決断
知らぬ間に歩き始めていた晴人の目の前に、一台のタクシーが止まった。
晴人は走って駆け寄り、運転手に問いかけた。
「長距離お願いできますか?」
「お客様、一度車内にお入りください」
優しそうな初老の男性は総白髪で、長く伸びた眉毛まで真っ白だった。
語り口調は柔らかいが、瞳は黒くそして強く輝いている。
「でも、場所が…」
「車内は快適ですし、そもそも見栄えがよろしくないので」
運転手は申し訳なさそうに笑いかけると、後部座席のドアを開けた。
「ありがとうございます」
晴人は一礼をして車内に入ると、目的地を伝える。
「日光男体山です」
「栃木県…ですか…」
運転手は少々悩んだが、一旦スマホで場所を検索し始めた。
「ここは、到着してもこちらに向かって帰るお客さんがいらっしゃらないのいで、往復料金がかかりますが、それでもよろしいですか?」
「これで足りそうですか?」
晴人は夏樹さんに貰った封筒をそのまま差し出した。
「それでは、契約成立ですな」
運転手は封筒から何枚かお札を抜き出すと、丁寧に両手で晴人に返す。
「もっとかかると思うのですが…」
晴人は運転手が抜き取った枚数が、十枚ほどであることを心配する。
「いえ、帰り道は個人的なドライブですから」
運転手は、まるで水戸黄門の様に豪快に笑った。
タクシーが走り出すと、運転手は静かに語り出す。
「あのような道で、青白い光に照らされて歩く若者はそうはいません。何かありましたか?」
言い方は柔らかいが、言葉が晴人の芯をつく。
「これは、また和馬に助けられたという事かな?」
晴人は運転手がどのような表情か気になり、ミラー越しに見る。
「和馬様は御友人で?」
運転手は、とても優しい笑顔で問いかけてくる。
「はい、小学生以来の…いや、小学生の時の友人で…なんとも小五月蠅い奴でした。死んでも自分を鼓舞してくるんですよ?」
脳裏には小学時代、和馬に助けられた時の顔が浮かぶ。
「それは良い御友人をお持ちでしたね。亡くなられた時は、さぞお辛かったでしょうに」
運転手は心配そうな顔をした。
「いえ、連絡をそれほど取っていなかったので、数日前に初めて知りました。何故、もっと…」
ここに来て、晴人の涙腺は崩壊した。会えない距離では無かったのに…。
「お客様、泣く事は神様が人間に与えてくれた素晴らしい能力です。この先は、決して我慢なさらないように」
そう言いながら、運転手はそっと箱のティッシュを差し出す。
『後悔先に立たず』
ティッシュカバーに書かれていた言葉だった。
この言葉は常に逆説だ。
後悔する事は、自分が油断や過ちを犯した後に起こる。それ以前には起こり得ない。
したがって、後悔を防ぐには常に全力で完璧な判断が求められる。
そんな事が出来るだろうか?
人間は、ある程度の諦めや、弱さがあってこそ人間と言える。
「お客さま、その言葉を読んでどう思われましたか? 以前の私と同じならば、そんな後悔しない完璧な人生なんて送れない…ですが…」
「そうですね、私も同じ考えです」
「けどね、女房が言っていたのは違う意味でして…」
晴人は思わず聞き返した。
「どういう意味だと言ったのですか?」
晴人は、座席の間から顔を出す勢いで聞き返した。
「後悔するような事があっても、それはその時にした行動には確かな理由があったはずです。だから、こうしていればと過去を責め、先に立たないものを憂いるのではなく、過去を優しく見てあげる事によって後悔を和らげましょう。そのように解釈していました。いやはや、私には過ぎた女房でした」
晴人の人生は、確かに後悔の連続だった。過去の自分を責めるあまり、距離の出来た友人に会う事すら躊躇ったくらいだ。その全てを許す…そんな事が出来るのだろうか。
「運転手さんは、後悔している過去があるんですか?」
意を決して聞いてみると、
「一番は女房です。楽しい思い出を作る事も、楽をさせてあげることも出来ませんでした…。けどね、今はこの言葉に救われています。あの時は仕事をして、稼ぎを増やして女房に楽をさせたかった。あの時には、女房の想いに気が付かない程子供だった…。そう思う事で後悔は幾分か軽くなりました」
