第9話 別れの時 冷たい土の上で孤独に眠る
翌日から、母猫による教育が始まった。
昨日と同じ、まず母猫が手本を見せ、それを子供達に真似させる。(もちろん俺も含む。)
教えたいのはどうやら三つの技術? らしい。一つは既に習得済みの
あ、これってアレに似てるね、前世の日本で昔人気になった某拳法漫画に出てきた…南極白鳥拳だっけ? あまり良く覚えてないけど。まぁ素手で人間を輪切りにするとか、魔法でもなければありえないよねぇ…。
次は、身体の周囲に
まぁ、風属性は火属性と相性が悪そうだが、攻撃を逸らすだけなら火属性に対しても効果はあるようだ。
母猫は、炎鷲の火球を風鎧で回避できる。母猫の風刃も炎鷲にダメージを与えられていた。風に煽られて炎が勢いを増す=回復する量とで相殺にはなってたけど、回復するよりもダメージのほうが多かったように見えた。つまり、長期戦になればストームキャットは炎鷲にも負けないのではなかろうか? あの時は敵が複数居る中で子供達を守らなければならず、早期決戦を挑まざるを得なかったため、母猫は火傷を負いながらも敵を倒す事を選択した、という事なのだろう。(賢く強い母猫だ。)
だが、子供達が風鎧を身につけたなら、そこまで危険はなくなるのかも知れない。
最後は、風に乗って空を高速で駆ける技。
これはちょっと難しかった。風刃と風鎧はすぐにできていた子猫達もちょっと苦戦していた。
俺も一度目は上手く行かなかったが、母猫の手本を、特に魔力を意識して観察し、感じ取った魔力の動きを再現するようにしたら…
…できた!
ってかこれ、気持ちいー!
なんというか、スケートで滑っているような…、いや、空宙に見えない風の“エスカレーター”や“動く歩道”があるような? 一歩歩く度にその歩幅より多く進む。更に足場となる風の歩道の速度を速くすれば、一歩で数十メートル~数百メートルも進む事ができる。
俺はこれを
【風歩】はのんびり歩くような感じ、【風足】は瞬間的に掛ける足場を作り出し、そこを蹴って急激な方向転換を可能にするような使い方だ。【疾風走】は高速で長距離移動をする。
基本的に全部同じ魔法、同じ技術の応用なのだが、分けて名付けたのには理由がある。
どうやら魔法は名前をつけるとステータスのリストに載る。そしてその名前を使って発動するだけで、魔力の流れを慎重に意識しなくても効果が自動化され、消費魔力も抑えられる事が分かったからだ。
初めて歩く赤ん坊は、右足を出して、次に左足を出して、と順番に手順を意識しなければならないが、成長すると “歩こう” と思うだけで足運びなどはほとんど無意識で歩けるようになる、みたいなものだな。
同じく風の走法を身につけた兄弟猫達と、泉の周りで追いかけっこをするようになった。
子猫達もどんどん上達していく。子猫なのですぐに魔力切れになってしまうが、泉の水を飲む事を教えたら、水を飲んでは遊び続けるようになった。
それを微笑ましく見守る母猫。時折、泉から遠く離れてしまいそうになるとスッと母猫が先回して首根っこを咥えて連れ戻す。やっぱり母猫のスピードには子猫達は到底及ばない。
子猫達の魔力は、枯渇と泉の力での回復を繰り返し、ぐんぐん増えていった。ついでに体も大きくなっていった。もともと兄弟猫達は俺より体が大きかったが、数日の間に目に見えてその差は広がってしまった。
それにつれ、なんとなくだが、母猫が俺に違和感を感じているようにも見え始めたのだ……。
そして、“その時” はすぐにやってきた……。
母猫にハブられる事が多くなっていき、とうとう警戒されるようになってしまったのだ。
火魔法を母猫の前で使ったのもいけなかったと思う。
子猫達が大きくなってきたからか、母猫がたまに泉を離れ、獲物を狩ってきて与えるようになったのだ。子猫達も最初は戸惑っていたがすぐに慣れ、獲物に齧り付くようになった。
