら? あったらその素材は取っておくけれど」
「いえ、全て換金してもらって構いません」
「わかったわ。換金が済んだらこちらから連絡するから、暇な時にでも手続きに来てちょうだい」
「わかりました」
「それじゃあ今日はここまでね。後日正式に協会から依頼料が振り込まれると思うからそちらの確認も忘れずにね」
「実は、依頼料は依頼を受けたその日に全額貰ってるんですよ。おそらく凛音さんが手を回したんだと思います」
それを聞いた桜は声音に僅かな怒りと呆れを滲ませる。
「はぁ……まったくあの人は。きっとあなた達なら絶対に失敗しないってわかってるから先に振り込んだのね……。それは変にプレッシャーを与えるだけだからやめなさいって言ったはずなのに」
確かに、先に報酬を受け取ってしまえば絶対に成功させなくては! と力んで失敗してしまう可能性は充分にあり得る話だ。
だが、夜火達はそれをある意味誇りとして受け取っていた。
「それだけ私達が信頼されている証ですね」
「まぁ……俺達の全力を知っている数少ない人だからな。他の探索者にはこんなことしないだろうから桜さんもあまり怒らないであげてね」
「…………そうやって甘やかしていると、最終的に面倒なこと押し付けられるわよ」
2人が気にしないと言った以上、桜から言えることはこの程度のことだ。
自分の本当の子供と思っている2人がいいように使われるのは正直いい気はしなかった。
「もしそれが俺達じゃないと出来ないことなら引き受けるよ」
「それに断ったせいで大惨事、なんてことになったら申し訳ないですから」
「本当にあなた達は……先生に似てきたわね」
その言葉に真白は嬉しそうに、それでいて誇らしげに言った。
「当然です。私達は先生の弟子なのですから」
あとがき
中々ダンジョンや配信の話に辿り着かなくて申し訳ないです。
ただ、あと2、3話でがっつりダンジョンや配信関係に入っていきますのでもう少しお待ちください。
フォロー、⭐︎ともにありがとうございます。
とても嬉しいです。
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『死神』と『聖女様』は最強幼馴染カップル〜現代に根付いたダンジョンを攻略せよ! ふじたかなすび @poo-POH
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