第1話 ベトナムの地下アイドル
ベトナムの首都、ハノイの中心地は「ホアンキエム地区」だ。
ホアンキエム地区には、旧市街、ハノイ大教会、ハノイオペラハウスなどの観光スポットが数多く存在する。その中心に位置するのが「ホアンキエム湖」だ。
ここには多くの観光客や、現地の若いカップル、家族連れが集まる。
ホアンキエム湖の北東、旧市街の入口にある「ドンキンギアトゥック広場」には、有名なカフェが集中している。
四月下旬、土曜日の正午。
30度を超える暑さにも関わらず、ドンキンギアトゥック広場は混雑している。
週末は歩行者天国となり、ただでさえ賑わっているエリアであることに加えて、今日は朝から「本気の日越友好!フェスティバル」が開催されているのが大きな理由だろう。
「本気の日越友好!フェスティバル」の目的は異文化交流だ。
スポンサーの多くは日系企業で、この関係者たちとベトナム企業関係者、日本文化サークル、大学や日本語学校に通うベトナム人たちが参加する。
今回で五回目となる本イベント。
過去に二千人以上の集客を記録していたが、「円安の影響で、今年は二千人に届かないのではないか?」という関係者の予想に反して、大盛況である。
「――それではここで、ハノイが誇るアイドルの登場です!!」
ドンキンギアトゥック広場の中央、イベント用の特設ステージで、司会のベトナム男性が、流暢な日本語を話している。
ステージ正面から観客方向に目をやると、道幅二十メートルを超える大通りが直線上に伸びている。通りの左右には、日系企業や学生たちの屋台が五十以上乱立している。
人気のアニメキャラクターのコスプレをしたベトナム人女性が、塩コーヒーを売っている屋台。ベトナムの伝統衣装アオザイに身を包んだ日本人女性が、たこ焼きを売っている屋台。大型スピーカーからエレクトロニック・ダンス・ミュージックを大音量で流して、ただただ踊っている全身タトゥーのベトナム人たちがいる屋台?
ややカオス感がある。
「――日本とベトナムの友好の懸け橋、ノーザンライトのライブをご覧ください!」
特設ステージに目を戻す。
イベント用に組まれた仮設ステージには、観客が座る椅子は用意されていない。
それゆえ、観客はイベントに興味があればステージに近付き立ち見する。
長く見てくれるかは、司会の力量や、イベント内容の面白さが重要になる。
司会者からの紹介を受けて、「ノーザンライト」を名乗る三人組のアイドルが、両手を大きく左右に観客に振りながら、元気よく登場した。
「みなさん、元気ですかーーーー!! ノーザンライトです!!」
アイラインを強調して、アイシャドウにはラメを入れている。リップは情熱的なツヤ系の赤。今流行りの、韓国風ツヤ肌ナチュラルメイクだ。
アオザイをモチーフにしたであろう、ボディラインを強調したトップスに、タイトなミニスカート。これらをパステルカラーで綺麗にまとめている。
有名なアイドルグループだと言われて、「そうなんだ」と納得できるオーラがある。
「いつでも届ける愛のバイクタクシー!! リーダーのルナです!」
「みんなの歌姫ここに参上! ヨルです! よろしくね♥」
「未来永劫あなたの妹! ハルです!!」
日本人が聞くと、発音にやや違和感はあるものの、聞き取りやすい日本語を話す。三名全員、二十代のベトナム女性。
黒髪がルナ。お姉さんキャラ。
赤髪がヨル。明るい元気キャラ。
金髪ショートヘアがハル。妹キャラ。
キャラクター付けされていて、わかりやすい。
<シャキーン!>という効果音が鳴り響くと同時に、リーダーのルナを中心に各々が可愛いと言うよりは、勇ましいポーズを決める。アイドルなのかキワモノなのか、見た目とポーズのギャップから、初見の観客は戸惑いがちだ。
……パチパチパチパチ。
まばらな拍手が起こる中で、野太い歓声が響く。
「――超絶かわいいルナ!!!」
「――ヨル推し! ヨル推し!」
「――フー! イェーーイ!!!」
一眼レフカメラで彼女たちを撮影しながら叫んでいるのは、異質な熱量を持つ日本人たちだ。コアなファンなのだろう。
「ノーザンライト? ナムくん、聞いたことある?」
そう尋ねたのは、このイベントのスポンサー企業アーク・システムズ・ベトナムに駐在員として働く谷崎俊だ。
二十代後半、中肉中背。ミディアムヘアをセンター分けしており、外国人からすると「いかにも日本人」という見てくれだ。谷崎は、自社の屋台ブースから少し道路側に身を乗り出して、ルナ、ヨル、ハルの三人娘を眺める。
「……はい? 何ですか?」
谷崎と同じ会社に勤める、ベトナム人男性のグエン・トゥアイ・ナムは、聞き返す。
周囲の喧噪で聞き取れないのだと理解して、谷崎は声を張った。
「ナムくんはー、あのアイドル、知ってる?」
「アイドル? その言葉は知っています。韓国やタイのアイドル有名です」
「違う違う! あの人たち――」そう言って、ステージを指差す。
谷崎とナムは、ステージ上の三人に目を向ける。一曲目の前奏が終わり、今まさに歌い始めるが――
谷崎とナムは、同時に同じ感想を口にした。
「いや、めっちゃ音痴」
「とても下手ね」
ノーザンライト・シンパシー ―ハノイの熱に刻む痕跡― 鎌倉小路 @Komichi-K
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ノーザンライト・シンパシー ―ハノイの熱に刻む痕跡―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます