2話 ダンジョン協会へ

『世界ダンジョン協会──日本支部』。

 東京駅の近くに建てられたそれは、休日ということもあり多くの探索者で賑わっていた。

 これからダンジョンに潜るであろう一団が何組も集まり本日の依頼だったり、ダンジョン状況を確認するため早朝は建物全体が忙しない。

 多くの者が鎧や武器を装備し、これからの探索に腕を鳴らしている。

 そんな場所に装備一つせず、ラフな格好で現れた夜火達は異様に目立っていた。

 いや、隣に真白がいる時点でどんな時でも注目は集めてしまう。

 今も装備を持たないことに違和感を覚える者より、真白の美しさに心を奪われている者の方が圧倒的に多い。

 力が全ての探索者は男女共に荒くれ者が多いが故に清廉で清楚な聖女様然とした雰囲気を持つ真白は屑の中で異彩の輝きを放つダイヤモンドなのだ。

 そして誰もが喉から手が出るほど欲する女の全てを手に入れている隣の男を睨みつける。

 まるで大罪を侵した囚人のような扱いに、夜火は内心苦笑を漏らしていた。


(こいつらも飽きないな。どれだけ睨みつけようが、殺意を振り撒こうが、こうして俺が少し殺気を向けるだけで────)


『ッッ⁉︎⁉︎』


 真白に欲に濡れた視線を向けていた者、夜火に殺気を放っていた者、その全ての者が己の首に大鎌をかける死神を幻視した。

 熱気に溢れていた協会から一瞬で熱が奪われる。

 まるで身内から死者が出てしまったかのようなお通夜状態だ。

 皆が怯えるように夜火達から視線を逸らし、見つからない様に身を隠す。

 なんとも滑稽な姿だった。


「夜くん。程々に、ですよ?」


 凍りついた空気を溶かす様な、お日様みたいな優しくも暖かな声音と共に、ぷにっと彼女の人差し指が夜火の頬を突いた。

 悪戯を仕掛けた子供を叱るみたいに、その表情には何でも調和させてしまう柔和な笑みが浮かべられていた。


「だけど……」


「私のためを思って行動してくれるのはとても嬉しいことですが、やりすぎは良くありませんよ? 特に彼らは今からダンジョンに潜るんですから」


「…………」


 夜火は周囲を一瞥する。

 殺気に当てられて顔色を悪くしている探索者がパッと見ただけでも10人は軽く超えている。

 真白の言う通りこのままではコンディションに問題が出るだろう。

 仕方なく……仕方なぁ〜くっ! 殺気を消すと、至る所から、ぷはぁー! っと息を吐く音が聞こえてきた。

 文字通り息の詰まる思いだったのだろう。

 凄んでいた者達は一様に萎縮し、2人の通る道を作る様に避けていく。

 彼らの前を通るたびに作られた笑みで「ありがとうございます」とお礼を言う真白に、張り詰めていた彼らの表情は一瞬でだらしないものへと変わっていく。

 それを面白くないと思いながらも黙って見ていた夜火の前に、1人の大男が遮る形で現れた。

 スキンヘッドに額に大きな傷。

 背中には大剣を背負っていて、いかにもな風貌な男だ。

 隠す気もない見下した視線をぶつけて来る男は夜火に向かって吐き捨てる様に口を開いた。


「よぉよぉガキの分際でえれー別嬪な女連れていいご身分じゃねーかよ」


 瞬間。

 静まり返っていた協会内がブワッと音を取り戻した。


「あいつ死んだくね?」

「誰に喧嘩売ってんのか理解してんのか⁉︎」

「あいつ……確か今日から東京に来たって言う田舎の探索者だぞ! 誰か教えてやれよ」

「お前が教えてやれよ! 俺は巻き込まれたくない!」

「ま、まぁ、田舎から出てきてテンション上がってるだけで……今回はいい薬ってことで!」

「次回があるといいな」


 などなど。

 恐れ知らずの田舎者に畏怖と憐れみの視線を向けていた。

 それら全ては夜火の耳に届いていたが彼には聞こえていなかった様で、自信に満ちた表情で真白を見た。


「おいそこの女。こんなしょんべん臭ぇガキなんかより俺とパーティーを組まねぇか? いい思いをさせてやるからよニヒヒ〜!」


 その視線は真白の顔から胸へ移り、全身をねっとりと舐め回しているかの様で、もはや視姦の域だ。

 だがそんな目を向けられても真白は笑みを絶やさず浮かべ微動だにしない。

 それは恋人への絶対的な信頼があるからに他ならない。


「そうですね……彼を倒せたら考えてあげてもいいですよ?」


「ま、結局はこうなるよな」

 