この言葉によって、晴人はある決断をした。それは、墓場まで持っていく筈だった話だ。
「あの運転手さん…僕の話聞いてくれますか?」
「はい…何なりと…」
晴人は心に溜まった後悔をこの場で語ろう。そう決意した。
「ここの旅を始める前に、母親を殺めました」
「ほう…それは尋常ではありませんね?…どうしてそのような事を?」
運転手は優しい口調で晴人に事情を尋ねる。
「それは、僕が就職する前の話なのですが、母親は若年性アルツハイマーになってしましました。大学はどうにか卒業し、母親は実家で暮らす事になりました。母親が住んでいたアパートは、実家から近かったため引き続き僕が住むこととなり、その近くで就職しました。週一だけでしたが、祖母の家に行く様にしていました」
「そうですか、それはお辛かったでしょう。その後はどうなされましたか?」
晴人は言葉を詰まらせた。それは後悔の念が強かったからかもしれない。
「ゆっくりで良いのです。言葉が浮かんだら続きを聞きますよ」
そう言って、運転手は窓を開ける。丁度山道を走っている事もあり、星空は思いの外近くに感じ、小学生以来久しぶりに奇麗だと感じた。
母親は星空が好きで、自然が好きで、鳥の声が好きで、小川のせせらぎが好きだった。
「仕事を覚えると、どんどんと仕事が増えていき、気が付けば帰りは遅くなり、段々と祖母の家に行かない日々が続きました。高齢の祖母が、一人で母を看るのは想像を絶する労働だった筈です。それがわかっていながら…見殺しにしました」
言葉に詰まる晴人に、運転手は優しく声をかける。
「そんな事はありません。当時の貴方は必死で働いていた筈です。例えそれが自分の境遇を忘れる為だったとしても、事実は変わらないのです」
運転手の言葉に背中を押され、晴人は再び言葉を吐き出す。
「そうですね…。祖母はある日、症状の重くなっていく母親に突き飛ばされ、階段を転がり落ちました。一命は取り留めましたが、動けなくなったので母親は僕が預かる事になりました。その時の母親はオンとオフがあり、スイッチが切れるとどんな行動をするか全く想像できません。そして、スイッチが繋がると延々と自分の行動を責めるの繰り返しです」
「それは、お母様もさぞお辛かったでしょう。高速道路に乗ります故、窓を閉めますね」
晴人は山中に入るタクシーの中から辺りを見回す。こんな中に…母親を…なんて言う事をしてしまったんだろう。
後悔の色が見えたのか、運転手が話しかけてきた。
「先ほども申しましたが、後悔は先に立つことがありません。その時の貴方にとっては、それしか選択肢が無かったのではありませんか?」
そう言われると、その時の情景が浮かんできた。
「そうですね…祖母は、その時のケガが原因で歩けなくなり、そのまま痴ほう症を発症しました。祖母の方は老人ホームで面倒を見てもらう事が出来ましたが、二年後に亡くなりました。母一人子一人の状況で、誰も助けを呼べない状況でした。会社にも相談しましたが、取り合ってくれません。唯一退勤時間は早めてくれたものの、収入は激減し数年で貯金も底をつきました。せめて最後に奇麗な星空を見せてやりたい。そう思った僕は母を車に乗せ、男体山に向かいました。小学生の頃、家族三人で登った山です」
「今から向かうのはその山ですね」
運転手の声は驚くほど落ち着いており、声には力強さを感じる。
「そうです。その山に着いた頃には母はぐっすり眠っており、そのまま車に置いて自分は自ら死ぬ方法だけを考えながら山道を歩き続けました。小雨の降る中、気が付けば麓の集落まで歩いており、車道に出て死のうと車の前に飛び出しました。車は寸前の所で停止し、何も語らない僕を駅まで連れて行ってくれました。気が付くと、一人でアパートまで帰りついていた事に気が付くと、急いで母親の元に駆け付けようと思いましたが、車も無く途方にくれました。朦朧とした意識の中、ふと気が付くと僕は家中掃除をしている事に気が付きました。今になって思えば、恩師の教えを頭の片隅にずっと焼き付けていたのでしょう」
