第3話 若気の至りという代償
ここはデスカフェ。ふざけてはいません。冥府の中にある職員と死者のためのお店ですから、ネーミングセンスについての文句は
ドアベルが鳴ってお客様が入りました。入ってきたのは若い女性、もしかすると高校生くらいです。
「こんなところにカフェあったんだ、タピオカある?」
こちらの声掛けの前にカウンターに座り、いきなり注文をしてきます。冥府ですからなんでも置いてありますが、少し失礼です。今どきの若者というやつでしょうか。
「かしこまりました。タピオカミルクティーですね」
子どもだから仕方ないかと割り切り、作り始めます。このブームが終わってから数年は経つからそれだけ審査が長引いているのでしょう。
「やった、タピオカなんて久しぶり。生きてる時は退屈だったけど、こうしてまた飲めるの嬉しい」
少し嬉しそうにしますが、やはり女子高生なのかズケズケと話しかけてきます。
「ねえ、おばさん。なんでこの店やってるの」
「申し訳ありません、規則なので細かく言えませんが、長引く審査の休憩所として開いてます」
おばさんと言われて反論したいのを堪えて事務的に答えます。
「ふーん、それにしてはガラガラだね」
「職員用と審査中の方に分かれてますから、職員用は賑わっているようです。ここは空いているのは……まあ、宣伝不足ですね。冥府の通信手段はまだアナログですから」
「ここきてテレビすら無いのにビックリしたよぉ。スマホどころかガラケーも無いし、退屈なのにもっと退屈だからさ」
「携帯電話は通信手段なので、死者は現世と連絡できないですから不要なんです。テレビは……まあ、お年寄りの方を中心に要望ありますが、中々予算おりないみたいですね」
「テレビあってもつまんないしなあ。生きてて退屈だったのに、ここもこんなに退屈とは思わなかったよ」
「退屈……ですか」
詮索は禁止ですから、相槌だけは打ちます。
「授業もつまんないし、部活は入ってないし、塾も将来も見つかんないし、友達もいないわで、超だるーと思ってなんとなく死んでみたら、悪いことしてないのになんでこんなに天国か地獄かって長引くのさ」
ブツブツ文句を言うお客様に品物を出します。
「お待たせしました、タピオカミルクティーです」
「いっだたきまーす。あれ、あんまり美味しくない。ミルクティーも味が薄いし、タピオカはなんか苦味がある。何これ?」
一口飲んで彼女は顔をしかめた。
「それが今のあなたの徳と罪の味なんですよ。徳を積んでいないから味が薄い、苦味はあなたの罪」
「と、徳と罪? 徳はわかんないけど悪いことしてないよ?」
「いいでしょう、上司の許可は取ってありますからお見せしましょう」
私はタブレットを取り出して起動させた。
「何よ、通信はなんとかと言ってタブレットあるんじゃん。あれ? お父さんとお母さん?」
映し出されたのは彼女の仏壇の前で泣き続ける父母の姿であった。
『ごめんな、死を考えるほどそんなに苦しんでいたなんて。気づけなくてごめん』
『親に反発する年頃ではあったけど、相談して欲しかった。いえ、そこまで信頼されていなかった私も悪いの、ごめんなさい』
『父さん、母さんは悪くない。気づかなかったのは俺も同じさ。奈桜の兄失格だよ』
「え? ちょっとちょっと、私はそんなに深刻に考えて死んだんじゃないよ?」
驚く彼女……奈桜さんを無視して私は画面を切り替えます。教室の一角、机の花を取り替えている生徒達です。
『奈桜さんとはあんまり仲良く無かったけど、こうやって死なれると気分悪いね』
『うん、わかる。なんとか助けること出来なかったかなあって、胸がギューッと苦しくなって気分悪い』
『ランチに誘えば良かったかな。でも、グループって固定すると誘いにくいよね』
『確かにお互い気まずい。プリントや勉強の質問とか、参考書の貸し借りとかなんでもいいから話しかければ良かったかな。後悔ばっかりだよ』
『そういや、知ってる? センセもさ、職員室に写真飾って花供えてた』
『えっ、あの無愛想なカバみたいなカバセンが?』
『うん、こないだプリント渡しに行ったら小さな写真と造花があった』
『造花なのは、なんとなくカバセンセらしいな』
『やはり担当生徒が自殺って悩むものじゃない? 職員会議でも相当責任問われたらしいよ』
『そっか、全校集会したし、イジメのアンケート取ったり、カバセンセもいろんな目に遭ったんだ』
『ね、今度はカバセンセにバレないように励ましをなんかしない?』
『励ましって何さ』
『お疲れ様と匿名メモ付きでペットボトルお茶と美味しいお菓子を置くとか』
『それなら、毒入りじゃないとわかるようにペットボトルお茶と密封されたお菓子にしよ』
『なにそれ、カバセンセもお供えされてるみたい』
『この机にもお花だけじゃなく、購買の名物パンでもお供えしよっか』