 似た様な出来事を数えきれないほど経験してきた彼らにとって、もはやわかりきっていた流れだ。

 男も話が早いとばかりに歓喜の表情を浮かべ、今から手にする極上の女に舌舐めずりをする。


「この世は強え奴が全てを手に入れる! 俺様に目をつけられたことをこうか────いでふッッッ⁉︎」


 男が大剣の柄を掴んだ刹那。

 夜火の踵からの回し蹴りが炸裂。

 脇腹を捉えたそれは、胴体を切断する勢いで減り込み、最後はドアの方へ蹴り抜いた。

 2m近くある大男が、まるで大砲の如く速度で吹き飛ばされる。

 ちょうど誰かの来訪に空いていた自動ドアを通り抜け、外で何かにぶつかる轟音を響かせた。


「ん。ゴミ掃除終了。また絡まれる前に早く桜さんのところに行こう」


「はいっ」


 2人は足早に人垣を抜け、目的の女性を探す。


 背後では、


「さ、さすがA級探索者……『死神』。容赦ねえ……」

「『聖女』様のことになると容赦ねーからなあの人」

「ここにいる多くの人間が同じ道を辿ってきたもんな……」


 と、自分たちと同じ末路を辿った見えなくなった男の方へ、暖かな視線を送っていた。

 既に脳内から男の存在が消えた2人は、彼らの声は届いているが全て聞き流し、目的の相手を見つけた。

 ピンと伸びた背筋に綺麗に着こなされたスーツ姿の女性を。

 眼鏡越しに見える鋭い切れ目は獲物を狙う鷹のよう。

 見るからに堅物そうな女性だが左手の薬指には愛を誓った指輪がはめられていた。

 早瀬桜。

 彼女こそ2人が探していた人物だ。


「あ、桜さんっ」


 真白の声音が弾む。

 まるで久しぶりに母と再開する娘の様に。

 名前を呼ばれた彼女は書類から顔を上げるとズレていた眼鏡の位置を調整しながらこちらを見た。

 手を振る真白とそれに寄り添う夜火の姿を見つけた彼女はレンズの奥の瞳を大きく見開き、小走りでやって来たかと思うと2人まとめて思いっきり抱きしめた。


「…………お帰りなさい」

 

