1話 甘い日常
目を覚ますとそこには女神がいた。
もちろん比喩だがそう例えてしまうほどの美少女が隣で静かに寝息を立てていた。
亜麻色の長髪が肩から背中に流れ、枕に落ちる。
風もない部屋で髪だけが僅かに揺れて見えるのは少女の吐息に合わせて胸が上下しているからだ。
身に纏う淡い桜色のネグリジェは少女の体を余すことなく浮き彫りにする。
全てが透けて見えそうなそれは、少女の豊かな胸の曲線を惜しげなく映していた。
しなやかに伸びる四肢は程よく肉付いており、シルクの如く滑らかできめ細やか。
無防備に晒されたあどけない寝顔は時間も忘れて魅入ってしまうほど美しい。
霧崎夜火はゆっくりと女神……いや、最愛の彼女、椎名真白の頬へ手を伸ばす。
そっと伸ばした指先が、頬にかかる亜麻色の髪を払いながら真白の頬に触れた。
もっちりとした弾力と滑らかな肌触り。
ずっと触れていたい心地よさに、夜火の頬が無意識に緩んだ。
その微かなぬくもりに反応するように、真白の長い睫毛がふるりと震える。
「ん……」
寝息混じりに、かすかな声がこぼれた。
僅かに瞼が持ち上がるが意識は朧げ。
微睡の中をふわふわと漂っているようだった。
彼女はぼんやりと目を細め、頬に触れる手をそっと掴んだかと思えばそのまま甘えるように頬を手に擦り寄せてきた。
安らぐ場所を見つけた子供のように、安心しきった表情で無防備を晒す姿は寝起きには少々刺激が強かった。
「〜〜〜〜〜っ!」
思わず上げそうになった悲鳴を片方の手で口元を覆い押し殺す。
だが慌てて動いたためベッドが揺れ動き、その振動で真白を大きく揺さぶってしまった。
瞼がゆっくりと開き、蕩ける瞳がこちらに向けられた。
寝起きでぼんやりとズレていた焦点が徐々にピントを合わせ、視線が交わった。
「よ、る……くん、?」
「ごめん……起こしちゃったな」
お詫びにそっと真白の頬を撫でる。
くすぐったそうにクスクスと微笑むも、もっと欲しいとばかりに預けてくる。
幸福を噛み締めるように甘える真白はトロンと目を蕩けさせながら言う。
「……私としては1秒でも長く夜くんと一緒にいられるので早く起きれて幸運でした」
「…………それは同意見だが、俺としてはもう少し真白の寝顔を堪能したかったなぁ」
そう言いながら夜火はもう片方の手も伸ばし真白の頬を挟むように触れる。
ぽっと頬を赤く染めた真白が何かを期待するように目を閉じた。
その『何か』がわからないほど夜火は鈍感ではない。
両頬に添えた手で彼女の顔をくいっと持ち上げると艶を帯びた桜色の唇が露わになった。
健気に待つ姿が愛おしくて夜火は触れるような優しいキスをする。
「んっ……」
触れては離れを繰り返すソフトキス。
それだけで途方もない幸福感に心が満たされた。
最後のキスは少し長めに堪能し、やがて夜火はゆっくりと唇を離した。
「あっ……」
「そんな可愛い声出さないでくれ、止まれなくなるから。今日は協会に依頼された仕事の報告に行く予定だろ?」
「うぅ……わかりました。我慢します」
