Dホテル ゲストルーム(3)

「神さま……ッスか」


 ふざけているのか、とも思った。

 が、悪意や狡猾さといった負の気配も、なかった。

 なので、直截に問うた。


「ふざけてるんスか」

「ふざけてないよ。一番適切に表現しているのが、まあ、神、かなって思って」


 短めの指を十本とも立てて、男は小さく笑った。


「まあ、健郎くんも起きたことだし、電気をつけよう。暗いままだと、何だか明るい話にならないだろうしね」


 男がパチン、と指を鳴らすと、天井に設えられたLED照明が、眩いほどの光を部屋中に行き渡らせた。もちろん、そんな起動方法があることは健郎は知らなかったし、事実、本来のホテルの設備としてはないのだろう。


「こういう、手品っぽいのじゃ、なかなか信じてもらえないよね?」

「……電気点けるくらいで、神さまって言われても……」

「だよね」


 今度は声を立てて、男が笑う。


「個人名的なのは、ちょっと答えられないんだ。称号的なのは、一応あってさ」


 また恥ずかしげに頭を撫でて、続ける。


「【地下牢の主】っていうんだ」

「地下牢の、あるじ?」

「長いから、ロウシュと呼んでくれていい」


 どちらにしても、神さまの名前らしくはない。そのことを問い詰めようとして、健郎は言葉を飲み込んだ。そんな些事ではなく、もっと本質的な問いかけをするべきだ、と判断できるくらいには、彼の脳髄は冷静であった。


「神さま的な私が、君のところに来たのには、もちろん理由がある」


 ロウシュと名乗った男は、ようやく椅子から立ち上がった。立ち上がっても、健郎を見上げる立場であることに変わりはない。


「君を、唯人ただひと一、強い存在と見込んでお願いがあるんだ」

「ただひと?」

「ただの人間ってこと。まあ、そこはすぐ説明するから」

「いや、待って。俺、そんなに強いんスか」


 そこかよ、と言いたそうに、ロウシュは口をむずむずさせてから、溜息を吐いた。


「強いよ」


 今までどおりの、穏やかな口調ではあったが、その言い切りはとても力強かった。


「君は強い。今、地球に住んでいる人類の中で、一対一の素手の戦いで、君に勝てるものは、いない」


 圧力をすら感じさせる言葉に、健郎は思わず口を噤んだ。


「いや、現世のものだけじゃない。過去を紐解いても、だ」


 ロウシュが、片手の指を一本ずつ、折り数える。


「拳禅一如を成した坊さんも、殺人芸を極めた武術者も、もちろん悪童拳闘家バッデスト・マンも、北の氷皇エンペラーも、今の君には勝てない」


 ようやく、少しだけ雰囲気が和らいだ。


「もし、五百戦無敗っていう柔術家が、今の君と対戦したら、対戦成績が五百一戦五百勝になる、ってことさ」


 健郎は、少し俯き、鼻を擦って、ハハ、と笑った。


「いや、褒めてくれるのは、嬉しいんスけど。例えが、ちょっと」

「君は、今日の『鬼ヶ島』で、全勝優勝を果たす。今日この日が、君の最高到達点、頂点だ」


 ほんの少しの哀れみ。その気配を、健郎はロウシュの言葉のうちに、感得した。


「もちろん、この後も、君は順調にキャリアを重ねる。全米王者に挑戦もする……結果はあえて言わないけど。だがしかし、最も強いのは、今この日、だ。思い当たるフシは、ないかい?」


 体の軽さ。感覚の鋭さ。もちろん、コンディション調整は完璧に行ってきた。普段どおりのポテンシャルが出せる自信はある。

 それに加えて、確かにロウシュの言うとおり、いまの自分には、神がかり的な何かがある。そのことも、薄々自覚できていた。


 世界レベルのアウトボクサーのジャブに、カウンタータックルを決められるくらいのカンの良さ。

 スーパーヘビー級の対戦相手を浮かせるほどの拳のキレ。


 心技体、充実という一言では言い表せないほどの、何かが満ちていた。


「そんな君だからこそ、迎えにこさせてもらった。私らが企画する、格闘大会へね」


 考えに沈み込んでいた健郎の視線が、ロウシュの顔を再び捉えた。


「『鬼ヶ島』じゃなくて、ッスか?」

「そっちは、そっちの世界の君が、これから出場するさ。今の君は、そうだな、【黒澤健郎の最も強い瞬間】を切り出した存在、とでもいったらいいのかな」


 ロウシュの説明は、核心をうまく表現できないらしく、故に健郎にも理解可能なものではなかった。

 例えるならば、現在の健郎は、「黒崎健郎という一本の映画の、フィルムの一コマをコピーしたもの」らしい。

 健郎そのものであることは間違いなく、意識も記憶も全く統一されたものだが、切り出された元の映画――つまり人生には影響しない、そんな存在である、と。


「……つまり、俺は黒崎健郎で、間違いないってことスか」


 それは間違いない、とロウシュが頷く。


「……で、その俺は、……何の試合に、出ればいいんスか」


 健郎は、不動のまま、視線を逸らさずに、ロウシュに問うた。

 ロウシュは満面の笑みを浮かべて、言った。


「全種族が集う、幻想世界の最強を決めるドつき合いザ・メーレー・イン・タヴァーン、さ」

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