だが、元人間である俺は生で動物に齧り付くのには抵抗があった。
もう俺は人間ではないのだから、食べてみればもしかしたら美味いと感じるのかも知れないが、ここは譲れなかった。
仕方無しに俺は、獲物を風の刃で捌き、火魔法を使って焼いて食べる事にしたのだが……
火加減に夢中で、その様子を呆然とした顔で母猫が見ている事に気付くのが遅れてしまった…。
後で考えると、母猫はあの炎鷲に対して、撃退したとはいえ、ある種のトラウマを抱えてしまっていたのかも知れない。
それに、徐々に他の兄弟たちと体の大きさや、獲物の食べ方、行動の違いが大きくなっていく。それを見て、おそらく母猫は違和感を募らせていったのだろう。
母猫は子猫達は今までと変わらず世話をするが、徐々に俺の事はあまり気にかけなくなっていった。別行動をする事が多くなった俺も、あまり気にしていなかったのだが。
寝るのも別になり、やがて俺は、気がつけば母猫に完全に構われなくなっていた。
ある時、兄弟猫の一匹が近づいてきて、母猫のところで一緒に寝ようよと誘ってきた。俺も、もう一度母猫のモフモフのお腹で寝るのもいいかと思い、兄弟猫の誘いに乗って母猫に近づいてみたのだが、母猫にシャーと威嚇されてしまった…。
前世の日本で母親にネグレクトされていたのを思い出す……
……俺はすぐに心に蓋をした。
別に気ニシテナイヨ。
慣レテルカラ。
前世からね。
悲しみの感情が湧き上がる前に蓋できる。
そもそも。仕方がないと思う。俺はもともと母猫の子供でもなんでもないのだから…。
相手は野生動物、いや野生の魔物なのだから。
それからしばらくして、母猫は子猫達を連れて泉を出て行った。
俺だけ残して…。
去り際、母猫が一度振り返り、俺を見て鳴いた。
「な~お…」
何が言いたかったのかは分からなかったが。
それが最後だった。
母猫は二度と振り返らず、躊躇う素振りもなく去っていった。
兄弟猫たちは『なんで? なんで?』と俺と母猫の間になんども視線をなげていたが、最終的には母猫についていった。
うん、それでいい。
母よ、兄弟達よ、どうか、お達者で。
怒りや恨みはない。
むしろ、感謝しかない。
「ありがとう…」
俺は去って行くストームキャットに深く頭を下げた。
勘違いであったにせよ、母猫は、体を張って俺を守ってくれたのだから。そうでなかったらこの世界での俺の人生はあの時終わっていたと思う。
俺を守ってくれてありがとう。
俺をやさしく抱きしめてくれてありがとう。
乳を飲ませてくれてありがとう。
魔法を教えてくれてありがとう……。
どうか、お元気で……。
+ + + +
俺は毎朝、泉の片隅の岩に溝を一本刻む。
現在溝は十と四本。この世界に来て、二週間という事だ。
泉の
いつも兄弟猫達が走り回って結構騒がしかったからな。
しかし…ごく短い間ではあったが、前世から通じて、初めて母親らしい愛情を注いでくれたのが人間ではなく魔物の猫だというのも、俺の人生らしいとも思う。(母猫は去っていったが、親離れ子離れが少し早かっただけのことだと思う事にする。)
ただ、母猫の、寝心地最高のベッドはちょっと恋しい。
寂しくはないさ。母猫が恋しいのではないから。ただ、寝心地の良いベッドが欲しいだけだ。
そうだ、そのうちどうにかして、寝心地の良いベッドを手に入れよう。
そう思いながら、俺は冷たい土の上に丸くなって孤独に眠る…。
次の更新予定
【賢者猫転生】パワハラで人間に絶望したサラリーマン人間を辞め異世界で無双(リセット版) 田中寿郎 @tnktsr
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