第1章 魔導機兵ルミナリスⅡ ~威容の大帝都 アウレウス・マグナ

「お嬢様、お嬢様。まもなくお出かけの刻限でございます。魔導キャリッジのご用意も整っております。本日の馭者のオートマトンは、お嬢様のお好きなアストラリアでございますよ」


 ヴェリットお嬢様用の魔導キャリッジは、最近流行のごてごてした装飾ではなく、古風で温かみのある馬車の瀟洒な雰囲気を損なわず、薄紫と金色の装飾が美しくあしらわれていた。

 

 幻獣を模したオートマトンが牽引し、優雅に進むその姿は、貴族社会でも一目置かれる存在である。


 精霊型高位オートマトン・アストラリアは、透き通る肢体から光を放ちながら、静かに宙を翔ける――極めて希少な存在だ。

 旦那様がその威信を示すために手に入れられたものを、お嬢様がことのほかお気に召されて以来、専用の馭者として定着していた。


「まあ、素敵。お父様にお願いして本当に良かったわ。あのふわふわした乗り心地はとても魅惑的だもの。でも、もう少しだけお待ちになって。耳飾りをどちらにするか迷っているの。ねえ、ルミナリス、貴女ならどちらを選ぶ?」


 御仕度部屋に入ると、お嬢様は大きな姿見の前で、白と青を基調とした華やかなドレスに合わせる耳飾りを悩まれていた。


 いつもならお相手の家格にあわせて衣装や装飾を決める侍女頭がいるのだが、本日はお嬢様のご学友との会食であり、ご自身で決められていた。

 その日選ばれていた耳飾りは、深緑と紫が交錯する美麗なフェアルナイトを用いた華やかなものと、透明なソウルバインドに幾何学文様が光を透かして浮かぶ清楚な円錐形のもの。


 審美眼を要するこの選択は、本来なら私のような魔導機兵には難しいが、お嬢様の思考と交流の目的を考えれば、最適な判断は導き出せる。


「ソウルバインドが今回のお召し物にはお似合いかと存じます」


「そう、やっぱりそうよね。じゃあ、こちらにしましょう」


 お嬢様はにっこりと微笑まれた。

 その笑顔があまりにも眩しい。

 あの時、私は、どうして——「どちらもお似合いです」と伝えられなかったのだろう。


「では、参りましょう」


 お嬢様の御手を取り、魔導キャリッジの扉を開けてご案内する。馭者のアストラリアには周辺警戒の情報を共有した。帝都の中心部ゆえ、危険は皆無に等しいが、護衛機兵として万全を期すのは当然である。


 クレデンティウム帝国の大帝都アウレウス・マグナ——その治安は盤石であった。


 この大陸最大の都市は、日々拡大しながらも、外敵の侵入を一切許さない。帝都を覆う防衛網は、毒虫一匹から大魔獣の群れ、さらには敵軍の襲来まで想定し、対処しうる力を持っていた。


 その象徴が、八基の移動要塞「テラ・センチネル」である。


 城塞門を兼ねたその巨壁は、絶えず監視を行い、数万の魔導機兵を統率していた。各城門には、私と同型の将官機・コグナルマグナ型が二機ずつ常駐し、全軍の統制を担っている。


 私は常時、テラ・センチネルおよび都市内部の治安を司るフェラム・センチネルとの情報を並列処理している。


 帝国に恨みを抱く魔人や獣人が破壊行為を試みる可能性は常に存在する。

 だからこそ、生きた情報を一瞬たりとも切らすことはできない。


 移り変わる帝都の風景の中で、お嬢様の気分に最もふさわしいルートを選択し、美しき景観をご案内するのも、私の大切な務めである。


 街区ごとに特色ある浮遊広告や掲示板が彩りを変え、太陽の光により黄金に染まる摩天楼群は圧巻だ。


 なかでも、お嬢様が好まれるのは、帝都中央にそびえる皇帝の居城——レグナム・オリュクス。


 魔術、精霊術、魔導技術の粋を尽くして築かれたこの中空の帝城は、何重もの魔術障壁に包まれ、まばゆい光を放つ。初めて目にする者は、その神々しさに言葉を失う。


「皇帝陛下の帝城は、いつ見ても陛下と同じくらい美しくて素敵ね。そう思わない? ルミナリス。もっと色々な場所を見て歩きたいわ」


 お嬢様は、貴族の務めとして社交の場にしばしば出向かれる。私は常にその御傍にあり、すべてを整え、どんな時もお嬢様の笑顔を守る。


——あの頃の私は、愚かにも、それが永遠に続くと信じていた。

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