 硬く、重い声音。

 だけどそこに安堵と喜びの色が含まれていることに2人は気づいていた。


「ただいま。桜さん」


 そんな彼女の思いを受け止める様に、2人は桜を抱きしめ返した。


 ☠️


 早瀬桜は人気の受付嬢だ。

 非常に整った顔立ちと猫を思わせる切長の鋭い瞳。

 スーツ姿でもはっきりとわかる体のメリハリ具合。

 なによりかつては探索者として名を馳せ、彼女に憧れて探索者を目指したと公言する人が多いほど、人気のある女性だった。

 怪我が原因で探索者を引退してしまったが、現役時代の活躍やその容姿から根強いファンが多い。

 現役時代も求婚する男が後をたたず、受付嬢になった際はそれ以上に男に求められた。

 それらをバッサリと無表情で切り捨て、撃沈した男は数知れない。そんな彼女が結婚した時は決して小さくない騒動に発展したほどだ。

 と、つまり。

 それだけ人気な桜が安堵の表情を浮かべ特定の誰かを抱きしめたともなれば騒ぎになるのは必然。

 ここでは落ち着いて話せないということですぐ隣にある個室に案内され、夜火達はソファーでゆったりと会話を広げていた。


「さっきはごめんなさい。考えもなしに抱きしめてしまって。煩くなるのはわかってたはずなのに、どうしても抑えきれなかったの」


 夜火、真白の前にお茶を用意しながら桜が謝罪を口にする。


「気にしないでください。私達も桜さんに抱きしめてもらえて嬉しかったですから。ね、夜くん」


「ああ。それだけ心配してくれていたってことだろ? 今までの人生で心配してくれる大人ってあんまりいなかったから、嬉しいよ」


 真白に続き、夜火も本心を口にする。

 早瀬桜は2人にとってもう1人の母親的存在だ。

 まだ探索者になれなかった年齢の時に、ダンジョンの知識を2人に叩き込んだのが桜だった。

 協会職員として働き始めて少し、自身の探索者のノウハウや、協会内にいるからこそ得られるダンジョンの知識を余すことなく教えてもらったのだ。

 そのおかげもあって、今では世界でもトップ層のA級探索者となり、桜はそんな2人の専属受付嬢となっている。


「ありがとう。そう言ってもらえて心が軽くなったわ。それで、今日来たのは先週から行っていた依頼の報告でいいのよね?」


「はい。【反転】の予兆が観測されたことで見つかった5つのダンジョン。その全てのダンジョンコアを沈めて来たのでその報告です」


「こちらでも魔力濃度の著しい減少は確認できていたから成功したのはわかっていたけれど……本当にありがとう。一国民として、そして協会職員として心から感謝を」


 代表するように、深々と桜が頭を下げる。


「頭を上げてくれ桜さん。ダンジョンを攻略したと言っても高々、D、B、A級ダンジョンだ。大した手間じゃなかったよ」


「D級ならまだしもB、 Aクラスのダンジョンの攻略は普通でも数年、数十年かけて攻略するものよ? それを高々って……逞しくなったわね」


 呆れながらも昔を懐かしむ眼差しを彼らに向けた。

 まだ小学生だった頃。懸命に机に向かい勉強を頑張っていた2人が、気づけば日本の国防を担えるほどに成長したのだ。

 立派になって嬉しい反面、こんなにも早く自分の手から離れていった我が子の様に思っている2人を見ると少し寂しい。彼らの事情を考えると止まっている暇がないことはわかっているが、つい、桜は尋ねてしまった。


「ねぇ、2人とも…………やっぱり一緒に暮らさない? 夫も娘も息子も歓迎してくれてるし、私としても本当の親に、家族になりたいと思ってる」


 そんな桜の本音に、夜火はジーンと胸を打たれた。

 湧き上がるのは歓喜。

 第二の母と思っているくらいに慕っている女性から家族になりたいと言われて嬉しくないわけがない。

 それは真白とて同じで、その表情は喜びで染まっていた。

 ────だが刹那に、2人に影が差しす。


「桜さん。気持ちはすごく嬉しい。俺も桜さんのことはもう1人の母親だって思ってる」


 彼女の瞳をまっすぐに見つめる夜火の言葉を、真白が引き継ぐ。


「私も桜さんのこと、お母さんって呼びたいです。でも、私達にはやらなければならないことがあるんです」


「……まだ、ダンジョンが……そして自分達を許せないのね」


 桜は俯き、その口から悲しみに満ちた声が震え出る。


「うん。俺達は、自分達なりの決着をつけない限りは桜さんを母さんとは呼べない。それは母さん達にも、桜さんにも失礼なことだから……だからごめん」


「ううん、謝らないで。あなた達の想いは知っていたはずなのに……さっきの件と言い、今といい、取り乱してしまったわ」


 桜は眉間を皺寄せながら、重くため息をつく。

 

「ダメね……あなた達がA級ダンジョンに向かったと知ったときからこの調子なの」


「あ」


 真白が何かを思い出すように声を漏らす。

 それと同時に夜火も思い出していた。

 桜が現役を引退する原因となったのは新たに発見されたA級ダンジョンの探索中のことだった。

 当時では一度も発見されなかったトラップやモンスターが多く発見され、それらの絡め手から仲間を守るために桜は重傷を負い、結果引退へ繋がった。

 奇しくも夜火達に与えられた依頼も似た様な状況で、当時の出来事がフラッシュバックしてしまった様だった。

 夜火と真白は何を言うでもなく顔を見合わせると一つ頷き、桜の手を左右から包み込む様に触れた。


「安心してくれ。俺達は1人1人じゃ限界があるけど、真白と一緒ならその可能性は無限大だ」


「夜くんの言う通りです。私達が揃えば最強なんですっ。どんなモンスターでもやっつけてみせますよ」


「だから全部終わったら、俺達と家族になってください」


「その時はお母さんって、沢山呼ばせてくださいね?」

 








あとがき


フォローやギフト、ありがとうございます。

大変励みになります。



本日もう1話投稿予定です。

おそらく昨日と同じく23時頃になると思われます。


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