第5話 導き

何か聞こえた気がして、俺はステータス画面から意識を外に向けた。


ステータス画面はその瞬間に消えた。


また聞こえた。


…猫の鳴き声?


母猫か子猫達の声かと思ったのだが、違うようだ。


というか、どこかで聞いた事のある、特徴のある鳴き方と声だった。


あ、これ、前世で時々オヤツをやってた近所の猫の鳴き声だ。


前世での最後の瞬間の記憶がフラッシュバックしてくる。


あの時確か、近所の猫が公園で虐待されていたが、まさか?!


あの猫も俺のように殺されて、転生してきたのか?!


俺は声のしたほうに進んでみた。お、猫の耳はクルクル動くね。顔を動かさなくても音の方向を掴みやすい。


声のした方に進む。


だが、猫の姿は見えない。


またどこかで声がする。


声がしたほうへ進む。


それを何度か繰り返したところ、不思議な場所に辿り着いた。


木々が開けて少し広場になっており、中央に小さな泉がある。


それだけなら別におかしい事はないのだが、空気が、なんというか清浄というか、神聖な感じがしたのだ。


それまで聞こえていた森のざわめきのようなものも聞こえなくなり、とても静かで穏やかな空間だった。


泉に近づいてみる。小川の時のように、突然水中から襲われるかも知れないとは思ったが……なんとなく大丈夫な気がした。雰囲気に不穏な空気がなかったのだ。


小川でウォータージェットを放つ怪物に襲われた時も、直感的に危険を察知する事ができた。今回も、もし何かあれば感じ取れるかも? 自分の直感や本能を信じて、即動けるようには心の準備をしておこう…。


泉を覗き込むと、水面に自分の姿が映る。やっぱり子猫だ。すると、水面の自分の姿の後ろに、別の子猫の姿が映ってドキっとした。


「…にゃ?! ……ってお前、ついてきちゃったにゃ?」


あの猫の子猫達だった。俺のあとを追って来てしまったのか? 振り返ると、母猫の姿もあった。


母猫が俺の首根っこを噛んで持ち上げ、懐に放り込み、舐め始める。なんか怒ってるような? ああ、勝手に出歩くにゃ、という事か…。


まぁ、呼びに行く手間が省けてよかったな、と思いながら大人しく舐められた。


ひとしきり子猫達を舐めると、母猫は今度は泉に近づいていき、泉の水を飲み始めた。


考えてみれば、あれだけ激しく戦い、傷つき、その後はずっと巣穴で寝ていたのだ。その間、母猫は何も口にしていた様子はない。そりゃぁ喉も乾いているだろう……


…などと思っていたら、不思議な事が起きた。母猫の身体が強く光り始め、身体の火傷の痕が治ったのである!


不思議な空間だとは思ったが、泉の水にそんな効果があるとは…!


何はともあれ、母猫が元気になって良かった。


母が元気になったのが分かったのか、三匹の子猫達も嬉しそうに母にじゃれついていた。


その光景を微笑ましく眺めていたのだが、ふと母猫と目があった。


「ナーオ」


母猫が俺の首根っこを咥える。逃げようとしたのだが、元気になった母猫、速すぎ。そういえば風に乗って空を走ってたっけ。すごい速さだったものな…。


俺は他の子猫達とともに、また母猫の懐に抱かれてしまった。


「うわ、にゃにこれ……」


元気になった母猫の毛皮、感触がサラサラで柔らかくて……


…控えめに言って、最高でした。


やっぱり怪我をしていた時の母猫の状態は良くなかったんだなぁ、治って良かったなぁと思いながら、あまりに心地良くて、眠くなってしまう…。


安全な巣をみつけるつもりだったのに、こんな何もない場所で眠ってしまって大丈夫か? と一瞬思ったが、母猫の体調が万全に戻ったなら大丈夫な気がする。


この母猫、かなり強い。触れているだけでその強さを感じ取る事ができる。怪我が治って、十分に力を取り戻したのだろう。この母猫が居るなら、多少何かが来ても大丈夫だろう。


それに、この場所は、何か安心できる、そんな気がするのだ。


そんな事を思いながら、俺はいつのまにか眠ってしまったのだった……。




  +  +  +  +




■猫神代理人


「マロン、お疲れ様。無事、上手く誘導できたみたいだね。」


マロン「うにゃお、にゃおう!」


「ごめんて。まぁちょっと危うかったけど、無事に泉に辿り着けて良かったじゃないか」


マロン「にゃったく!」


実は、マロンの恩人のカイト君を異世界に転生させたのはいいのだけど、ちょっと失敗して、出現場所がズレてしまったのだ。


マロンに転生後の様子を見せろと言われて、異世界を映す水盤を覗いてみたら、なんとカイト君、いきなり大ピンチに陥ってる!! そこで、座標が微妙にズレてしまっていた事に気付いたのだ。


ピンチになるのも当然。カイト君が降り立った場所は、Aランクの魔物が闊歩してる地域だ。なんならSランクの魔物も普通に見かける。


そんな場所で、ピンチにならないほうがおかしい。それどころか、即死せずに生き延びてくれていたのだから、カイト君、なかなか悪運が強いかも知れない。


まぁケットシーだから幸運値はマックスに近いはずだから当然だけどね。


マロンがすぐに助けろと騒ぐ。そりゃそうだ。恩があるからそれを返すために異世界転生させてあげたのに、そこでいきなり襲われて死なれてしまったら、恩を仇で返したようなもんだもんね。


でも、出来ないんだよ…。


なにせ異世界。仕える神の管轄が違うので、ほとんど干渉できないのだ。


幸い、カイト君はたまたま遭遇した嵐猫ストームキャットに救われた。ストームキャットは子育て中で、カイト君の姿が子猫だったので、自分の子供と勘違いしたようだ。


幸い、その二。最初に転生させるはずだった “聖域の泉” はそれほど離れていなかった。そこまで誘導できれば助かる。


そこで、マロンを行かせる事にした。と言っても、本当にマロンを行かせるわけにはいかない。マロンは僕の使い魔で、まだまだ地球で仕事があるのだ。


行かせたのは、マロンの “声” だけだ。というか、幻聴を聞かせるくらいが、異世界に干渉できる限界だったのだ。


幸い、マロンの鳴き声に導かれ、カイト君は無事に泉に辿り着いた。あとを追ってストームキャットの親子も来てしまったけど、入れてあげる事にした。


普段は聖域には魔物が入れないように結界が張られているのだけど、ストームキャットが入る時だけ、結界を一部開いたのだ。このストームキャットはカイト君を助けてくれた恩人、おや恩猫だからね。


カイト君も必死で治癒魔法を掛けていたけど、まだレベルの低いカイト君では重症のストームキャットを治す事ができていなかった。このままだといずれ近い内にあの母ストームキャットは死んでしまっていただろう。


でも、泉の水を飲んだからもう大丈夫。あの泉の水、万能治療薬エリクサーだからね。


さぁ、今度こそ。

カイト君、異世界猫ライフを楽しんでね!




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