「恩師とは、良い人生を送って来たのですね。大抵の人間は恩師などに出会う事も無く亡くなっていきますから」
運転手はどこか遠くを見ていた。
「数年ぶりに掃除した部屋は、想像したよりもずっと広く、そして疲れたはずの身体には不思議と気力が湧いていました。捨てようと思っていた年賀状を眺めていると、ふと昨日の状況を思い出していました。あれほど遠いと思っていた栃木県は、各駅停車で行ける距離だったのだと。ひょっとして、この友人達にも会えるのではないかと思い朝一で電車に飛び乗りました。そう、母親を救うよりも自らの死ぬ準備を選んだのです。母親はあの状態なので、ほとんどの場合助かる訳がありません。そう判断したのかも知れませんが」
晴人は責められると思い、理由を取り繕う。しかし、運転手の反応は予想しないものだった。
「それはお辛かったでしょう。貴方の判断は何一つ間違えていません。戦う事が出来ないならば、一旦逃げてしまいなさい。貴方はお強い。そうやって、ずっと戦い続けてきたのですから」
そう言うと運転手は鼻を啜る。
「でも、結局振出しに戻る事を選択しました」
「そうでありませんよ。螺旋階段と同じで、同じ場所をぐるぐると回っている様で、確実に高みへと進んでいます」
運転手は真っ暗になった登山道の駐車場にタクシーを止める。
「ここからどうするかは、あなたの判断です。私めは通報も報告も致しません。もし、携帯電話か無い様でしたら…」
「大丈夫です。進むべき道はわかっています」
そう言うと、晴人はタクシーを降りタクシーに深々と一礼した。
走り去った事を確認すると、晴人は林道に向かい歩いて行く。記憶を頼りに…。
「こんな真っ暗な山道を車で走ったのか…」
晴人は独り言をつぶやくと、ポケットにライトがある事に気が付く。伽藍堂で受け取った、配線をする時に使ったものだった。
数年ぶりにスイッチを入れると、昔の記憶よりも随分と暗い事に驚く。無いよりはマシな程度だ。
小一時間は歩いただろうか、晴人は予想より遠くに止めた車をようやく発見できた。
ドアを開ける手が震える。
この中に…母親の亡骸がある…。あれほど大切にしてくれた母親の、高校時代口も利かなかったのに、毎日弁当を作ってくれた母親の…。入学直後にお祝いをすっぽかした事を謝る事も出来なかった母親…。
「かあさん…ごめん…遅くなった…」
そう言いながら開けた車の中はもぬけの殻で、自分の携帯のみが運転席に投げ出された状態だった。
とりあえずスマホの電源を入れてはみるものの、バッテリーが上がり使い物にならない。
とりあえず車のエンジンをかけてみると、一発で始動した。そこで、充電器を差し込みスマホの回復を待つ…。
色々あった…。
今回、肌で感じた事が一つある。
それは、自分が思っているより過酷な運命だったって事だ。
今まで色々な物に追い立てられ、振り返る暇もなく走り続けた人生だった。
そして、全ての物事は回避不能であり、逃亡必須だった…。
「少し疲れたな…」
SUUNTOでアラームを仕掛け、少し横になった。どのくらい時間が過ぎただろうか…。アラームが鳴らない事に不安になり時計を確認すると、電池が切れている事に気が付く。
スマホを取り出すと、十分程しか経っていないようだったが、頭は何故か冴えわたっている。
そのまま警察に通報すると、その場に留まる様指示があったため、晴人はそのまま深い眠りへと落ちて行く。
「河合晴人さんですか?」
懐中電灯で照らされ、質問される。
「はい…」
「御同行お願いします。車は、我々で動かします」
機械的な声だったが、何故か肩の荷が下りた感覚がする。
「今晩は留置所に泊まっていただくのですが、問題はありませんか?」
「はい…母親は見つかるでしょうか?」
「あんたねぇ、自分で放置しておきながら、よくそう言う事が言えるね!」
警官は苛立ち、質問には答えなかった。要約すると、そんな事わかる訳が無い。自己責任だろうが…だと思われる。
翌朝、警官が晴人を呼びに来ると釈放するという旨が告げられた…。
「母親が…見つかったのですか?」
恐る恐る聞いてみると、想像とは違った様だ。警官の顔が渋くなる。
