第2話 迷える殺人犯

 ここはデスカフェ。冥府の中にあるカフェで営業中です。プライバシーや守秘義務保護のため、職員用と死者用に分けられていますが、私は死者担当です。


 職員用はいつも混雑していますが、死者用は意外と混んでいません。あまり情報が伝わっていないのもあります。営利目的ではないから宣伝をする意味が無いのもありますが、他にもいくつかあります。


『カラン』


 おっと、そう考え事しているうちにお客様が来ました。一見普通の男性に見えますがここに来るのは天国か地獄か審査が長引いている死者が多いのです。見た目で判断してはいけませんし、過剰な詮索もしてはいけない決まりです。私はベリーショートの髪が帽子から出ていないか確認して挨拶をします。


「いらっしゃいませ」


「こんなところにカフェがあるなんてな。もっと早く教えろってんだ。金は無えけどいいのか?」


 少々口の悪い方のようです。私は事務的に答えます。


「いえ、ここは飲み物もフードも無料です。冥府だから儲けは不要ですので」


「そりゃいいな。じゃ、高そうなのを貰おうかな。このコロンビアとピザトースト貰おうか」


「かしこまりました。コーヒーとピザトーストは同時で良いですね」


「ああ」


 私は仕込んでいたピザトーストをオーブントースターに入れて、コーヒー豆を挽いていきます。


「なあ、話しかけていいか?」


 男が聞いてきます。


「雑談程度ならば。あまり審査に関することは口出しできない決まりなのです」


 挽き終えたコーヒーをセットしながら私は答えます。


「なんだよ、ここもお役所的だなあ。じゃ、独り言として言うよ。それならいいだろ? 審査官には就活面接みたくて、お固くテンプレートみたいに話してて飽き飽きしてたんだ」


「はあ」


 私はコーヒーカップを温めて聞き流すことにします。なんせ失言多くてここに来たのですから、つい悪人相手だと失言という名の罵倒をしてしまうのです。


「俺はな、人を殺したんだよ」


 私は無言で作業を続けます。こういう方は時々いますから驚いては仕事になりません。それに反射的に罵倒しそうになるのでコーヒーを淹れることに集中します。


「何もかもむしゃくしゃして、やけっぱちになって一人で死ぬのは嫌だから街で包丁を振り回したんだ。何人かすぐに動かなくなった。取り押さえようとした奴にも刺していった。もっと殺りたかったがそこで警察に捕まってな」


「……」


「取り調べで四人亡くなって二人重傷と聞いたから、まあ死刑にはなれると思ったさ。それで地裁での死刑判決をそのまま受け入れてここに来た。一発で地獄と思ったのに何で長引いてるんだか。って、コーヒーはまだかよ」


「ドリップしていますから、あと少しです」


 確かに男の言うとおりなら審査が長引くことは無さそうです。即地獄行きでしょうから。だから男が嘘をついているのか、男の話していない部分があるのでしょう。


「まあ、犯行する前に姉ちゃんの顔はよぎったけどな。姉ちゃんは悲しむかなって」


「お姉さんがいたのですか」


「ああ、こんな俺でも優しくしてくれて、叱ってくれる姉ちゃんだった」


「そうですか、自慢のお姉さんでしたか」


「その姉ちゃんが


 予想外の答えに私はコーヒーを淹れる手が止まりました。


「車に押し込まれて、詳しくは言いたくないが、数日後に変わり果てた姿で見つかったんだ。ナンバーも犯人も分かっていたのに、未成年だからと捕まっても甘い処分だった」


 ひと息ついて、男は話を続けます。


「俺は貯金を使って探偵を雇い、奴らの行方を追った。そして年に一度、同窓会みたいに集まると聞いて、奴らが飲酒できる二十歳になるのを待ち、店の前で酔っぱらってたむろしているところを切りつけたのさ。初めての酒でかなり酔っているから、もっと殺せたと思ったのにさ、計算が外れた。

きっとあいつらは普段から飲んでたんだな。それに死んでない奴はこの後は被害者ヅラして生きて行くんだ。それが許せねぇ」


 審査が長引いている理由がわかりました。確かに最初の話では無差別という理不尽、理由を聞くと姉への復讐。これは揉めます。犯行自体は反省していませんし、もっと殺したかったと言います。しかし、動機が動機です。


「お待たせしました。コロンビアとピザトーストです」


 私は内心ヒヤヒヤしながらも、注文品を出します。ここの食べ物の味の感じ方は審査の基準の一つにもなります。不味く感じるなら地獄行きでしょう。


「ああ、やっと出たか。いただきます。……」


 コーヒーを一口飲み、ピザトーストをゆっくり咀嚼していきます。


「美味いとも不味いとも感じない。やっぱりあの日から心も死んでる。姉ちゃんが死んでから、ずっとこんな感じで流し込むようなんだ。無味乾燥ってやつだ」


 私はこれはまだ審査中だと感じました。本人は心の問題と思ってますが、審判も決着が着いていない。だから食べ物も美味しくも不味くも感じない。


「いや、食べ物は粗末にしないからちゃんと食べるさ。

 いつか、美味いと思える日が来るのか。

 こんな俺でも審査中ということは成仏ということになるのか、地獄ならさっさと落としてくれ。

 俺はどうなっても構わないが、姉ちゃんは成仏できたのかな。姉ちゃん、仇を打ち切れなくてごめんな」


 男はいつの間にか泣いていました。


 私は黙って彼の食事を見守るしかできません。


「ごちそうさま。ありがとう。また来るよ」


 そう言ってドアから出ていきました。光にも暗闇にも包まれていないから彼の審判はまだまだ長引くのでしょう。


「私の生きていた時代なら仇討ちは許されたのに現代はご法度。難しいものです」


 私は後片付けをしながらため息をつくのでした。こんな日もあります。落ち込んではいられません。

 生きている時もこんなことを沢山見ました。親はともかく友人もその子どもも次々と亡くなっていく儚さから仏門にも入りました。しかし、仏様に祈っても問いかけても答えは出ないことも多々あるのです。


 ここはデスカフェ。冥府の中にあるカフェ。いつかあなたも利用する日が来るかもしれません。

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