第1章 魔導機兵ルミナリスⅢ ~大帝都新聞 クレデンシャル・タイムズ

 特別企画記事 『建国の日に寄せて』

 帝国の威信たる皇帝レヴィ・ハジェル陛下の栄光と帝国の軌跡

 記者:セリウス・フォレント


 この世のすべては、己の意志によって定まる。

 己の手と足を動かし、前へ進むことで、ようやく己の領分を得ることができる――。


 かつて、我らがクレデンティウム帝国の偉大なる皇帝レヴィ・ハジェル陛下は、そう仰せになりました。

 忘れようにも忘れられません。帝都の中央、始まりの広場で行われたあのご演説です。


 帝都の中心からは遠く離れた田舎町の片隅にいた少年の私でも、掲げられた“覗き高窓”から漏れ聞こえてきた陛下のお言葉は、まるで魔法のように胸の内にすうっと染み込みました。

 そして私は、立ち上がり、耳を傾けねばならないと、強く思い至ったのです。


 なかでも、皆さんが決して忘れてはならない陛下のお言葉と言えば――やはり「力の祝福」の宣言でしょう。


 ご存じの通り、我々人間種は長きにわたり、残酷で鬱屈とした暗澹たる時代を生きねばなりませんでした。

 愛なき神々が高みに座し、地上では獣人種や魔人種、精霊人種のエルフ族らが、俊敏さと爪牙、強大な魔力と古の知識を振るい、我々を家畜や奴隷、時には食料とまで見なしていた、あの忌まわしい時代です。


 我々は長年にわたり、あまりにも虐げられてきました。

 痩せた大地を耕し、寒さと飢えに震えながら、踏みにじられつつも生き延びるしかなかった人間種の悲嘆が、どれほどのものであったか。

 今となっては想像すら難しいでしょうが、その惨状は察するに余りあります。


 しかし、偉大なる皇帝レヴィ・ハジェル陛下はその流れを断ち切り、獣人や魔人を滅ぼし屈服させる力、我々が生き抜く術となる力――すなわち魔導技術をお与えくださいました。


 今日、帝国は百五十八回目の建国の日を迎えます。

 この佳き日にあたり、始まりの広場で宣言され、当時まだ珍しかった魔導技術によってすべての人間種へと届けられた御言葉を、改めてここに記しておきましょう。



 『皇帝レヴィ・ハジェル陛下 建国演説抄録』


「我ら人間種は、幾世代にもわたり他種族の支配と蔑みに耐え、痩せた大地を耕し、寒さと飢えに震え、踏みつけられながら黙して生き延びてきた。だが、その長き沈黙の時代は終わった。

 我らは今、己が手で掴み取った“力”を有している――血と汗と、幾千幾万の嘆きの犠牲の果てに得た、真なる力を」


「神々の気まぐれを恐れ、精霊の気ままな恩恵にすがることは、もはや不要だ。

 我らが築き上げた魔導科学と、その結晶たる魔導機械は、大地を揺るがし、海を割り、牙を剥く獣を、空を覆う魔を、燃やし、屠り、打ち砕く。

 それこそが、我ら人間種が切り拓いた光明の剣である」


「忘れるな。これは授けられた力ではない。

 掴み取った力だ。

 我らの誇りと知恵と意志が生み出したものだ。

 未来を切り開き、足元を固める大地を築いたのは我ら自身。

 我らが光であり、我らが道である。

 もはや恐れるものなどない」


「我らは人間種アリシノーズ。誇り高き皆よ。

 自らを、同胞を、愛する者たちを守り抜く力を手にせよ。

 幾度倒れようとも、幾度踏みにじられようとも、立ち上がり進むのだ。我らは叫ぶ。我らの未来は、我らの手で築くのだと」


「今ここに我は誓う。皆のための先駆けの剣となり、盾となろう。皆よ、涙をぬぐい、嘆きを打ち捨て、魂をもって戦え。

 手を取り合い、敵を不条理ごと打ち砕く拳を振り上げよ。

 その意思こそが、強靭な力なのだ」


 皇帝陛下の声は大地を揺るがすかのように響き渡り、人々は魔導技術の力に満ちた新たな時代の到来を感じて、大いなる喝采を送りました。

 そして、自らの未来と帝国の未来を、自らの手で切り開くのだという決意を新たにしたのです。


 今でもこの御言葉を目にし、耳にすると、私は胸が熱くなり、自然と涙がにじみます。


 偉大なる皇帝陛下、万歳。

 クレデンティウム帝国よ、永遠なれ!