「お母様の遺書が車の中から見つかり、未明に渓流で遺体として発見されました」
衝撃だった…。今の今まで、やはり事態を軽く見ていた感覚があったのは確かだ。
「遺書って?若年性アルツハイマーだったのに、そんな事って…」
そう言うと、警官は便箋を晴人の目の前に置く。
愛する晴人へ
貴方は、小さな頃は算数が好きでしたね。
しかし、私のわがままでその機会を奪ってしまいました。
中学に上がり、自発的にパソコンに挑戦しましたね。
それは、とても嬉しかったのですが、金銭的な事情で諦めて貰いました。
しかも、パソコンまで私の癇癪で台無しにしてしまいました。
私がこんな性格だった為に、お父さんとも上手く行かず生活も更に苦しくしてしまいました。
そんな私に、貴方はお母さんが悪いんじゃない! そう優しく味方をしてくれる優しい子でしたね。
貴方は高校に通うようになると、音楽に興味を持ちましたが何一つ楽器を買ってやることは出来ません。
貴方は文句ひとつ言わず、友達のお手伝いだけをして我慢している所をずっと見ていました。
大学にも努力して入り、ようやく自由になれるタイミングで、私はまた貴方を困らせました。
一緒に着いて行こうとするとか、母親として何一つ自覚が無い証拠です。
大学に入ると、私は病気になりました。
実の母親にも怪我をさせ、それが原因で母は亡くなりました。
記憶が戻ると、私はいつも恐怖でいっぱいでした。
何をやってしまったのか、誰に迷惑をかけたのか。
それだけが不安でした。
いつも自分の事ばかりを考えている私をずっと支えてくれてありがとう。
最後に母親らしいことをさせてください。
この感覚が残っているうちに。
貴方は自由になるべきです。
しかし、貴方が私を捨てる事は出来ないでしょう。
何故なら、貴方は底なしに優しく、そして自己犠牲を厭わないからです。
貴方のような子供に恵まれ、私は心から感謝します。
神様ではなく、晴人さんに。
最後まで私を支えてくれた愛する我が子へ。
沢の音が聞こえてきます。
そこへ行きます。
最後に、一つだけお願いしても良いですか?
自分の為に生きてください。
そして、貴方の人生をもう一度取り戻してください。
晴人は涙でくしゃくしゃになった最後の手紙を握りしめ、帰るはずの無かった自宅に辿り着いた。
晴人は、何時間も電池が切れた腕時計を眺めていた。
もう、SUUNTOは何も指し示す事はない。
気が付けば朝日が窓から差し込んでいる。
簡単な葬式の段取りを終えると、小さな小さなお葬式を行い、再び深い眠りへと落ちていく。
数日間、何度も何度も同じ夢を見る。
困窮した生活を、どうにか出来たはずだった。
今になればわかる。
しかし、その時は出来なかった。
タクシードライバーの言葉が、そんな晴人を現世に繋ぎ止める。
あれは夢だったのかもしれない。
自分が生きて行くために神様がくれた幻想だったのかもしれない。
そう思い、リュックの中身をこの時初めて取り出した。
そこには、センスあふれる夏樹さんのランチクロス。
総司の懐中電灯。
そして、花梨ちゃんのチョコレートが詰め込まれている。
不意に、チョコレートの裏を見てみると、マジックで書きなぐった電話番号が書かれていた。おそらく、穂乃果の電話番号だろう。
晴人は気が付くと、すぐにスマホから電話をかけていた。
「もしもし?」
穂乃果の余所行きな高い声を聞き、晴人は思わず吹き出す。
「あれ?そんな声だっけ?」
「晴人?晴人なの?丈夫だった?」
既に穂乃果の声は涙に濡れている。
「大丈夫だよ! それより…穂乃果が泣くと…俺も釣られるんだが!」
晴人もいつの間にか涙声になる。
「今、何してんの?」
「えっ?何?風が煩くて聞こえない!」
どうやら外に出ているのはわかった。
「ゆっくり話したいんだけど時間ある?」
晴人は出来るだけ大きな声で伝えたのだが、やはり聞き取りづらい。
「今、敦賀の何処?」
「あれから、花梨があんたに合わせろって煩くて、ごまかすために海に来たら突風で…」
通話が突然切れた…。
晴人は今まで出した荷物をリュックに再び詰め直し、今度は車で家を出た。目的地は勿論、敦賀の海だ!