しょぼん……と影を落とす真白を慰めるように頭を撫でる。まるで絹糸をすくうような、しなやかな手触りが心地いい。
繊細で、柔らかくて、どこまでもなめらか。
いつまでも触れていたくなる魔力が真白の亜麻色の髪には宿っていた。
真白も気持ち良さそうに目を細めるなか、夜火は壁にかけられた時計を見上げた。
「6時か……少し早いけど起きて準備しようか」
「はい。夜くん、家を出るまで時間が余ったら甘えてもいいですか?」
「そんな可愛いお願いを断るはずないだろ?」
「ふふ。でしたら早く済ませてしまいましょう」
よほど楽しみなのか、寝起きとは思えない俊敏な動きで真白が起き上がる。
ふわりと揺れる髪を頭の後ろで一つに束ね、スタタターっと足早に寝室を飛び出していった。
「可愛いやつめ」
遠ざかる足音を耳にしながら夜火はにっこりと微笑んだ。
☠️
食卓に朝食が並ぶ。
焼き鮭を筆頭に卵焼き、白菜の漬物、豆腐ときのこのお味噌汁、白米。
まさに日本の朝ごはん! といったラインナップ。
香ばしく焼けた鮭とお味噌の匂いが空腹を刺激し、夜火のお腹からぐぅぅ〜っ、と大きな唸り声がリビングに反響した。
当然、真白の耳にも届いており、クスクスと笑い声が聞こえて来る。
「ふふ。大きな虫さんですね」
花柄のエプロンを解き、キッチンから戻って来た真白にお腹を見せつけるようさすりながら揶揄うように言う。
「ああ、こいつはもうすっかり真白の料理の虜だよ。
料理を前にするだけで鳴くんだからな。……もう真白以外の料理じゃ満足できなくなってる。この責任、ちゃんと取ってもらわないとな?」
恋仲同士ではプロポーズとも捉えかねない言葉だ。
狼狽した可愛い姿の彼女を見れるかなっと楽しみにしていた夜火だが、真白の反応は予想とは違うものだった。
初めこそ目を見開き石のように固まっていたが、次第にパァァア! と表情に花が咲き、
「ふふっ、もちろんです。夜くんの胃袋も、身も心も、私が一生面倒見ますからね」
老若男女をも魅了する聖女の微笑みを浮かべてそう言ったのだ。
「──────────」
魂が抜けるとはこういうことを言うのだろう。
痛いくらいに真っ直ぐな想いが夜火の心を掴み離さなかった。
「……なんか、もうそう言ってもらえるだけで幸せなんだよな、俺」
幸せを噛み締めるように、飾り気のない本音がポロッと溢れた。
真白が側にいてくれる喜び。
隣で笑い合える幸福。
彼女の存在そのものが夜火にとって幸せそのものだった。
「なら、その幸せがずっと続くように。もっともっと、幸せにしてみせますね」
真白はまっすぐに夜火を見つめたまま優しく微笑む。
その眼差しに夜火も彼女に負けないくらいの慈愛に満ちた笑みを返した。
「ははっ……なら、負けてられないな。俺も全力で真白を笑わせて、守って、幸せにするよ」
「はいっ。私をもっともっと、幸せにしてくださいね?」
そっと差し出された手。
夜火はそれを握ると力強く頷いた。
「任せろ」
直後。
ぐぅぅぅぅ〜っ!