 さて、建国祭にあたり、帝国が築かれる以前のお話にも触れておきましょう。


 帝国の前身が、人間種の小さな国ヴェスペリアであったことは、皆さんご承知の通りです。

 農業を主体とした穏やかな国でしたが、やがて台頭してきた粗野な獣人種の国と、忌まわしき魔人の国に圧迫され、虐げられました。

 ついには魔人国の属国に堕ち、長きにわたり玩具のように弄ばれることとなったのです。


 しかし、皇帝陛下がお生まれになり、その偉大なる御力に目覚められてから、すべては一変します。

 陛下は軍を整え、国を立て直し、好き勝手に振る舞っていた獣人種の国を屈服させ、人間種を玩具か食料としか見ていなかった魔人種の国を滅ぼし、輝かしき帝国建国を成し遂げられました。


 このあたりの経緯は、皆さんもお好きであろう英雄譚『偉大なる帝国の始まり』にも描かれています。

 しかし、記者として史実を取材する中で、とんでもない事実が判明しました。本稿にて、特別にお知らせいたします。


 なんと、『偉大なる帝国の始まり』に記された魔人国ゴマスマラン討伐のくだりは、物語性を高めるため、大いに脚色されていたのです。


 魔人国との激闘、そして死闘。

 後に皇帝となられる英雄からの叱咤激励を受けて奮戦する人間種の兵たちと、それを支える魔導機兵たち――。


 しかし実際には、「激闘」と呼ぶべき戦いは存在しませんでした。

 皇帝陛下の率いる軍は、当時強大を誇っていた魔人国ゴマスマランを相手に、ほとんど一方的な勝利を収めていたのです。


 たとえば、敵の主力の一つである巨鬼剛力兵、岩石鬼グルムヴァールの一群との“死闘”。

 物語では手に汗握る場面ですが、史実では、魔導弩砲が放つアドマラス鋼製の巨大矢によって、瞬く間に殲滅されていました。


 神鉄アドマラス鋼は、今なお貴重な資源です。

 それを惜しみなく巨大矢として用いたという事実ひとつをとっても、皇帝陛下の見識が凡人の想像を遥かに超えた高みにあることが分かります。


 また、蜥蜴人による火焔包囲網も、物語世界の演出だったようです。

 史実では包囲が完成する前に魔導機兵による攻撃が行われ、会敵と同時にほとんどを殲滅していました。

 どうやら魔導機兵があまりにも強力であったため、戦闘が一方的になりすぎたのだとか。


 一方的な戦果は物語としての面白みに欠ける――そう考えた語り部たちが、事実を少し曲げ、ドラマ性を強調したのだと推察されます。


 なお、偉大なる皇帝陛下がゴマスマラン王と対峙された際、亡き奥方様とご息女を想われて流された激情の涙のくだりは、史実通りであったことを、ここに付記しておきます。


 近日中に、この件を中心にまとめた新たな書物

『魔人国ゴマスマランとの真実の戦記』が刊行される予定です。

 詳しくは、ぜひそちらをご購読ください。


 さて現状、帝国を取り巻く国際環境は、決して容易なものとは言えません。

 人間種の守護者にして平和の守護者たる我らが帝国に相対する、神聖王国連合との戦争は、間もなく百年に達しようかという長きにわたり続いています。

 そして、それが容易に終わらぬことも、また事実です。


 魔導機兵に対抗し得る古の魔法や魔術の力は、やはり侮れません。


 だからこそ、我々は心を一つにして、この手強き難敵を打ち倒すことを、建国の日にあらためて誓わねばなりません。

 壊された魔導機兵は、たしかに修理が可能です。

 しかし彼らは、我々のために戦う戦士であることを、どうか忘れないでください。

 もし街中で見かけることがあれば、ぜひ労いの言葉をかけてあげてほしいのです。


 最後に、この場をお借りして――古い軍事記録を今回特別に閲覧させていただいたこと、また、取材に快く応じてくださったセンチネル各所の担当官や軍関係者の皆々様に、記者として心より厚く御礼申し上げます。


 クレデンシャル・タイムズ

 記者 セリウス・フォレント


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