「ごめん、ようやく電話の出来る場所まで来た…」
「うん、ありがとう。あれ?車乗ってる?」
穂乃果はやはり鋭い。何故こんなにも行動がわかるのだろうか…。
いや、そこまでわかるのならば、大学時代待っていてくれれば…。
一瞬そう思ったが、すぐに晴人は思い直す。
それは無いか…。
あの状況の俺だったら、多分穂乃果を支え切れていない。
けど、今は違う。
穂乃果に花梨ちゃんが居てくれて、そして自分の経験も数段上なのだ。
「そう! 今、そっち向かってるから」
晴人は、軽い口調で告げる。
「じゃあ、晩御飯までには合流できるね。てか、何処に泊まる予定?」
「そんなの考えてないよ! こないだだってそうだったじゃんか!」
晴人は笑いながら告げる。
「そんなの言い訳にもなんないでしょ?」
「ねぇ、誰と話しているの?」
電話口から花梨ちゃんの声が聞こえた。これはチャンスとばかりに大声で話しかける。
「花梨ちゃん家に泊まらせて!」
「ハルくん?ハルくんじゃんママ!」
花梨ちゃんの嬉しそうな声が小さく聞こえる。
「泊まれる程広くないの!」
穂乃果が打ち消そうとするも、
「かりんのへやにおとまりすればいいじゃん! ママ、バカなの?あれほどしんぱいだってないてたくせに!」
これは意外だった。
あの時拒否されて以来、穂乃果は未だにあのバンドメンバーに入れ込んでいると思っていたのだが、そうではない可能性も出て来た。いや、そうではない筈だ!
「うるさい! 危ないから切るよ!」
「わかった! 近くに行ったら電話する」
晴人は電話を切り、アクセルを踏み込む。
インターを降りると、すぐに穂乃果に電話を掛ける。
「へぇ、今回は珍しく連絡がマメじゃん」
穂乃果って、もしかしてイメージよりもやきもち妬きなのか?そんな事を考えているからか、晴人は口を滑らせる。
「妬いてくれたんだ」
「はぁ、電話切るよ?」
穂乃果の怒った時の声も、やきもちを妬いた態度も、そしていつも自分以上に晴人を心配する心配性な所も全てが愛おしい。
「穂乃果…そんなに可愛かったんだ」
その一言を聞くと、穂乃果は電話を切ってしまった。
しばらくすると、再び穂乃果から着信が入る。
「ハルくん!ママね、まつばらこうえんってところにまたむかってるよ」
「こら! 花梨!」
どうやら、花梨ちゃんが穂乃果のスマホを使って電話して来たらしい。味方は多い方が良いのだ。
松原公園…。
停車中に素早く入力し、MAPアプリで検索をかけた。
「ここか…」
ナビに従い駐車すると、晴人は車から勢いよく飛び出す。
秋口に海に居る親子など…。
居た!
穂乃果だ!
一直線に砂浜を駆けると、穂乃果の横まで来て声をかける。
「お待たせ、穂乃果!」
「遅い! 何年待たせる気?私がどんな気持ちで貴方の帰りを待っていたのかわかる?」
既に涙で化粧は剥がれており、髪は潮風で揉みくちゃになっていたが、それでも晴人にとって穂乃果は美しかった。
あの時伝えるべき事をせず、やるべき事を怠り、ここまで来たのだ。
「俺と結婚してください。花梨ちゃんの良き父親になる自信しかない!」
「バカじゃないの?それより、お父さんとはどうなったかの報告も無いし、そもそもお母さんは大丈夫なの?」
晴人は穂乃果を見つめながら告げる。
「父親とは絶縁してきた。母親の葬儀は終わった…。これからは自分の人生を生きる。その為にも穂乃果が必要なんだ」
「えっ?風の音が煩くて聞こえない!」
「穂乃果が好きだから! 諦めて俺と結婚しろ!」
周りに居るカップルが一斉に振り向く。
「ちょっと、そんな大声出さなくても」
明らかに動揺する穂乃果の両肩を持ち、真っ直ぐ見つめてもう一度晴人は言う。
「お前の気持ちもわからないし、これからどれだけ大変なのかも想像できない。けど、お前がどれほど大切かだけはわかる! 俺と結婚してくれ!」
その台詞を言った瞬間、穂乃果は晴人を抱きしめた。
「今度連絡しなかったら、地の果てまで追い詰めて殺すからな! 私の愛情を舐めるなよ!」
返事としては最悪だったが、気分はこれ程昂る事はもうないだろう。
「ママ! かりんのハルくんでもあるのよ? わかってる?」
ふくれっ面で見ている花梨ちゃんを抱きかかえ、三人で抱きしめあった。
人生の細道に迷い込み、晴人は行先を見失った。
自分の過去を振り返り、再び友人に導かれ再度歩き出す。
それが正しい道なのかは歩いて見なければわからない。
突き当りならば戻ればいい。
そして、再度戻り導いてもらえばいいのだ。
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