雰囲気をぶち壊す腹の虫が再度鳴り響いた。
まるでそんなことはいいからさっさと飯を食わせろと催促するように。
自分の頬が熱くなるのがわかった。
「…………これじゃあ格好つかないな」
夜火は湧き上がる羞恥心を誤魔化すように頬をかいた。
「ふふ、ふふふっ。お腹の虫さんの返事も頼もしいですね」
一方真白は声を上げて笑っていた。
「さ、冷めないうちに食べましょう」
「ああ、それじゃあ──」
『いただきます』
朝食を終え、私服に着替えた2人はソファに並んで座っていた。
時刻は7時を少し回ったところ。
東京駅にある『世界ダンジョン協会──日本支部』は24時間人がいるが、2人の求める人物は朝の9時に出勤する。
家から協会までは徒歩で20分ほどなのでそれまでの空いた時間を、精一杯真白を甘やかすために使うことにした。
ふと、隣に座っていた真白が揺れたかと思うと、ぽふ。
肩に頭を乗せ、全身を預けてきた。
ふわりと揺れる髪から甘い香りが夜火の鼻腔をくすぐる。
夜火の左腕を抱きしめる様に密着し手を握り、全身を使って甘えてきた。
むにゅっと豊満な胸に包まれる左腕には極上の感触と彼女の熱が一緒に伝わってくる。
視覚で、嗅覚で、触覚で、全てで彼女を感じながら夜火もそっと頭を預け、真白の髪に頬を寄せて目を閉じた。
「…………」
聞こえてくるのは風に揺れるカーテンと、テレビから流れるニュースの音。
今はこのまま静けさに身を委ねたいと思いテレビを消そうと隣に置いてあったリモコンに手を伸ばす。
そのタイミングで聞き逃せないニュースが耳に入って来た。
『続いては、各ダンジョンの魔力濃度の状況です。現在、ほとんどのダンジョンにおいては安定した状態が確認されておりますが、渋谷区に位置するA級・代々木ダンジョンのみ、わずかに魔力濃度が上昇しており注意が必要です。B級以上の探索者の皆様には、魔力濃度の安定化に向け、可能な範囲で代々木ダンジョンの探索へのご協力をお願い申し上げます』
自分達と関係のある報道に、瞼を開き画面に視線を向ける。
そこには各ダンジョンの名前が横並びに表示され、魔力濃度を示すように縦に伸びるグラフが映し出されていた。
多くのダンジョンは安全を示す緑色に対して代々木ダンジョンはイエロー。
注意を促すには妥当なラインだった。
魔力濃度を下げる方法は2つ。
1つ目はそのダンジョンでモンスターを多く討伐すること。そうする事でモンスターを生み出すためにダンジョンコアは魔力を使うため魔力濃度が下がる。
2つ目は昨日、夜火がやったようにダンジョン最奥にある『ダンジョンコア』を傷つける事。
コアは心臓部でもあるため損傷するとその修復に莫大な魔力と時間を使うため数年の間は魔力濃度が高まることはなくなる。
破壊すればダンジョンは消滅するのだが、これは『世界ダンジョン協会』では推奨されていない。
ダンジョンはコアを完全に破壊されるとダンジョンを維持できなくなり消滅するが、その際ダンジョンを機能させていた莫大な魔力が他のダンジョンに譲渡され、成長させる仕組みになっていた。
譲渡の範囲はそのダンジョンのある国内でとどめられているため破壊するかは各国家に委ねられているがどの国もコアの破壊には消極的だ。
それ以前として、A級ダンジョンとはS級という極少数しかないダンジョンを除けば最高難易度の評価を受けたダンジョンだ。
当然、ダンジョンの脅威度は高く、探索者もそれ相応の実力がなければならない。
具体的にはソロならS級、A級。B級はパーティーなら入ることが許されている。
しかし世界的に見ても頂点たるS級はもちろんA級探索者の数もかなり少ない。
B級はそれなりにいるがA級ダンジョンに潜って攻略できるパーティーなど現状多くは確認されていない。
となれば……、
「A級ダンジョンですか。また私達が対処しますか?」
夜火同様、気になったのか視線をテレビに向けていた真白が呟いた。まるで買い物に行きましょう、とでも言うような軽い口調で。
「んー、一旦は様子見がいいかな。協会からの要請もないから今はまだ俺達に頼る段階じゃないってことだろうし」
「いつも私達が解決していては日本のためになりませんからね」
「そういうこと。急速に溜まってレッドラインにならない限りはこの週末まで待っていよう」
「そうしましょうか……あ、そろそろいい時間です。向こうに着く頃には桜さんもいるでしょうから向かいましょう」
そう言われてスマホで時間を確認してみれば8時30分を過ぎていた。
今から家を出ればちょうどいい時間になる。
「戸締りは……大丈夫だ」
「ありがとうございます。では行って来ます」
「行って来ます」
2人以外誰もいない一軒家に挨拶をし、施錠をしてから協会へ向かうのだった。
あとがき
今日はこれで最後です。
明日も出来れば2話投稿する予定です。
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