『あ、いいね。それでお昼に机を囲んでランチみたくしよう』
「学校の皆……。それ、生前にやってよ、遅いよ」
いつの間にか奈桜さんはボロボロと泣いていた。そして、黒いもやが彼女を包んでいきます。
「あなたは退屈というだけで自殺した。仏教でも自殺は罪と言われますが、こうして周りを苦しめてしまうからなのではないかと私は思っています」
「じゃ、この黒いもやは地獄行き?」
「いえ、完全な悪人ではないですね。もやは薄いし、味覚も地獄行きの悪人なら不味過ぎて一口も飲めないものになっていました。確かに生前は悪いことをしていない、未成年だからというのもあって審査が長引いているのでしょう。
下界の少年法みたいなものですね。ま、ここには少年院や児童相談所はありませんから天国か地獄の二択なのです」
「い、嫌だ! 地獄なんて嫌だ!」
「反省より保身の言葉ですか。もやが黒くなるだけですよ」
奈桜が周りを見渡すと確かに黒いもやが増えている。タピオカミルクティーも味が更に薄く感じる。
「嫌だぁ、お父さんお母さん、お兄ちゃん、皆、ごめんなさいぃ!」
奈桜さんは泣きじゃくっています。でも、黒くなっていますが、地獄へ落ちるほどの黒い色ではありません。彼女は再び審査へ戻るのだろうかと考えたその時。
「おいおい、ヤオさん。そこまで意地悪するなよ。それに厳密には二択じゃない」
不意にドアベルが鳴って聞き覚えがある声がしました。私の上司、閻魔大王です。
「大王様、ここは死者用エリアですよ。職員用なら上に行ってください」
「まあまあ、固いこというな。ヤオさん。実はわしがこの子をこの店を案内してきた。審査が長引いているし、煉󠄁獄行きになりかけてるからさ」
「れ、煉獄って何?」
女子高生なら知らなくても無理はありませんから私が説明します。
「地獄の手前の場所です。浄化の炎で一定期間身体を焼かれれば天国へ行けます」
「嫌だぁ! 熱いのもやだぁ!」
ますます、彼女は怯えて震えて泣きます。
「最近は下界に倣って天国の死者も加えて審査しているから、煉獄行きの意見も多くてな。
だが、今回の審査員に生前は更生を仕事にしていた保護司が居てな。彼の意見を採用することになった」
「どんな意見ですか?」
「未成年だから、ここの店員として働かせることさ。そうして働きながら社会経験や様々な死者の話を聞いて人の心などを学ばせる。
煉獄ほどの苦痛はないから刑期は長引くが、勤務を終えたら天国へって訳さ。ヤオさんも一人では大変だろ?」
「ここはいつもガラガラですよ?」
「わ、私が店員として働く?」
奈桜さんは唐突な話についていけないようです。私もこの提案は今聞かされたばかりなので驚いてますが、上司は続けます。
「保護司だった人の意見ももっともだと思ってな。確かに時代も変わって、天国か地獄と簡単に分けられる死者ばかりではない。
それが審査にも長引く原因にもなる。こういう施設を増やして下界の刑務所みたく、働いてもらい、罪を償う懲役みたいな罰の新設。
それにこういう場所で
ヤオさんも長生きした切なさや虚しさ、退屈さを知っている。理由は違うが退屈というところはこの子と分かり合えるのじゃないか?」
「……私は退屈では無かったです。出家して旅をしていましたから」
「その働く提案、受けますっ! 焼かれたくないし、ヤオさんの指導が厳しくても受けますっ!」
「理由は見え見えですが、いいでしょう。よろしくね。奈桜さん」
「はいっ! ところでヤオさんは外国の方ですか?」
「いえ、日本よ。とても古い名前。本当の名前は昔過ぎて忘れてしまったけど、『
「え、あの伝説の……実在したの」
「さて、手続きや制服は上司が用意してくれるみたいだから、コーヒーの淹れ方や接客を教えるわ。カフェなんて無い時代の私だってできたのだから、あなたもできるはずよ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ! ヤオ姉さんっ! いつか、お父さんやお母さんが迷ってここに来たら美味しいコーヒー飲んでもらいますっ」
「その時にはあなたは天国かもね」
「いえ、兄や先生やクラスメートにも飲ませます。きっとこれが私の償いです」
「ところでヤオ姉さんではなくてヤオでいいわよ」
「え、でも。じゃあ、ヤー姉さんでは?」
「何か別の職業の人に聞こえる」
「じゃ、やっちゃん」
「……煉獄行きにしてもらうか」
「じょ、冗談です! 先輩」
ここはデスカフェ、ふざけた名前のようですが、冥府にあるカフェ。あなたもいつかここに立ち寄るかもしれません。
デスカフェへようこそ 達見ゆう @tatsumi-12
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